第16話 ヨウコ氏に宣言する、妻への至上の愛。(日本語訳者の見解)

私は、スウェーデン語で書かれた〝日本人妻観察日記〟を日本語に訳してネットにあげている者です。

少し私も気持ちが落ち着き、何とか冷静になることができましたので、こうやって観察日記の最後の章を書いています。以下はヨウコ氏の日本人妻観察日記の訳文ではないことをご承知おきください。


私は40代の日本人男性で、妻帯者です。子供が二人います。スウェーデンに関わる仕事を日本でしているサラリーマンで、仕事の傍らスウェーデン語を独学で勉強しています。

ヨウコ氏の日記を見つけたのは、本当に偶然でした。日本人の若い奥様との微笑ましい交流。素敵な夫婦だなと思い、スウェーデン語の勉強も兼ねて、このヨウコ氏の日記を日本語に訳してみようと思い立ちました。


私も妻帯者ですので、ヨウコ氏の思いやアキさんとの交流は本当に微笑ましく思っておりました。共感したり、反論してみたり。時には料理上手なヨウコ氏に対抗して苦手な料理を頑張って作ってみたり、愛情表現豊かなヨウコ氏に触発されて妻に〝愛してる〟と言ってみたり。典型的な日本人である私にはとてもハードルの高いチャレンジでしたが、妻はとても喜んでくれました。ヨウコ氏のおかげで、僕たちの夫婦仲も良くなったように思います。


しかし、前回のヨウコ氏の告白を読み、大変な衝撃を受けました。ヨウコ氏は奥さんであるアキさんをこんなに大事にしていたのに〝そもそもアキさんが存在していない〟とは想像もしていませんでした。

ヨウコ氏の妹さんとアキさんが会っていない、卒業したはずのスウェーデン語学校にまだ通っている、IT会社が勤務先のはずなのに検死レポート…確かに今から思えば、辻褄が合わない箇所もいくつかありましたが、特に気にしていませんでした。

しかし。少なくとも僕にとっては、到底受け入れられない告白でした。アキさんとのあの出会いのエピソードは一体なんだったのか。あんなにも細かい、まるで本当に国際結婚をした夫婦のようなエピソードは全てが作り話だったのか。


そしてこの受け入れ難い告白以上に、私はとても気になることがありました。

ヨウコ氏が10年前に一度だけストックホルムのカフェで見かけたと言う、アキさんのモデルとなる日本人女性とその夫に私は思い当たる節があるのです。


私は今から10年前に結婚し、新婚旅行に私の憧れの地・スウェーデンを希望しました。単純に私の好きなスウェーデン建築家グンナール・アスプルンドの建築物が見たかったのです。妻も同意してくれ、個人旅行でスウェーデンの他にフィンランド、ノルウェー、デンマークと北欧を駆け足で回ってきました。

そのストックホルム滞在時、カフェに入った私たちは次の目的地であるグスタブスべリ(食器で有名な場所です)への行き方がよく分からず、ガイドブックと地図を見ながら困り果てていました。

その時、隣に座っていたそれはそれは美しいスウェーデン人女性が私たちに声をかけてきてくれました。私は彼女のあまりの美しさにちょっと見入ってしまいました。ショートながら美しくキラキラと反射するライトブラウンの髪、整った顔立ち、優しそうな笑顔。そして彼女は、仕事の合間だったのか、ある特殊な職業の格好をされていました。(ここでの特定は控えさせてください)彼女は私たちに本当に親切に、目的地までのバス停と乗り方、お勧めの店などを教えてくれました。


私は今までそのことをすっかり忘れていました。今思えば、もしやこのヨウコ氏とは、あの時のあの彼女ではなかったか。

しかし疑問も残ります。10年前、妻は確かに長い黒髪のストレートでしたが、年齢は当時30歳。20歳どころではありません。ですが、西洋人から見れば、アジア人は皆若く見えるといいます。もしかしてヨウコ氏はあのカフェで私の妻に一目惚れし、20歳くらいだと勘違いしたのではないか。

そして、私たちは確かにあの時、お揃いの結婚指輪をしていました。勿論今もです。本当にこの日記の中のアキさんは、私の妻のことなのでしょうか?


もしヨウコ氏の告白が本当のことだとしても、ドラッグをやっていたとはいえ、細かな価値観の違いやアキさんとの生活をあれだけ詳細に想像しえることは本当に驚異的です。もしかしてネットの広い海原を彷徨って、国際結婚した方のブログやコラムなどを読んで連想したのでしょうか?色々推測してみても、今となっては私には知るよしもありません。


更にヨウコ氏は、カフェで会った女性の夫にも嫉妬し、離婚の妄想までしていました。その夫が僕だとしたら、普通ならば怒りを覚えることでしょう。しかし、私に怒る権利はありません。


ヨウコ氏は私が日記を翻訳して勝手にネットに上げていることを知りません。今まで話題に上げたこともないので、妻もこの日記の存在を知らないでしょう。会社の休み時間に私物のパソコンでやっていることですし、そもそも妻であろうと人の日記を無断で訳してネットに上げているとは、後ろめたさもあって言い出せなかったのです。


私は最後の日記を読んだ後に大変悩みました。しかし、ヨウコ氏にも私の妻にもこの事実は伝えずにおこうと思います。オリジナルのヨウコ氏の日記は、つい先日削除されているのを確認しましたので、今さら連絡の取りようもありません。

私は妻には何も告げず、この秘密をしっかり墓場まで持っていきます。この決断は、私の罪悪感以上にヨウコ氏への嫉妬心やライバル心から来るのかもしれませんが、私にとって理由など今更どうでもいいことです。ヨウコ氏には既に、自身を支えてくれる方がいるのです。ヒルダさんとのこれからの人生を私は陰ながら応援したいです。


そして同時に私はこれから、今までの怠慢を深く反省し、全く違う気持ちで妻と接することに決めました。一瞬会話を交わしただけの人にこれだけ愛された女性を、私は今まで何の有り難みもないまま、当たり前のようにそばに置いていたのです。そして気がつけば、妻と私の間には10年という長い年月が流れ、愛のあった二人の関係は多分、他の一般的な日本人夫婦と同じように、一緒に生活する同居人や子供たちの父母、というだけの関係になっていました。私の手料理や愛の告白で、少しだけ距離は縮まりましたが。


しかし、私の妻の夫は誰でもないこの私です。私は、他の女性を愛することはありませんし、もちろん妻を誰かに渡す気もさらさらありません。たとえヨウコ氏であってもです。

その代わり私は、これからもっと妻に向き合ってよりコミュニケーションを取り合い、素直に気持ちを伝え、ヨウコ氏の妻ではなく〝私の〟妻と一緒に、手を取り合ってこれからも歩んでいくという強い決意を改めて抱きました。


これがヨウコ氏に宣言する、私なりの妻への至上の愛です。


皆さま、大変短い間でしたが、この〝僕の日本人妻観察日記〟を最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。訳者として、心よりお礼を申し上げます。

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僕の日本人妻観察日記(和訳) 倉橋刀心 @Toushin-Kurahashi

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