第12話 川園郁②

ゆいが途中で保健室に行った為、結局"視線"の話を聞くことなく4時限目の授業が終わってしまった。


昼休みに入り、昼食を食べるために各々おのおのの場所に移動していく生徒達。

俺はその波に呑まれるように淡々と歩いていた。


こと、一緒に食おうぜ。」

そんな中で話しかけてきたのは、もちろん悠仁ゆうじんだった。

「ごめん、今日俺先約あるから無理。」

「え〜。トイレで食べるより衛生的に良いぞ。」

「なんで便所べんじょめしが確定事項みたいになってんだよ……。」

お互いに屋上に向かいつつそんな談笑をする。

不意に俺を敬ってくれる後輩も友人も幼馴染も、恐らく1人もいないと感じてしまった。


「っていうかこと、あのノートは返したのか?」

「いや、ノートは旧校舎に……。」

昨日、旧校舎から帰る時に2階のあの部屋に置いてきてしまったみたいで、バッグの中には入っていなかった。

血だらけの楚良そらを運んでいて気づかなかったが、いくが忘れていったんだろう。


「ふ〜ん。まぁ、ちゃんと返せよ。」

「あ、あぁ。」

真偽しんぎはどうあれストーカーの件に関わっている可能性もある分、迂闊なことは口に出せない。

それに、ゆいの事もある。

慎重に行動しないと……。



「琹はさ……誰が犯人か分かったらどうすんの?」

「え?どうしたんだよ急に。」

でも、確かに犯人を探すことに必死でその後のことなんて考えてなかったな。

「その犯人の事通報するのかな、って思ってさ。」

「まぁ通報はしないけど、遊びでけられてたら嫌だな。」

中々遊びで人をける人間もいないだろうけど。

居たとしたら凄いメンタルしてるよな、好きでもないやつを観察するとか……。


会話はとりあえずそこで終わり、賑やかになりつつある屋上の扉を開けた。


集団で食べてる陽キャグループとは少し離れた場所で待っていたいくは、若干ソワソワしていた。

「意外と早かったですね、先輩。」

「あぁ、あんまり待たせても悪いしな。」

魚型のチョコを渡そうとしてくるアグレッシブな後輩だ……、どんな仕打ちが待ってるかわかったもんじゃない。

絶対に弱みを握られたくないタイプの奴だ。


お互いに弁当を開けて食べ始めた。

俺は大きめの弁当を一段、郁は小さめの二段弁当だった。

運動部だし一応男だからか、少し普通よりも多い気がする。


「……」

「……どうした?」

楽しい食事。

……のはずだったが、何故かいくは俯いて沈黙している。

いくは持っていたiPoneアイポンを画面を下にして膝の上に置いて話し始めた。


「自分から誘っておいてなんですけど、いいのかなって思って……。」

「"いい"って、何が?」

遠慮がちな上目遣いな瞳は、俺の狭い心を締め付けるようだった。

緩急が激しい性格なのかもしれないけど、思ったよりも少し面倒なのかもしれない。


「先輩と一緒にいても、いいのかなって思ったんです。私、周りと違うからみんなから避けられてるし……。」

「……。」

思ってた100倍くらい思い詰めた話が始まってしまったが、俺はその話を"だし巻き玉子"を食べながら聞いていた。


「私と一緒にいるのも"しょうがなく"なんじゃないかな、って思っちゃうんですよ。」

「そんなこと(モグモグ)……ないよ?(モグモグ)」

適切な言葉も見つからずに形だけの言葉を返した。

こんなに胸焼けしそうな昼食は、今までしたことないような気がする。

「先輩が周りからの評価で……自分の株を上げる為に一緒にいるのかもしれないとか考えちゃって……。」

「確かに俺は周りの評価は気になるし、株だって上げたいよ……。」

そして、あわよくばモテたい。

モテモテなのを満更まんざらでもない感じで受け流したい。


「でもいくに嫌われるくらいなら周りからの評価なんてどうでもいいし、株なんて下がってもいい。」

「せ、先輩……?」

「大事にしたい繋がりを切ってまで守りたい体裁ていさいなんて、俺には無いしな。」

「……」

かっこいい感じで言ってるけど、評価を気にするほどの人間が周りにいないのが1番大きいかな……。


「照れるじゃないですか先輩〜。そんなにも私のことを想ってくれてたなんて……。」

「ま、まぁな……。」

両手を頬に当てて、紅潮した顔を隠すようにしている。

態度の急変ぶりが、なんとも言えない落胆を俺に植え付けた。

「もう訂正出来ませんよ、もう言質げんち取りましたからね?」

「……げ、言質げんち?」

質問を投げかけたとほぼ同時に、いくが膝の上のiPoneアイポンを持ち上げて画面をタップした。


『音声録音を終了します。』

無機質で温度のない声が淡々とそう告げた。

音声録音とは、音声をあのiPoneアイポンに録音することで……、つまり誰かに"共有"でもされたら俺は笑い者じゃないか……。

「さっすが先輩、かっこいい事言ってくれますね。"いくに嫌われるくらいなら……"とか中々言えませんよ。ふふっ。」

「ちょっ……いじんなよ、恥ずい。」

似てない声真似で、台詞せりふをいじってくるいくは今までにないくらい楽しそうだった。

ストーカーの手がかりは無くても、話せてよかった。

少しは仲良くなれたはずだ。


こと、"先約"ってその子か?」

悠仁ゆうじん……。」

なんというタイミングで来てんだよ。

悠仁は、場をかき乱すような発言が大好きな男だからタイミングが悪いと、その場がカオスになってしまうこともよくある。

だから彼女出来ないんだよ。

と、特大ブーメランを投げつつ話を聞くことにした。


「夫婦ごっこは他所よそでやれよ?2人とも。」

「ふ、ふ、夫婦!?夫婦に見えますか?」

挙動不審気味ないくは、俺のことも忘れて悠仁ゆうじんの発言に目を輝かせていた。

出来ればあの音声の事も忘れてくれると助かる。


****


「ふぅ……。」

音声録音事件があった日の夜。

最近始めたうどん屋のバイトも終わり、疲れた体をベッドに倒して寝転んだ。


金曜日だし、ゆっくり寝よう。

……と思ったが、ドアのノックが聞こえて来てしまった。

ゆっくり立ち上がってドアを開けると、そこに居たのは妹だった。

「お兄ちゃん、この音声ってお兄ちゃんの?」

「音声……?」

音声……嫌なひびきだ。

ひびきと相応に嫌な予感がする。


「そう、いくさんから届いたの……。」

いくのこと知ってんのか……」

妹と繋がったでたなんて計算外だったし、意外だった。

そもそも計算なんてしてないが……。


「これ聞いて思ったんだけどさ?……お兄ちゃん。」

「な、なんだ?」

「お兄ちゃん、気持ち悪いよね。」

「……。」

ただそれだけ……たったそれだけを言って妹は帰っていった。

その一言はとてつもないほど心に深く刺さった、と言うかメンタルをボコボコにされた気分になってしまう。


「はぁ……。」

ドアを閉めようとしたその時、その通知は来た。


──MINEマイン 1件の通知

"楚良そらが写真を送信しました"


送られてきた写真に映っていたのは

……

「ノート……?」

犯人が使っていた、あの日記用のノートだった。

ただ一つだけおかしいところがある。

それはの事が書いてあったのだ。


いや確かにそれもおかしいのだが、1番の問題は3月3日……つまり今日の日記の最後の行に書いてあった言葉だ。


そこに書かれていたのは、

─────────────────

幼馴染として何が出来るかな……。

─────────────────

という1文だった。

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