ヤンデレ系スポーツ女子のせいで僕は今ロッカーに監禁されています。

第13話 湮野 綯と桑部 檸 ①

「いらっしゃいませ〜。」

　3月5日 日曜日。

　今回は、近くの「うどん屋 三越（みつこし）」でバイトをしていた時の話だ。

　***

　一昨日（おととい） 楚良（そら）から送られてきたあのノートの写真。

　そして、そこに書かれていた1行の文。

　一日中 家で考えていたが、結果的に唯（ゆい）が犯行に及ぶ動機なんて考えつかなかった。

　よく話すし、たまに家に押しかけてくるし、馬鹿だし……。

　でも、たまにずる賢い所もある。

　そこがあいつの怖いところだ……。

　チリィ〜ン。

　と、ドアベルの音が鳴った。

　ほぼ条件反射で動いてしまっているため、勝手に声が出てしまう。

「いらっしゃ………いませ。」

　そこに居たのは2人の女性……いや、"女子"だった。

　しかも、そのうちの一人を俺は知っている。

「随分と汚らしく働いてらっしゃるんですね。」

「じゃあ、逆になんでこんなとこに来たんだよ"綯（よる）"。」

　そこに居たのは湮野（ほろの） 綯（よる）と、見知らぬ女子だった。

「勿論（もちろん）、スイーツを食べに来たんですよ。一緒に食べます？」

「バイト中だから無理かな……。」

　"食べます？"って、タメ口じゃない？

　まぁ、今までの言葉の端々からも感じてはいたのだが、綯（よる）は少し間違った敬語を使っているようだ。

　お嬢様だからといって誰もが丁寧な言葉遣いを使える訳じゃないのかもな……。

「染（ゾメ）、お友達か？そろそろ休憩だし一緒に休んだらどうだ。」

　そう声をかけてくれたのはバイト仲間の模部（モブ）さんだった。

　ちなみに"染（ゾメ）"って言うのは俺の苗字の"染谷"から来ている。

「あぁ……じゃあお言葉に甘えてそうします。」

　優しい模部（モブ）さんの言葉で、今から休み時間となった。

　***

　この店には座敷タイプの個室が用意されている、和を感じる畳の部屋だ。

　そこに、さっきのふたりは居た。

「やっと来ましたか。」

「そんなに時間かかってないだろ。」

　従業員室で着替えて来た為、少し遅くなってしまった。

　とはいえ、制服を脱いだだけだからそんなに時間はかかっていないはずだ。

「はじめまして琹（こと）さん、私は1年生の桑部（くわべ） 檸（ねい）といいます。」

　綯（よる）の隣に座っていた子はそ自己紹介を言い終えると、ぺこり とお辞儀をした。

「俺の事……知ってるのか？」

「はい、お話は綯（よる）様から聞いています。」

「様……!?」

　随分と身分の差を感じる言い方だな、二人の関係性は大丈夫なのだろうか。

　少しだけ心配だ……。

「そういや前は巻き込んでごめんな、綯（よる）」

「いえいえ、私はもう気にしてないですよ。それに……」

　そういう綯（よる）は特になんの蟠（わだかま）りも無かったかのように振舞っていた。

　"もう"という事は、少しは気にしてくれてたって事なのかな？

　綯（よる）は、話を続ける。

「それに、ちょっと嬉しい嘘でしたし……。」

　青天の霹靂。

　刹那的に少しだけグッときてしまったのは、状況のせいだけなのだろうか。

「即身仏（おまえ）からそんなこと言われるなんて、思ってもみなかったな。」

「今の"ルビの振り方"には悪意がありませんか？」

　綯（よる）よりも先に答えたのは横に座っていた檸（ねい）さんだった。

　落ち着いている雰囲気のせいで大人びた印象だった為、"さん"付けしておこう。

「溺愛してんな……"様"付けと言い、指摘と言い……。」

「いえ尊敬ですよ、綯（よる）様は私の有徳（うとく）たる御（ご）主人（しゅじん）様（さま）ですから。」

　御主人様とか、まじ顔で言っている人間を俺は初めて見たかもしれない。

　人生で1回は言われてみたいよな……、1回だけね？

「照れるじゃない、やめてよ。」

「……分かりました。」

　渋々、主人の自慢を垂れ流す口を閉じた檸（ねい）さんは、少しだけ寂しそうだった。

　構ってほしそうなオーラに綯（よる）は気づかなかった……というより、気付かないふりをしているようだった。

　会話も弾みが悪くなってきたタイミングでふと聞きたくなった。

「ところで、2人とも何を頼んだんだ？」

「綯（よる）様はいちごパフェで、私はティラミスですよ。」

「2人ともうどん屋でスイーツか……」

　確かに最初に言ってはいたけど、中々うどん屋まで来てスイーツなんて食べないよな。

　なんでわざわざこんな所に……。

「ところで、なんで2人はこんな………。」

　その時、俺の言葉を遮るように扉が開けられた。

　入ってきたのは模部（モブ）さんでは無い、パートさんだった。

「ご注文頂いた、いちごパフェとティラミスです。どうぞごゆっくり。」

　その人は台に2種のスイーツを置くと、それだけを言ってそそくさと出ていった。

「はわぁ、ティラミスだ……」

　感嘆の声を漏らしたのは、長い髪を揺らして耽美（たんび）的な事を考えていそうな顔をした檸（ねい）さんだった。

　ただ、出されたティラミスは何の変哲もないただのティラミスだった。

　お金持ちなのに、それで満足なのか？

「美味しそう……檸（ねい）も久しぶりに食べるんだしちゃんと味わってね？」

「はい 綯（よる）様、尽力（じんりょく）します。」

　食べることに尽力出来るのはいい事だ。

　……とか、訳の分からないことを考えながら、スイーツを食べる二人を見ていた。

*

　……トゥルン。

「ん？」

　それは、俺のMINE（マイン）の着信音だった。

　画面に表示されていた名前は、"倉敷（くらしき）唯（ゆい）"だった。

　唯（ゆい）のMINE（マイン）は、確かブロックしたはず。

　……だったが、唯（ゆい）がいたはずのトークリストには"unknown"と表示されていた。

　恐らく新規アカウントを作ったのだろう。

「今日の夜 公園に来て」

　ただそれだけ。

　たった1文だけだったが、俺の心を揺り動かすのには十分すぎた。