第4話 お邪魔します
意外にも男の家は一軒家だった。
「広い部屋」と聞き、藤巻は1LDKや2LDKのアパートを想像していた。
「これ、賃貸ですか?」
男の車の側にレンタル車を止め、藤巻は男の家を見ながら質問する。
「うん。いいだろ? おまえもこっちに越せば、これぐらいの家あたりまえに住めるぞ」
それも悪くないなと藤巻は一瞬思って、でも、声の小さい自分は焼き鳥屋では働けないと思う。
「あら、お客様」
男がインターホンをならすと、ドアがガチャガチャと乱暴に開錠され、片目だけばっちりメイクした女が、開いたドアの間から顔を出した。
瞬間、YouTubeで見た半顔メイクの動画を思い出す。
「いらっしゃ~い」
女はベテラン芸人の口調を真似して、二人を玄関に招じ入れる。
古いと藤巻は思った。
「ごめんね、出かける前でちゃんと相手できないけど」
女はリビングのローテーブルに置いた鏡の前に座り、顔をいじくり続ける。
「いえ、すみません、いきなり」
藤巻は広いが雑誌や新聞や脱ぎ散らかされた洋服で荒れているリビングに入りながら答えた。
「あの人に無理やり連れてこられたんでしょ? 東京の人みつけると、すぐに連れてくるんだから」
「わかります? 東京って?」
「わかる、わかる。東京っぽいもん、にいさん」
「そうですか。福岡の出身なんですけど」
「そうなの? 東京でなくしちゃったね、九州スピリットを」
「はあ」
そうなのかもしれない。っていうか、そんなスピリット、もともと自分にあったのか。
藤巻は地味に女の言葉に翻弄される。
「できたっ! どう?」
女が立ち上がって藤巻を振り返る。安っぽい生地のワンピースを着た女の顔はばっちりメイクされ、片目だけ三割ほど大きく見えてしまっていた状況が改善されている。
「あ、いいと思います」
「ありがと! じゃあ、行ってくるね。家のもの、なんでも好きに使ってくれていいから。テレビもデカいでしょ? あと、冷蔵庫のモノ、適当につまんで。冷凍食品しかないけど」
「ありがとうございます」
「じゃあねー」
ひらひらと蝶のように手を振り、女がリビングを出ようとする。
「なんだ、もう行くのか?」
トイレから出てきた男が女と向き合う。
「店の女の子から男の相談されてんのよ。で、その男と会うの。三者面談。一人じゃ別れ話できないって言うからさ」
「あ、栞ちゃんって子?」
「そう。あの子、かわいいんだけど、男見る目ゼロだからさ。三回も殴られてんのに、でもお、次の日はすっごいやさしいんです、なんて馬鹿な事言うから、さっさと別れさせろって店のママからも指令が出てさ」
「そうなんだ」
男が苦笑する。そうすると、妙な色気が出た。女と並ぶと急にいい男に見える男がいる。気づかなかったが男はそのタイプなのかもしれない。
「めんどくさい男なら電話しろ。すぐに行ってやるから」
「ありがと」
女が男の頬にキスをする。二人とも中の上の容姿なのに、妙に絵になっていてエロい。
熟したエロスが漂っていた。
毎日のようにしているんだろうなと藤巻は思った。
女が出ていって一時間もしないうちに男も仕事に出かけていく。
藤巻はスマホをとりあげ、時間を確認する。六時四十二分。二人は何時に帰ってくるのだろう? それまで何をしていれば。とりあえず、テレビをつける。テレビでは、地域のニュースを見たこともないアナウンサーが伝えていた。
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