第16話 唯②:伝ワラズ(唯視点)

 あれ?いつ間にか寝てたみたい。

 頭がふわふわして、寝起き独特の倦怠感が襲ってくる。

 隣を見るとすぐ側に薄着の琹が居て、私の方に手を伸ばしている。

 気づいてなかったけどパーカーをかけてくれたみたいだった。


「お、起きたか……。」

「あっ、掛けてくれたの?」

 なんて紳士的な行動。

 ……とは言え、ことらしくないというか、なんか違う気もする。

 久々に2人きりってのもあるのかも。

 ことが掛けてくれたパーカーは、ほんのり暖かくていい香りがした。


「ふふ、あったかい……ありがとう。」

「あぁ、うん。」

 何か言いたそうな顔をして、微妙な返事……、どことなく怪しい。

 まぁ、良いか。

 パーカーに免じて許してやろう。


 複雑な気持ちに駆られている間に、ことが喋り始めた。

「で、なんでこんな所に呼んだんだ?しかもこんな時間に。」

「それが……。」

 ことにならっか、と今までのことを事細かに話し始めた。

 視線を感じる事にとどまらず、気配を感じたりもするようになった事。

 そして、夜の6時から7時の間はその視線を感じない事。

 その全てを、ありのままに話した。


「ふ〜ん、俺よりハードじゃん。」

ことは?ことは最近感じないの?」

「感じなかった……はずなんだけどな。」

「……?」

 なんか歯切れが悪い返事だけが帰ってきた。

 お互いに苦労してるのはわかってるんだけど、それも、元はと言えば……。


「どした?ゆい。」

「いや……なんでもない。それより、相談なんだけどさ。」

「相談?俺、金持ってないんだが。」

 6時から7時まで視線や気配を感じないからと言って、そのあとは視線さん も通常営業だし……気になってしまって中々眠りに付けない。

 つまり……。

「そうじゃなくて、その……ことの家に泊めて欲し……。」

だ。」

 即答……。


 今まで幾度となく泊まりに行ってるってのに、今回はついに拒否されてしまったか。

 でも、諦めないのがゆいという人間の強さだ。

「え?何度も熱い夜を過ごした仲じゃん。添い寝して、恋バナして……それに、一緒にお風呂も。」

「それは全部、俺じゃなくて妹の話だろうが。誤魔化すなよ。」

 くっ、今回は中々にしぶとく拒んできやがる。

 ことは、しっかり顔赤くしてるくせに、なんとも言えない寂しい顔をしている。


「わかったわかった、今日は私が添い寝してあげるから。」

「勝手に話進めんなよ。」

「わかった、お風呂で手を打とう。」

「だから……。」

 こんな場面でも発揮される、ことの恋愛経験の無さが最早、うとましい。

 もっとグイグイ来てもらっても良いのに……。


 と、思っていた矢先にことが口を開いた。

「わかった、泊まるのは良い。ただ、今日は親が居ないから飯は簡素かんそになるぞ。」

「親が居ない……。」

「あぁ、妹が喘息の発作で検査入院するみたいだから。」

「妹も居ないの?」

 これは、またとないチャンス?

 いやいや、ことに関しては、いつもチャンスみたいなもの……なんだけどな。

 なんか上手く気持ちがまとめられないというか、伝え損なうというか。

 2人ともダメダメなのかも、私がアクションを起こさないと。


 野望が一筋の光明を垂らしたところで、隣に座っていたことが立ち上がった。

「そろそろ帰るか。」

「うん。」


 それから2人で、特筆することも無い凡々ぼんぼんとした帰路きろについた。

「き、今日は私がご飯作るよ。」

のどが焼けただれるのは、ごめんだぞ?」

「私をなんだと思って……。」

 とてつもないメシマズと思われているような感じがする。

 だからこそのギャップを感じて貰えば、ワンチャンあるかも……。


 カンカン。

 カンカン。

 単調なリズムを奏でる踏切は、何となく心地が良かった。

 まだことから借りている大きめのパーカーに袖を通して、心も体もポカポカしていた。

 今なら、伝えられるかもしれない。

 どんな事でも……。

「そういや、今度さ皆でどっか行くんだけどさ。ゆいは、"海と山"どっちがいい?」

「え〜、どっちでもいい……けどさ、こと。」

「ん?」



「好き」



 その2文字は、電車の音にかき消されるようにして夜の冷たい風に消えた。


 ***


 あぁ、さみぃ。

 あの時にパーカーを貸したのが間違いだった。

 カンカン、と夜に響く踏切のメロディが一層心のイライラを募らせる。

 とは言え、貸したのがゆいで良かった、楚良そら悠仁ゆうじんに貸したらもう着る機会は無くなるかもしれない。

 ……言い過ぎか。


 あっ、そういえば聞いておくことがあったな。

「そういや、今度さ皆でどっか行くんだけどさ。ゆいは、"海と山"どっちがいい?」

「え〜、どっちでもいい……けどさ、こと。」

「ん?」

 電車の音でよく聞こえない。

 口の形から察するに、母音は"うい"?

 "寿司"じゃないし、"首"でもないし……"海"?そうか海か。


 ***

 ちょっと唐突に言い過ぎたかな?

 でも、チキンなことがたじろいで赤面してないって事は想定通りだってことかな。

 逆に、私が顔赤いかも。


「そっか、ゆい海派うみはなんだな。まぁ、この時期だし行けないけどな。」

「……。」

ゆい?」

「そ、そうだよね!まだ寒いもんね、うん。」

 伝わらない、いつもこうだ。

 小さい頃からことは鈍感で、私だけがずっと敏感で……。

 ……でも。


 この微妙な関係が、この幸せな環境が続くなら、気持ちが伝わるのはもう少し後でもいいかもしれない。


 でも、だからこそ""もっともっと私を""……。

 もう""あのノート""も、どこにあるのか分からないし……。


「どうした、ゆい?難しい顔して。」

「ううん、何でもない。はやくかえって、添い寝しよー。」

「はぁ……。」

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