春待ちうさぎと笑うランタン

入間しゅか

第1話春待ちうさぎと笑うランタン

春待ちうさぎと笑うランタン


置いてけぼりにした春が来る!

春待ちうさぎは啓蟄が近いことを巣穴の入口から入る陽の優しさで察した。巣穴から顔出すとあんなに冷たかった空気が、淡く包み込むように心地よかった。

外は風が強く、木々が揺れる音が何やら楽しげな会話に感じられた。ちらほらと綺麗な花が咲いていて、ミツバチがせっせと飛び回っていた。

春待ちうさぎは大きく息を吸い込んで春の訪れを味わった。寒い冬の間ずっとどこかに置いてけぼりにしたような気がしていた。

「でも、まだまだ肌寒いね」

独言がついでてしまうほど、時折冷たい風が吹いた。

春待ちうさぎは体を二三度震わすと、日課の散歩に出かけた。

森をしばらく進むと静かな陽だまりに十羽ほどのうさぎが集まって、何やら騒がしい。

「みんな集まってどうしたんだい?」

みんな一斉に振り返り、春待ちうさぎに目をやった。

一羽の年寄りうさぎが何やら手に持って「これを見ろ」と差し出した。

それはランタンだった。古びた、煤けた、赤茶けたランタン。錆びて一部鮮やかな緑色に変色していた。

「こんなオンボロランタンなんか持ってどうしたんだい?」

年寄りうさぎは頭をふった。

「ただのランタンではないぞ。笑うランタンだ」得意げな年寄りうさぎ。

「笑うランタン?」

「ほれ、こいつのてっぺんをさすってご覧なさい」

言われた通りランタンのてっぺんをさすってやると、忽ちランタンはゴムで出来ているかのように伸び縮みして笑いだした。

笑っているような音ではない。笑い声だ。ランタンの奇妙な動きも体を捩って笑っているように思える。

「これは驚いた!本当にランタンが笑ってる!」

春待ちうさぎは春が来たからおかしなことも起きるんだと思った。

うさぎたちの塊をかき分けて、一際小さいチビ助うさぎが飛び出してきた。

「おいらがこのランタンを拾ったんだぞ!」

誇らしげなチビ助は大手柄を立てたかのように威張り散らした態度だ。

周りのうさぎたちはチビ助の手柄よりもランタンに興味があるようで誰も聞いてない。

春待ちうさぎもそうだ。このランタンを誰が拾ったかより、このランタンが何なのかの方が気になって仕方がない。恐る恐るランタンに触るものや、怯えるもの、開いた口が塞がらないもの。それらを知ってか知らずか笑っているランタン。

「やいやい!みんな寄ってたかっておいらのランタンで遊ぶなよ!」とチビ助が金切り声を上げた。

びゅーっと北風が吹く。ランタンはピタリと黙りこくってしまった。

すると、ガラクタ集めが好きな物好きうさぎが勿体ぶって言った。

「おやおや、チビ助くん。君は拾っただけであってこのランタンが君のものと決まったわけではないだろう?こういうものは価値のわかるぼくに預けたまえ」

物好きうさぎの気取った口調はチビ助だけでなく、他のうさぎの神経も逆立てた。

チビ助が何か言いたげにもごもごしていると、年寄りうさぎがコホンと咳払い。

「いやいや、このような貴重な品は長老のわしが持っておくのが一番平和だ」

これには他のうさぎ一同不満顔。春待ちうさぎはだんだん馬鹿らしくなってきたなと一羽悟るとそっとその場を去った。


その日の夜。

突如、森にランタンの笑い声が不気味に響いた。誰かがランタンで遊んでいるのだろうとウトウトしていた春待ちうさぎ。

笑い声は次第に大きくなってきた。どうやら、少しずつこちらに近づいているようだ。嫌な予感がしてきた春待ちうさぎ。いっそ、眠ってしまおうと固く目を閉じてみたものの、ついに笑い声は巣穴の前にいるようだ。

巣穴を反響する笑い声に春待ちうさぎの耳はヒリヒリと痺れた。

春待ちうさぎは恐る恐る巣穴の入口を見てみると、ランタンが怪しく赤色に発光しながらけたたましく笑っていた。大口を開けるようにぐにゃぐにゃと動くそれは、もはやランタンというより、獲物を前にした肉食動物だ。

逃げなくては!

春待ちうさぎは急いで裏口から抜け出すと、そこにはチビ助うさぎと物好きうさぎがいた。

「春待ちうさぎくん、大変だ!年寄りうさぎがいなくなった!」と取り乱した物好きうさぎが早口で言った。

「おいらのランタンが暴れてるよ!」とチビ助うさぎ。

どうやらランタンは年寄りうさぎが無理やり取り上げたらしい。夜になってランタンは突如年寄りうさぎの巣穴から飛び出した。笑いながら森を暴れまり、木々が怯えてざわめいた。眠っていた鳥たちは散り散りに飛び上がる。月光に照らされた森に一際派手な赤色の光の玉を灯したランタンは縦横無尽に飛び回る。

年寄りうさぎの巣穴はもぬけの殻。年寄りうさぎはどこへやら。


笑い声から距離を置いて、草むらで三羽は身を寄せあった。

チビ助はブルルと身震いする。

物好きうさぎはキョロキョロと辺りを見渡し忙しない。

春待ちうさぎは考えこんでいた。

どうしたものかと。いや、何が起こったのだろうか。

笑い声は近づいたり、遠ざかったりと相変わらず大暴れ。

背後で他のうさぎの叫び声が聞こえてきた。三羽は思わず顔を見合わせる。

「どうしよう。おいらがあんなら化け物を拾ってきたばっかりに…。きっと、年寄りうさぎは食べられたんだ」

泣き出すチビ助を物好きうさぎが頬擦りして慰める。

「考えてても仕方がない!せっかくぼくの待ち焦がれた春が目の前まで来たのにあんな化け物のに邪魔させてたまるか!」

春待ちうさぎは意を決して草むらからと飛び出すと、笑うランタン目掛けて走る。

後ろで二羽が何か叫んでいたが、今更気にしてはいられない。

春待ちが駆けつけた時、笑うランタンは一羽の雌うさぎを襲うところだった。

春待ちうさぎは勢いよくランタンに体当たり。ランタンは笑い声を上げながら転がり落ちた。

そして、ぐにゃぐにゃもがくと赤色の光の中から年寄りうさぎを吐き出した。

春待ちうさぎは間髪入れずにもう一度体当たり。ランタンころころ転がり、錆びた体が掛けていく。何度も何度も体当たり。その度に飲み込んだうさぎを吐き出した。

赤い光はみるみる小さくなった。笑い声もしゃがれてく。ついにランタンはボロボロと体が欠けて動かなくなった。

年寄りうさぎは無事だった。物好きとチビ助に支えられ息も絶え絶え、声にならない声を出して春待ちうさぎに礼を言った。


翌日、昨夜の騒ぎが嘘のような清々しい青空がうさぎたちの巣穴を照らした。

春待ちうさぎは巣穴を照らす陽の光が気持ちいいものだから、歌を歌って喜んだ。

「ぼくは春待つ

春待ちうさぎ

誰が呼んだか春待ちうさぎ


梢の会話が聞こえるよ

蜂がダンスをしているよ

置いてけぼりの春が来た!


昨夜のぼくは大活躍!

笑うランタン退治して

春の帰りを祝うのさ


ぼくは春待つ

春待ちうさぎ

誰が呼んだか春待ちうさぎ」

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