告白の味は苦い

入間しゅか

第1話

  初めてのタバコでむせた日。

 初めてのお酒に飲まれた日。

 どちらも同じ日だった。

 初めてのタバコは彼がくれたゴールデンバット。

「芥川龍之介が吸ってたタバコやで」と自慢気に語る彼。

 喉が締め付けられるような苦味と体の拒否反応。

 むせた。もう絶対に吸うもんかと思った。

 むせる私を他所に彼は「おれ十歳で親からお祝いでもらった」と誇らしげ言った。

 彼の父は十歳が成人なんだと言っていたらしい

「何回か吸えば麻痺するよ」と笑う彼が嫌だった。

 初めてのお酒も彼とだった。

 初めて居酒屋に入った。焼き鳥のチェーン店。

 彼は「二十歳の祝いだ」と言ってビールを二つ頼んだ。

 乾杯した。

 匂いは苦手だったが、飲むうちに体の内側が温まる感覚がして心地よかった。

 その日、二本目のタバコをもらった。

 一本目と同様むせたが、苦味の中に微かな旨みのようなものがあるように感じられた。

 高校生の時にブラックコーヒーの美味しさに気づいて大人になった気がしたのを思い返した。

 体が温まるにつれてビールの飲み方がわかってきた。

「流し込め。喉を通る感覚を楽しむのがビールなんだよ」と彼は赤ら顔で語る。

 私も顔が赤いかしらと気になった。

 三本目のタバコはもうむせなかった。悪くないかもしれないとさえ思えた。

 チューハイを頼んだ。ジュースじゃないか。

 ビールより親しみを覚えた。

「チューハイはジュースや」と彼は言った。

 温かい。体の火照りが心地いい。

 楽しい。

 彼は私に武勇伝をいくつも語った。

 私はたくさん笑った。おかしくてたまらなかったが、何がおかしいのかは分からなかった。

「お前はゲラだな」

「ゲラって?」

「笑いの沸点低いやつのことや」

「ゲラって言うんだね」

 ゲラ。ゲラ。と呟くと馬鹿らしくて笑えた。

 気分がいい。これが酔うということなんだね。

 と思ったところで、記憶は途切れている。



「起きろ!起きろ!」

 声が遠くから聞こえる。

「はよ!」

 うーん?まだ眠いよ

「起きんかい!」

 いた!蹴った?叩いた?

 観念して瞼をこじ開けると、知らない場所にいた。

 誰かの家だ。私の家じゃない。私の部屋こんな綺麗じゃないと整理整頓された室内をまじまじと見渡す。

 見渡してたら視界に彼の姿があった。

「おはようさん」と呆れた様子で彼は声をかけた。

「おはよう」と返したつもりだが、呂律が回らない。

 どうやら、私は機嫌が良くなりすぎてたくさん笑って、飲んだあげくまともに歩けない状態になり彼に抱えられてこの家に着いたらしかった。そして、ソファに寝かされていた。

 夜の十時だった。

 初めて異性の家にお邪魔したのが、こういう形になるとは思わなかった。

 彼は仲の良い友達だったけど、初めて異性の家に行くなら好きな人の家に自分の意思で行きたかった。だから、これはカウントしないものとします!

「お前な、飲みすぎや」

 はぁ。自然とため息が出た。あの居酒屋での気分の高揚はなく、体内の熱も落ち着いていた。

 大学入学時で同じ学部で席が隣だった。

 話しかけてきたのは彼。

 彼は私より二歳年上だった。兄貴面して彼は私にたくさんのことを教えてくれた。

 私は妹になった気分で彼の言葉に感心した。

 話を振るのが苦手な私と話したくてしょうがない彼は自然とよくつるむようになった。

 そして、今日タバコと酒を教わり、悪酔いしたあげく家に担ぎ込まれたのだ。

 異性の家に二人きり。

 しかし、彼は何もしないとタカをくくっていた。根拠の無い自信があった。

 私は恋愛感情を抱いていないから、向こうも一緒だと。

 現実は違った。

 立ち上がろうして、ふらついた私を彼は咄嗟に支えた。

「どこ行くねん」と優しい口調で言った。

「帰る」帰る。いくら友とはいえ、彼は異性だから気を使わせる。

「ふらふらやん」と言ってソファへ行くように促す彼。

 言われるがままに座ると眠気におそわれた。

 瞼が重い。目が開けてられない。

 夢現をさまよっていたさなかで、私の唇は奪われた。

 人生初のキスが酔った所を不意打ちなんて望んでいなかった。

 私は飛び起き咄嗟に唇を拭き、自分の取った行動に咄嗟に謝罪した。

「ごめん!つい、びっくりして、え?え?」

 彼は私を見れないのか壁の方をみて謝った。

「ごめん、耐えられんかった」

 何に耐えられなかったのか、理解が追いつかない。

「帰るね、大丈夫、タクシー呼ぶから」

 ここにいてはいけない気がした。

 彼は何も言わない。



 こうして私の初めてづくしの一日は終わった。

 翌日、いつもより遅く目が覚める。

 記憶が曖昧で途中で夢を見ていたのではないだろうか。

 しかし、彼の唇が触れた感覚は生々しく残っていた。

 彼が告白してきたのは夜。

『昨日はごめん。耐えられなかった。好きなんや』と電話で告白してきた。

「ごめん。なん答えたらいいかわからないから待って」

 正直な気持ちだった。やっぱりキスされてたんだ。洗面の鏡を見つめる。少し浮腫んだ私の顔があった。

 唇に触れてみる。初めてのキス。初めてされた告白。それは初めてのタバコの苦さと初めてのお酒の心地よさに似ていた。



 結局私は彼の告白を断った。

 友達でいたいと言った。心からの答えだった。

 彼は「わかった」とだけ言った。

 告白を断ってから他人行儀になった時期もあったけど、彼は友達でいてくれた。

 兄貴面して武勇伝を語ってくれている。私は妹になった気分で彼の言葉に感心してる。

 そして、何度も「相手がいないなら、俺がもらう」と冗談に聞こえない冗談を言う彼に思わず「お願いします」と答えそうな私がいる。きっと、彼の本音なんだろう。

 彼の朗らかさが心地いい。

 でも、何故だろう。ずっと、友達でいたい。

 すっかり吸い慣れたタバコに火をつけて、友情と恋情、どっちつかずの感情を煙に巻く。

 今や欠かせなくなった缶チューハイをあけて、あの口付けを思い出す。

 狡やり方だと笑う。彼だからこそ不思議と許せた。

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