第3話 軽薄な男
年をとったら急に強くなる、なんてことはやはりないらしい。
学生時代からパチンコに弱かった藤巻は、あっという間に五千円をすった。
「ドンマイ」
隣の中年男が笑ってみせる。いい具合にくたびれた、いい笑いだった。藤巻は苦笑を返す。
すると、男が玉を入れてくれる。
「すみません」
「いいよ。俺、今日、超ラッキーボーイ」
男の足下にはたくさんの箱が積まれている。
「すごいっすね」
「たまたまよ、たまたま。玉だけに。なんちゃって」
男が大きく笑ってみせる。今度の笑いは下品だった。
藤巻は小さく笑い返し、会釈して、パチンコ台に向き直る。
運の流れは変わらず、男のくれた玉もあっさりと流れていった。
にいちゃん、関東の人?
やかましい店内を出て、車に向かおうとすると、声をかけられた。
振り向くと、パチンコ玉をくれた男が笑っていた。
藤巻は足をとめる。反対に男が藤巻に近寄ってきた。
「なんで福島に?」
「いやあ、なんとなく、流れで」
「そっか。時間ある?」
「え? はあ、まあ」
用事なんて何もない。寝る場所を確保しないといけないが、泊まるところがなければ、車中泊でもかまわないのだ。
「じゃあ、ちょっと煙草つきあってよ」
男が駐車場の端のベンチを指し示し、歩き出す。
「はあ」
藤巻は断っといたほうが良かったかなと思いつつ、男の後を追う。
「で、どこから流れてきた?」
流れる? 単なるドライブなんだけどな。
思いながら藤巻は答える。
「東京です」
「だよな、そんな感じだ。俺も元は東京都民。都落ち」
「そうですか」
「いくつ?」
「三十二です」
「ちょっと早いな。俺は四十。去年から福島」
「そうですか」
「地元に帰ってきたの?」
「あ、いえ、違います。ちょっと旅行っていうか、ドライブっていうか」
「そうなの?」
「ええ」
「うつろな顔してるから、都会で鬱って田舎に帰ってきたのかと思ったよ。昼間にパチ屋にいる奴らからは明らかに浮いてるし」
「いや、病んでないっす、まだ。これからはわからないですけど」
藤巻の言葉に男が笑う。
「そんなことが言える余裕があるうちに、東京なんて出ちまえ。ろくなとこじゃねえだろ?」
「そうですね」
東京ではなく、会社がそうだと藤巻は思う。
「俺の場合は・・・」
聞いてもないのに男の自分語りがはじまる。藤巻は男の話をうんうんとうなずきながら聞いた。従順な態度が染み付いている自分がとことん嫌になる。
男は二つ年下の女と東京から流れてきたそうだ。福島は女の地元だという。
男は焼き鳥屋で働き、女はスナックで働いている。
二人とももともと飲食店や水商売仕事を転々としてきたから、田舎の店で働くのは楽だと言って、笑う。
「稼ぎは悪くても、東京じゃあ考えられないほど広い部屋に住めるぞ。そうだ。にいちゃん、泊まるところが決まってないなら、俺たちの部屋に来いよ。居つかれたら困るけど、二三日ならウェルカムよ」
「はあ」
頼んでもないのに、盛り上がっている。自分のどこをそんなに気に入ったのか。
もしや・・・ 男に犯罪の臭いがしないか、藤巻は頭を高速回転で回す。
「なあ、そうすりゃいいべ」
男が大きく、下品に笑う。そこには犯罪も知性も、知能に関わるものは何も存在していなかった。
藤巻はふらふらと男についていった。
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