第8話 俺は知らない。(唯視点)

 風邪で木々が揺れる中庭には、女子2人だけがたたずんでいる。

(こといくも遅いな。)

 いくに、ことを連れてきてもらうように頼んだのに……。


 私のMINEマインことにブロックされてるから、連絡取れないんだよな。

「"よる"ちゃん、悪いけど一緒に来てもらっていい?」

「構いませんよ、行きましょう。」

目の前にいるのは、湮野ほろのよるちゃん。

お嬢様育ちで気さくな性格らしいのだが、同じ学年だったにも関わらず、未だに話をした事が無かった。


 中庭から旧校舎まで歩いて3分くらいで、生徒が来ることはほとんど無い。

 よるちゃんは同じ歳のはずなのに、なんと言うか……貫禄かんろくとかが違う。


***

 目の前に迫った旧校舎は全体的に色褪いろあせていて、不気味だった。

 そういえば、ことって確か、死ぬほどビビりなんだっけ。

 そうだ、あいつのことちょっとおどかしてやろう。

よるちゃん。なるべく足音立てずに行こう。」

「何でですか?」

 とりあえず質問には「いいから、いいから」とだけ答えて、旧校舎の2階まで進んだ。


 外の廊下まで声が少し漏れ出ている部屋の、ドアの前にたどり着くと小声で綯ちゃんに指示を出した。

(ドアに耳を押し当てて。)

(そんな不埒ふらちな事は出来ませんよ……。)

(バレなきゃ大丈夫だよ、ね?)

(はぁ、分かりました。)

指示通りにドアに耳を押し当てる

よるちゃんを見て、改めて可愛いと思った。

 肌も髪もスタイルも、全部が綺麗……。

 私とは大違い。


どうしたらそんなふうになれるんだろう。


***

 さて、どんな会話が聞けるかな?

 うふふふ、あ〜楽しみ・・・だな。


 そんなことを考えながら、ドアに耳を当てると、こといくちゃんの声が聞こえた。

 不埒ふらちな事して無いよね?

 まあ、大体あのいくちゃんがそんなにアクティブな訳……。


「1回だけでいいからやろうぜ?俺1P《ピー》がいい。」


「何P《ピー》でもいいですけど、私は初めてなのでお手柔らかに……。」


「分かってるって、でも何となくは分かるだろ。始めるぞ」


「はい……って、もう出したんですか!?早すぎです、見損ないましたよ先輩。」


「お前が動かないから、俺から先に動いただけだよ。」


「ちょっと先輩、後ろからはずるいですよ。なっ……ジャーマンスープレックス!?」


「弱ぇな、ってか持ち方が違うぞ?」


「こうですか?」


「いや、人差し指まで使って包み込む感じ……。そうそう。」


「よし、これで私最強ですよ。」


「よし、もうツーラウンド目いくか。」


「もちろんです。」


 こ、これは……。

 まさかこれは……性的なアレ《・・》なのか!?

 アレ《・・》の最中にジャーマンなのか!?


「あわわわわ……。」

 ふと横を見ると、よるちゃんは口に手をあて、まるで道祖神のように動かなくなっていた。

どうやら、私と同じように煩悩に駆られているようだった。

 その反応って、アレ《・・》って事で良いの?


 次期じき風紀ふうき委員長いいんちょう候補こうほとして、私がガツンと言わなきゃ。

 そう思い、近くにあった花瓶かびんを手に取って覚悟を決めた。


「2人とも!こ、校則違反よ!!」

 勢いよく開けたドアが壁に当たって跳ね返りし、大きな音を鳴らす。


「どぅわぁぁ!?……って、ゆ、ゆい?」

 いつも通りのチキンなこと


「先輩、スキあり!」

 握りしめたコントローラーを操作しているいくちゃん。


「安心しろ。そいつは、チンパンジ……グハッ!?」

 花瓶がクリーンヒットし、静かになった楚良そら


 いくちゃんが見つめる先には格闘ゲームの画面が広がっている。

 ただの私の早とちりか……。

1P、2Pのくだりもジャーマンも、格ゲーの話で……持ち方ってのも、コントローラーの事だったのね。

なんか、ドギマギして損した。


「なんだ、良かった〜。」

「良くねぇよ、1人血まみれだぞ?」

ことが何か言った気がしたけど、とりあえずは気にしない事にした。

 煩悩を1番抱えてたのは、結局私だったのか。

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