第14話 湮野 綯と桑部 檸 ②

「「ホッ……。」」

 ほとんど同時にスイーツを食べ終えた2人は、奇跡的なタイミングで奇跡的にハモった。


「2人とも仲良いんだな。」

「な、何を仰いますかよる様を私めと同等の立場に置かれるとは……、ばちが当たってしまいますよ。」

 ふと思っただけなのに、懇切丁寧な敬語で反論されてしまった。

 しかも何気なにげよるが神格化されている気がする。

 確かに一時期は即身仏そくしんぶつと化していたし、間違いじゃないと思うけど。

 ……可愛いしね。


 そんなことを考えている内に、ねいさんはガサゴソと帰り支度をしていた。

ねいさんは、もう帰るの?」

「"さん"付けしなくても呼び捨てで良いですよ、ゾメさん。」

 いや、後輩としてあだ名で呼ぶのは失礼だろ。

 と思ったものの、皆 基本的に"琹"としか呼んでくれないし1人ぐらい良いか。


 座敷席を出ていくねいさんによるは優しく言った。

「気をつけてね、ねい。」

「はい、出来るだけ善処します。」

 優しい上司の様なスタンスをとったよるはニコりと笑ってねいさんを見送った。


「さて、ねいも行った事だし、ひとつ聞いておきたいんだけど……。」

 机を挟んで向かい側に座っているよるが話しかけてくる。

貴方あなたは、私の事が好きなの?好きじゃないの?」

「す……!?」

 単刀直入すぎて最早笑ってしまいそうなほど唐突な話題だった。

 物凄くテンパってしまったが、大体いきなりこんな事を聞かれてテンパらない奴はいないだろう。

「いや、ま、まだ会ったばっかりだし実際そんなに話してないし、それに……」

「どっちですか?」

「……嫌いじゃない、かな。」

 どっちつかずな答えになるのも無理はない、何せまだお互いに認識して1週間も経っていないのだから。


「じゃあ、逆によるはどうなんだよ。」

 仕返し、というかワンチャンあるとか思って質問を返す。

「私ですか?私は……"嫌いじゃない"って言われた事が嬉しいです。」

「……?」

 質問の答えになっていない気がするけど、まぁ彼女なりに誤魔化したんだろう。

 うーん、むず痒い。


「じゃあ、もし俺が好きだって言っ……!?」

 セリフはわざと止めた訳じゃなく、言ってしまえば"止められた"のだ、彼女に。

 ……いや、彼女の人差し指に。

「"好き"でもない、いたいけな女の子にそんなこと言ったら勘違いしちゃいますよ。」

 俺の言葉を人差し指(と俺の理性)で止めた彼女は、そんなことを言う。

 紅潮した頬だけでなく、優しい目が嘆かわしいほどにあざとかった。

 これが世に言う、"尊死"か……。


 と、次の言葉を考えていた刹那の事。

 座敷のふすまが開いたのだ。

 よるの人差し指がまだ唇に触れている中、座敷席に入ってきたのは模部モブさんだった。

ゾメ、うどん持ってき……。」

 言葉を止めると、模部モブさんは何かを察したようにニコッと微笑み、即座にふすまを閉めた。


 濃厚接触をしていた2人は、あまりの恥ずかしさにたどたどしく正座をするしか無かった。


 そしてその後、俺の昼飯が運ばれてくることは無かった。


 ***


 ここは、staff《スタッフ》 only《オンリー》なロッカールーム。

 よる恥辱ちじょくまみれて帰ったあと、俺は恥じらいを残したままその後のバイトも黙々と終えた。


ゾメ、お疲れ様。」

「……お疲れ様です、模部モブさん。」

 何か、気まずい。

 それに今の俺は、バイト終わりの安らかな気持ちに浸れる気分でもない。


 模部モブさんはひと足早く準備を終えると、帰る前に最後の一言だけ放った。

ゾメ、女の子をはべらせるのも程々にね。」

「何か勘違いしてません!?」

 恥も外聞も捨てきれない俺にとって、この事件が広がってしまうと致命傷だ……。


 模部モブ先輩と一緒で16時にバイトは終わりだが、ゆいとの約束の時まではまだ時間がある。

 ……あいつの所に行ってみるか。

 大変な今日だが、まだまだせわしない。

 パーカーを着て、ふと思ったままに行動することにした。


 ***

 今 俺は、閑静な住宅街の中に建つ一軒家の前に居る。

 ピンポーン。

 と、済んだ音が鳴る。

 渡野わたりのと書かれた木製の表札がドアに下げてある、新築の綺麗な家。

 あいつ・・・とは渡野わたりの楚良そらの事。

 つまりここは、楚良そらの家ということだ。


「何だ、ことか……。」

 ドアを開けると同時にそんなことを言う楚良そら

 逆に誰が来ると思っていたのか地味に気になる。


「まぁ、とりあえず入れよ。」

 促されるままに家の中に入った。

 何気に中に入るのは、これが初めてだ……。

 玄関から入ってすぐにある階段を上って、廊下の先にあるドアを開けた。

 部屋の中は……言うなればアイオタみたいな異質感が漂っていた。

 見渡す限り幼女、少女、ロリ……2次元や3次元を問わずにポスターやフィギュア、タオルに至るまで埋め尽くされてる。

 しかし、男のものとは思えない程に綺麗な部屋だった。


「やっぱり……帰るわ。」

 まだ入ってはいないが、恐らく正気を保ったまま足を踏み入れるものはいないだろう。

「おい、どうしたんだ?」

 楚良そらはそう言って、手招きしている。

 それはこっちのセリフだろ、どうしたらこんな惨状さんじょうが生まれるんだよ。


「分かった、分かった……入るよ。」

 渋々、いや苦渋の決断で入ることに決めた。

 案の定、というか当たり前だが少しだけ開いているクローゼットにはグッズが沢山入っているのが見えた。


「で、今日はなんでうちに来たんだ?」

 楚良そらは、この部屋の持ち主とは思えない程に爽やかに聞いてきた。

「実は、そろそろ本気で行動しないとヤバいと思ってさ……。」

「なるほど。」

 実際問題、あと2週間で春休みになる。

 そうなってしまえば、皆と会うことも減るだろう、そうなれば捜査は難航してしまう可能性がある。


 そう伝えると、楚良そらは回転イスに座って素直に協力体制を敷いてくれた。

「そうなると、イベントを作るしかないな。」

 インドア派の楚良そらからは、そうそう出ないアウトドアワードが出てきたな……。

「イベント?」

「そう、BBQ《バーベキュー》でも観光でもいい、皆を誘って何かをするんだ。」


 まぁ、確かにイベントはそういうものだろうが……。

「でも、なんでこのタイミングで、イベントなんかするんだ?」

「ボロだよ、ぼろを出させるんだ」

 楚良そらは椅子ごと体を後ろに向けて続けた。

「ほとんど一日中一緒にいるんだ、浮かれた状態で会話をしていれば、あるいは行動していればボロの一つや二つ出るさ。」

「そんなに簡単に行くかなぁ。」

 疑問は残りつつも計画は進んで行き、徐々に日も暮れて18時になった。




「つまり全員が納得して、心から楽しむ為に皆に行きたい所を聞いてくればいいんだな?」

 楚良そらが、言ったことを半ば反芻してみると、大体そんな感じだった。

 "心から楽しむ為"とかいう、小学校の遠足のスローガンみたいなことが今回の目標だ。


「ちゃんと聞いてこいよ?ちなみに俺も行くけどな。」

「あぁ、わかった……けど、なんで楚良そらはそんなに協力的なんだ?」

 前々から思ってはいたが、そこが不思議な所だった。

 別に給与がある訳でも無いのに、時間を割いてまで協力する必要はないし……。


「"なんで"って?そりゃ決まってんだろ、ロリっ子の為さ。」

「ロリっ子って、誰のことだ……?」

 まさか、グッズやチケットを買わされたりするんじゃないだろうな?

 ただでさえバイト代から2万円は家に献上してるのに……。


「え?ロリっ子はお前の妹の事だけど……。会わせてくれるって言ったじゃん。」

 と、楚良そらは言う。

「ぬっ……確かに言ってたけど、その為だけに?」

「"だけ"じゃない、ロリは俺にとって9度の飯より大事なんだからな。」

 人の3倍もロリのことを考えているらしい楚良そらは、マイシスターの為に頑張ってくれているらしい。

 妹もたまには役に立つんだなぁ。


 ─────────────────

 ■作者より


 この時期にインフルB型により1週間弱も休みました、すみません。

 相変わらず検査は、鼻に"ロンギヌス検査キッド"を突き刺す行為でしたがコロナでなかったので良かったです。

 インフルの検査って痛いよね。

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