第11話 川園郁①

 3月3日、金曜日。

 朝の日課である"ギジスタ2"というソシャゲのログインをし、憂鬱な金曜日の学校に向けた準備も終えた。

今日は珍しく悠仁も先約があるみたいだし、いつも以上に平和的な登校する。

 ……はずだった。


 ドアを開けた先にいたのは格ゲー初心者の後輩だった。

「お、おはようございます先輩。」

いく……」

 なんで俺の家を知ってるんだ……。

 いや待てよ、なんかそんな事を前も考えたような……。

 確かそれは昨日の昼休みの事……いくが2月の中旬に俺の家の前に居たって言う話を聞いた事だ。



 静かに歩き始めた俺の横をいくが付いてくる。

 が、特に話すことも無く気まずいので、早速さっそく本題に入ることにした。

いく、そういえばお前が2月に1回うちに来てた、って友達に聞いたんだけどさ……。」

「え……14日に行ったの知らなかったんですか?」

 純朴な目で俺を見るいくには、後ろめたい事があるようには見えなかった。

 ただ全く知らないし、俺が知らない間に何かあったのか?

 染谷家に住む"俺" "妹" "母" "犬"の誰かに用があったとか?

 でも、家族構成は知らないはずだしな。



「2月14日って言ったら101代目ローマ法王ほうおう"ヴァレンタイン"の誕生日か?」

「うーん、まぁいわゆるバレンタインデーですね。」

 バレンタインデー。

 それはリア充達の佳日かじつであり、俺たちの精神がすり減る日だ。

 ちなみに今年は妹から貰った手作りチョコ(を作った時の残りが詰め込まれた袋)とゆいのチョコだけしか貰ってないはず。


「先輩貰ってないんですか?お母様に預けたんですけど。『先輩に渡してください』って。」

「どんな服着て来たんだ?」

「この制服ですよ。」

 横を歩くいくは、自分が来ている学生服を見て言った。

 つまり男子生徒用の制服、学ランである。

 もちろん『男の娘』という特殊な背景を知らない染谷母かあさんが見たら男子そのものだろう。


制服それで行ったから妹に渡しに来たと思ったんじゃないかな……。」

「なるほど、確かに……。」

 納得しているいくだが、それに気づけないあたり、少し抜けているところがあるのかもしれない。

 ちゃんとチョコ作れるのかな?

 ちょっと聞いてみよう。


いくはどんなチョコ作ったんだ?」

「あっ、写真ありますよ……えっと、これです。」

 渡されたiPoneアイポンに映っていたのは魚……いや、魚の形をしたチョコ。

 センスと言うか、価値観というか……とりあえず何がが間違っている気がする。


「なんで魚なんだ?」

「先輩は受験生だし、形だけでもDHAを取った方が脳に栄養が付くかと思ったからですよ?」

「なんだよその奇天烈キテレツな方程式は……」

 バカな後輩が優しさを履き違えたせいで妹の腹に脂肪が付くだろう。

 まあ、超甘党な妹は中学生なのに、毎年常識を逸脱した数のチョコを貰ってくるし1個くらい変わらないかもしれない。

 ちなみに、そのチョコの八割は母さんが食べてるけど。


「先輩が食べてないならもう1回作って渡しましょうか?」

「あ、いらないです。」

 そもそも甘いものが好きな訳じゃないし、コーヒーと一緒に食べるくらいしか需要はない。

 そんな俺が変態的なセンスのチョコを貰っても、超甘党な母さんの脂肪に変わるだけだ。


「まぁ、先輩のことだし家族にしか貰ってないんでしょうけどね」

「失礼だな……ちゃんと他の人にも貰ったよ」

「どうせ1個でしょ。ちなみにどの幼馴染から貰ったんですか?」

 なんで全部知ってんだよこいつ。

 唯のやつ、いくに俺の色んなこと話してるんじゃないだろうな……黒歴史とか。

 なんか、だんだん怖くなってきたな。


「……」

「……」

 ──唐突な沈黙。

 登校時間も佳境に差し掛かり、もう既に校門は目と鼻の先。

 学校の前の道路にある歩行者用の信号が青く点滅するのを2人並んでただ待っていた。

「……先輩。」

「ん?」

 不自然に黙っていた後輩は重々しく口を開いた。

 久しぶりにまじまじと見たいくはショートカットが良く似合う可愛い男の娘だった。


「よ、良かったら一緒にお、お昼食べませんか?屋上で……。」

 全力で目を逸らしてくる後輩は恥ずかしげにそう言った。

 そういえば昨日も屋上に居たし、屋上で食べるのがルーティンワークなのかもな。


信号機は青色に点滅し、道路を渡るように促す。

それにつられるように進む2人は、これまでより少しゆっくりとを進めた。


「先約ないし良いけど、いくはなんで緊張してるんだよ。」

「男の人と2人きりでご飯とか初めてだし……それに、一昨日おととい出会ったばっかりなのに急過ぎるかな、って思たから……。」

一昨日おととい出会ったばかりなのに、失礼な発言が多めないくもそんなことを考えてたのか……。

意外と繊細なんだな。



校門を過ぎて敷地内に入ったが、学年ごとに別れた玄関に向かうため、ここで別れることになる。

「先輩。ちゃんと来てくださいよ?」

「そっちこそ逃げんなよ後輩。」

他愛ない会話はそこで終わり、互いに自分の方向へ進み始めた。


ストーカーの手がかり的な件に関しては手がかりが一つ一つ潰されていく。

だが、少なくとも今は、いくと仲良くなれるようにしたい。

そう思えた。


***

教室に入って最初に話しかけてきたのは悠仁ゆうじんだった。

「おい、ことちゃん遅いぞ。」

「"ちゃん"をつけるなよ、ゆうちゃん。」

「無駄に語感ごかんがいいな。」

なんだかんだ気にかけてくれる奴だから悪い事は言えない。

ただ、ノートの件では協力者から容疑者に変わってしまった奴でもあるから、迂闊うかつなことは言えない。


こと、まだ視線感じるのか?」

「いや、最近は感じてないけど。急にどうした?」

悠仁ゆうじんに、問うたところで嘘か本当か判別できる訳じゃないし、怪しいところではある。


「それがさ……さっきゆいから相談されたんだよ。」

「何を?」

「……最近視線を感じるらしいんだよ。」

その悠仁ゆうじんの言葉は、俺としては特に判断が難しかった。

ゆいは机に突っ伏している。

でも、それが本当だったとしたらストーカーの狙いは一体……何なんだろうか。



俺は一体どうすれば……。

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