第17話 料理と電話

「お邪魔しま〜す!」

「誰もいねぇって言っただろうが……。」

両親の居ない家に、女子と2人で帰宅……、普通なら泣いて感激する場面なのだろうが、幼馴染のアホなら話は別だ。


「おい、アホ馴染。じゃなかった……バカ馴染。」

「絶対、いい直す気ないでしょ。」

「今日は妹の部屋、勝手に使っていいらしいから。」

「無視かい……。」

喘息の発作で検査入院……何か大変そうな両親もだが、妹もまた面倒なことになったな。

もうすぐ入試があるとか、テニスの練習試合があるとか言ってたのにな……。


こと、ちょっと待ってて。すぐ作るから。」

そういうとゆいは、どこからともなく取りだしたエプロンを着て、キッチンに立った。


「手伝うよ。」

「休んでて良いよ、1人でするから。バイト終わりなんでしょ?」

ゆいに任せた料理が、上手くいった試しがない。

いや、失敗したことも無い。

ただ、純粋に不味い料理を作る確率が驚くほど高いってだけで……。


***


「もしもし、いく?」

「なんですか、先輩?電話で告白?」

「そんな陽キャ感が溢れる告白なんかしねぇよ。」

今どきの陽キャは、インスパグラムでも告白したりするらしいし、電話ならまだマシに感じる。

これが物事の錯覚というやつか?


「そうじゃなくて、今度皆でどっか行こうって話になってんだけど。郁はどうす……。」

「勿論、行きます。行かせてください。」

ものすごく食い気味に即答してくれた後輩は、いくという名前からして、勿論行くでしょ。

とか、訳の分からないことを言っている。


「先輩、私……。」

いく?」

「あの……その……。」

この流れはまさか……いや、そんなはずは無い。

アタフタとしているいくは、部屋の中で何かを探しているようだった。


「私……何着ていけばいいんでしょうか?」

「何、って……いつも着てる服でいいんじゃないか?」

てっきり、"愛の告白"的な流れかと思ってドギマギしてしまった。


「私、いつも外に出る時はメンズファッションで出てるんですけど、その時くらいは女の子の格好してもいいかなって思って……。」

「全然大丈夫だろ、俺は見てみたいしな。」

「み、見て欲しいです。……全部。」

「さすがに、全部はいいかな。」

一応男の娘なんだから、俺は全部見る覚悟は無いぞ……。

何となく顔が火照ってしまった気がするのは、気の所為であって欲しい。


こと〜、ご飯できたよ。」

「あれ……今のって、もしかしてゆい先輩の声ですか?」

まずい、何か面倒くさそうなことになってしまいそうだ……。


「そ、そろそろ切るわ。じゃあな。」

「あっ、せんぱ……。」

トゥルン。

と、音を立ててMINEマイン電話が強制終了した。


***


「いっただきまぁす。」

「……いただきます。」

ゆいは、テーブルを挟んで向かい側……では無く、隣に座っている。

なぜこんなに元気なのか、それは多分公園で寝てたからだろう。

ってか、あの時間帯に死ぬ程寝てたんだから今日眠れないんじゃね?

「なんで横?」

「いいじゃん、幼馴染なんだし。……それに今日は、誰も見てないんだからさ。」

「はぁ、せめて俺の部屋に入ってくんなよ?」

「わかってるよ……。」

不満げに目を落とすゆい

風紀委員のトップ狙ってるやつが、なんでそんなに悲しげにしてるんだ……。


バクバクと食べ始めた彼女を横目に、俺も目の前のさけ、味噌汁、ご飯という、和食のテンプレをなぞらえた食事に手を付け始める。

「あれ?美味しい。」

「嬉しいけど……何?今の疑問詞。」

思っていたよりも美味しかった。

ただそれだけの事なのに、何故か娘の成長みたいに感動してしまっている自分がいた。


「料理、練習したのか?」

「ふふ、ちょっとね。」

どこか嬉しそうで、でも寂しそうなその目を直視する勇気は俺には無かった。


***


こと、一緒に寝よ?」

「おいおい、お前の中の"風紀"は一体どこで仕事をするんだ?」

さっきから完全に仕事を放棄してるぞ、ゆいの中の理性が……。


「1晩くらい良いでしょ?小さい頃一緒に寝てたじゃん。」

「いやいや、もうお互い17歳だし……やめとくよ。」

俺はそう言い捨てると、ゆいに背中を向けて歩き出した。

いや、実を言うとそんなに歩けてない。

歩き出したその直後に、背中に人の温かさを感じた。

俺の服を掴む感触と、すぐ後ろで聞こえる声……。

め、めっちゃラブコメっぽぉぉぉい。


「……ほんとに1回だけでいいから。」

声のトーンを下げたガチ声で、ゆいがそう言う。

(まずい、幼馴染ってこんなに可愛かったっけ?ダメだ……ダメ……。)


「……1時間だけだからな。」

こと……。」

ついつい、誘惑に負けてこんな事に……いや、幼馴染と一緒に寝るだけだ。

こんな事、今までに何回もあったはず。

バクバクとなる心臓は、止まることを知らないようにも思えた。

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