第15話 唯①:前兆

「……寒っ。」


 夜の公園。

 楚良そらの家を出て、パーカーに当たる冷たい夕方の風を感じながら街に一つだけの公園に向かった。

 春に入ってすぐのグズつく夜風に吹かれながらベンチに座っている幼馴染は、学校指定のバッグを抱えて眠っていた。

 しかも、まだ少し寒いのに夏の制服を着ている。

「……」

 なんだか哀愁を感じてしまう。


 他にすることも無いし、周りには特に暇を潰せる場所もない。

 ……もちろん、寝てる幼馴染を起こすような野暮な真似もしない。


 異性としての何かに配慮し、ゆいの座っていたベンチの反対側に間を開けて腰をかけた。

「すぅ……すぅ……。」

「はぁ……。」

 バイト終わりにわざわざ来てやったのに、気持ちよさそうに眠りやがって。


「……でも、寒そうだな。」

 半袖にスカートで、寒くないのかが少し気になる。

 ……というより起きてたりしそうだ。


 ただ 寝ていても起きていても、どっちにしろ寒そうだし、大きめなパーカーを脱いでゆいに掛ける事にした。


 ***


「やっぱ、さみぃ。」

 上着をかけてから10分弱。

 ゆいは起きないし、ソシャゲはメンテ中だし、寒いし。

 見事な三重苦だった。

「すぅ……すぅ……。」

「……。」

 ゆいは暖かそうだな……。

 ……。


 そっと無意識にゆいの頬を人差し指でツンツンとする。

 せめてコイツが起きれば、俺には"あったかハウス"が待っているんだ。


「……すぅ……すぅ。」

 ツンツンツンツン……。

 ツンツンツンツン……。

「うぅん、くすぐ……た……すぅ。」

(起きねぇ……。)

 可愛げのある寝言を漏らしつつも、起きなかった。

 寝顔が可愛いから良いか……。


 ブブーブブー……ブブーブブー……。

 旋律を意識した放屁おなら……では無く、MINEマイン電話だった。

悠仁ゆうじん……?」

 暇つぶしが出来ると思うと少し嬉しかったけど、友人との会話を暇つぶしというのはどうかとも思う自分もいる。

 まぁ悠仁だし、いいか。



「もしも〜し、お琹ちゃん?」

「あぁ、もうそれでいいよ。」

 実はもうクラスの中でも定着しつつあるあだ名だった。

 今更どう言う訳でもない。

「んで、俺……"琹ちゃん"になんの用?」

「実はさ、伝えとかないと行けないと思ってな……。」

 前もこんな展開どこかで……。

 あれは昼休みの屋上だったかな、いくが家の前に居たとかいう話を聞いた時と同じ展開だ。


「伝えたいこと……?」

「一昨日、いくちゃんと一緒に登校してただろ。」

「なっ……そ、そうだけど、何か?」

 "なんでそれを知ってるのか"と聞こうとしたが、そもそも悠仁も近くに住んでるし登校のルートは同じだしな。

 まぁ、見られていても不思議じゃないか。


「イチャついてる時に後ろに後輩こうはいが居たの知ってる?」

「いや、知らなかったけど。つーか、いちゃついてねぇし」

「じゃあ、放課後に俺と行ったコンビニでテーブル席から見られてたのも?」

「は、はぁ!?」

 圧倒的なストーカー行為じゃねえか……。

 早く言えばいいのに、たぶんコイツ楽しんでやってるな。


「てっ……ってか、後輩って誰のことだ?」

「ん?確か名前は……桑部くわべだっけな。」

 桑部くわべ……どこかで……。

 確か……。


 ──お話はよる様から聞いています。


 ──よる様は私の有徳うとくたる主人しゅじんさまですから。


 ──はじめましてことさん、私は1年生の桑部くわべ ねいといいます。


 ……あぁ、ねいさんか。

 ……桑部くわべねいさん。

 ……………。


 ねいさん?

 よく考えてみれば、金曜日の時点ではまだ話したこともなかったはずだけど……。

 一体どうして……。


「じゃあ伝えたし、そろそろ切るわ。」

「あっ、悠仁ゆうじん。聞きたいことがあるんだけどさ……。」

「ん?手短にな。」

 偉そうに返答する悠仁ゆうじんは、何かを探しているようで奥からガサゴソと音が鳴っている。


悠仁ゆうじんは、ゆいの事が好きなのか?」

「ぬぶへぉ!?……な、なんだよ急に。

 そりゃ、運動できるし顔もそこそこだし、チビで可愛いけど、別にそんなんじゃないし、それに……」

 前々から気になってはいたのだが、ゆいの話をするといきなり饒舌じょうぜつになる。

 ただし、圧倒的なバカなので情報量はそこまでない。

「今度、ゆいも、含めて皆でどっか行こうと思ってるんだけど来るか?」

「…………良いのか?」

 熟考の後、遠慮がちに悠仁ゆうじんはそういった。

 いつもは、イベントに食い気味に参加を希望する悠仁ゆうじんだが、今回は中々慎重だった。

 ……と思わせて、何も考えてなさである。


「山か海がいいと思うんだけど悠仁ゆうじんはどっちがいい?」

「俺は山がいいかな。大体、この時期に海に行くことないだろ。」

「……確かに。」

 インドア派の俺と楚良そらが"ロリ地獄"みたいな部屋で考えたとこでアウトドアな発想は出ないからな……。

 今回は作者のミスということにしておこう。


 ***


 電話も終わり、そこそこ時間は経ったはずなのに、まだまだ起きないゆいは無駄に可愛い寝顔を晒している。

「はぁ……。」

 ねいさんがストーカー?

 いや、知り合ったのは今日のはずだ。

 うぅ、頭が混乱してきた……それに寒い。

(そろそろパーカー返してもらおう)

 そう思って手を伸ばし、パーカーを持ち上げようと掴んだ時だった。

「んん〜……こと?」

「お、起きたか……。」

「あっ、掛けてくれたの?」

 ゆいが絶妙なタイミングで起きてしまった事で、パーカーを取ることが出来なかった。

 しかも、そのタイミングのせいで今パーカーを掛けた感じになってしまった。


「ふふ、あったかい……ありがとう。」

「あぁ、うん。」

 その暖かさは、ゆい自身の温もりなんだが……まぁいいか。

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