空、流れ星、朝陽
入間しゅか
第1話空、流れ星、朝陽
悲しみを抱えて今日も眠る。
消してしまいたい思い出ほど、心に深く根ざしている。
私という存在ごと消してくださいと、星空に願っても時間は経つし、朝陽が嘲笑う。
神様は平等に肉体と魂をくれた。でも、それ以外は何もくれない。
私はフロアの窓際の椅子に体育座りして、夜空を眺めていた。
「星ばかり眺めてどうしたの?」
私の耳元で囁く声。
振り向くと同室のツバメちゃんが暖かそうなパジャマに身を包み微笑んでいた。
ツバメちゃんの笑みはどこか儚げで、この世の全ての悲しみを一身に引き受けているような美しさがあった。
「流れ星が流れないかなって」
ツバメちゃんは私の隣の椅子の向きを変えて、私と向き合う形で同じように体育座りした。
「私も手伝うよ、一緒に流れ星探そう」
入院して今日で一ケ月。何もしたくないから、死んでしまおうと思いますと先生に告げた日に私はこの病院に隔離された。
個室がよかったのだけれど、両親はお金は出せんと言って四人部屋になった。
全く喋らないおばあさんと、いつも誰かとおしゃべりしてる女の子と、メガネをかけた痩せほそった私と同じ歳くらいの女の子、そして、私。
痩せほそった女の子。それがツバメちゃんだった。
「ツバメが好きだからツバメって呼んで」と入院初日に声をかけてくれた。
本当の下の名前は今も知らない。
私たちは歳が近いのも手伝って、すぐに仲良くなった。
彼女がなぜここに来たのか知らないかった。彼女は自分の病状や過去の辛い経験を語らないし、私にもそれを求めなかった。
私は訳もなく涙する夜が度々あった。
泣きじゃくる私をそっと抱き寄せて、頭を撫でてくれた。細く骨ばった腕に力を感じた。
毎晩消灯しても、部屋に戻らずフロアでたわいもない話に花を咲かす私たちに看護師さんも呆れ顔。
人気のない山間の病院からは綺麗に星が見える。
私たちは椅子を向かい合わせにして窓際に座る。
「いつも流れ星探してるけど、何をお願いしするの?」
ツバメちゃんの問いかけに、私はまごついた。
「消えたい」とお願いすると言ったら、この子はなんて思うかな?
答えを出せずに、私は逆に同じ質問した。
「ツバメちゃんはなんてお願いするの?」
ツバメちゃんは空を見上げた。
「明け方の街を散歩させてってお願いするよ」
まじまじの夜空を眺めるツバメちゃん。
私のことを嘲笑う朝陽をツバメちゃんは愛していた。
「お願いってそれだけ?」
「うん、それだけ」
それから二人は無言で星を眺めた。
夜空が好き。遠くにある星の光、光っていてももう存在しない星もあるだろうと考えると、私も星になりたいと思った。
「あ、私はね、星になりたいってお願いするよ」
ツバメちゃんが私を見つめるから、私もツバメちゃんを見つめた。
ツバメちゃんは笑ってた。とても、寂しそうに。
「ツバメのどこが好きなの?」
一度だけ訊いたことがある。
「本当はツバメじゃなくても、スズメでもヒヨドリでもなんでいいの。空を飛ぶ夢をみるんだ。その夢ではいつも私はツバメになってる。だから、ツバメが好き」
空を飛ぶツバメを思い浮かべる。颯爽と風を切り、自由に飛び回る。
私も連れてってよ。そう思ったけど、言えなかった。
明け方の街を私も彼女と散歩したい。
私も朝陽を愛したい。自由に飛び回る翼がほしい。
だけど、私は夜の優しさに甘えてしまう。星の輝きに憧れる。
結局、流れ星は見れなかった
ツバメちゃんは先に部屋に帰って眠りについた。
日付が変わったところで看護師さんに説得されて、私も部屋に戻った。
無機質な白い天井を見つめる。
どれくらい時間がたっただろうか。
仕切りのカーテン越しに気配感じた。ツバメちゃんだとなぜかわかった。
「おいでよ」
控えめにカーテンが開いて、ツバメちゃんがそろりと入ってきた。
彼女は目に今にも溢れそうな涙を溜めていた。なのに、顔はいつもの儚い笑顔で、何も言わずに私を抱きしめた。
私も彼女の華奢な体を抱いた。彼女は泣いた。静かに泣いた。そして、私の耳元で囁いた。
「ねえ、私も連れてってよ」
その言葉に私はただただ頷いて、強く抱き寄せた。
どこへでも行こう。夜も朝も星も朝陽も一緒に見よう。
言いたかったのに、言葉が出なかった。
二人は抱き合って眠りについた。互いの悲しみに寄り添うように。
夜空には星が瞬き、流れ星が流れる。
山間の病院を今日も朝陽が照らした。
空、流れ星、朝陽 入間しゅか @illmachika
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