第7話 生姜焼き

 店の中は思った以上に混んでいた。

 駐車場が埋まっていたので、意外に繁盛しているなとは思ったが、中は人がいっぱいだった。

 長距離ドライバーや家族連れが目立つ。

 地元では評判の店かもしれないと藤巻は料理に期待する。

 一つだけ空いていたカウンター席に腰を下ろし、生姜焼き定食を注文する。

 店内にはカレーやから揚げや焼肉のタレの臭いが充満していた。藤巻の腹が鳴る。

 隣に座っていた作業服を着た男がこっちを見て笑った。

 日焼けしているが、ニヒルないい男だった。藤巻が愛想笑いを返す。

「兄ちゃん、どっから?」

「東京です」

「旅行?」

「はい」

「そっか。いいな。俺は出稼ぎ。横浜から。横浜、行ったことあるか?」

「あります。一度だけ」

「これと、か?」

 男が右手の小指を立ててみせる。

「違います。会社の飲み会で」

「一度デートで行ってみろ。やれるから」

 男が人差し指と中指の間に親指を入れて言った。

 ほんとか? 

 藤巻は今度好きな人ができたら連れて行ってみようと思う。

「兄ちゃん、いくつ?」

「三十二です」

「若くていいな」

「そうでもないっす」

 本心だった。年より老けて見られることが多い藤巻は自分を若いと感じたことがない。

「俺、四十五。超氷河期世代」

 自分たちも楽に就職できたわけではない。でも、藤巻は反論しない。誰しも自分たちの世代が一番苦労したと思っているのだ。

「最初の会社がつぶれて転々としてたら、このとおり日雇いのおっさんになっちまった」

「はあ」

 藤巻はなんとも言えない。永井と中島の顔を思い出す。二人は転職活動しているのだろうか。自分はこんなとこでぶらぶらしてていいのだろうか。少し気持ちが焦る。

「そんな顔するな。堕ちてみると、案外楽なもんよ、こっちの世界も」

 堕ちる、こっちの世界・・・ 藤巻の体がとたんに緊張する。ひどいとは思った。でも、自分が怖がっている世界が目の前にあると思った。

「かわいいな、兄ちゃん。考えてることが全部出てんぞ」

 男が笑う。

 昭和のいい男がそこに居た。男は『下』に見るにはいい男すぎた。

「でも、負け惜しみじゃねえぞ。仕事ならいくらでも、なんでもある。やどかり生活だからな。ちっぽけなマンションを東京で買って、青い顔してきれいなオフィス働いてる奴らを、俺たちが見下してるってところもあるんだよ。おかしいだろ?」

 はい、お待ち~。

 藤巻の前に生姜焼き定食の盆が置かれる。

 強いショウガの臭いが藤巻の食欲を蘇らせる。

「いただきます」

「おう、食え、食え」

 ビール片手ににやにやと笑いながらこっちを見ている男の前で、藤巻は生姜焼き定食をあっという間に平らげた。

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