第14話 僕は今、自分が怖くてたまらない。Jag är så rädd för mig själv nu.

スウェーデンの夏至は、朝の2時くらいにはもう空が明るくなり始め、夜は22時くらいにやっと夕焼けが見られる。スウェーデン人は夏の間中パーティをしたり太陽を楽しんだりするけど、その分冬の反動も凄い。


スウェーデンの冬は暗い。いや、皆わかってると思うけどあえて言いたい。スウェーデンの冬は、本当に暗い。


僕の妻・アキは、毎年11月位になると鬱々し始める。クリスマスイルミネーションが出始める11月末から年明けはロマンティックだし、寒さもそれなりに変えられるけど、暗さだけはダメらしい。この暗さにいつまで経っても慣れないアキは、見ていてとても辛そうだ。

夕方15時にはもう日が暮れてしまうから、気がつくとあっという間に1日が終わってしまって(それでもまだ15時なんだけど)、何もしていない自分にすごく焦るらしい。スウェーデンは夏でも冬でも、時計を見ずに感覚だけで時間をはかると危ないって僕がいつも言ってるのに。


でもさ。日本は家もお店も、どこもかしこもとにかく明るいんだ。もう季節とか昼夜関係なく!薬局に行くとサングラスが欲しくなるくらい。

そして日本の家で使うのは、丸くて白い蛍光灯。部屋の中がとにかく白くて眩しい。僕はこんなに明るく照らさなくてもいいのにと毎回思う。それに比べてスウェーデンの明かりは大体がオレンジ色の暖かい色合いの間接照明か、キャンドルを使う。食事の時に照明の代わりにキャンドルを灯すのは、アキもまあまあって言ってくれる。ロマンティックなムード作りなら、僕の専売特許だ。

一度、僕はアキになんで日本ではそんなに明るくしたがるのか聞いたことがある。アキはただ笑って〝日本が明るいんじゃなくて、スウェーデンが暗すぎるんだよ〟と反論した。はは、酷い言われようだね!


でも僕は少しその理由を知っている。ヒントは、瞳の虹彩。

瞳って、真ん中の黒い部分の瞳孔とその周りを囲む虹彩があるけど、その虹彩はメラニン色素の量によって色が違うよね。スウェーデン人は、蒼い虹彩の人が多い。ちなみに僕は明るいグレーがかったブルー。アキはまるで宇宙みたいですごく綺麗だって言ってくれる。


メラニン色素は、有害な紫外線などから守ってくれる大切な色素だけど、アキの虹彩はダークブラウンで、要するにメラニン色素が多いんだ。だから、アキの瞳はいつもサングラスをかけているみたいな感じかな。

それなら、納得するよね。僕の見てる明るさと、アキが見てる明るさは同じじゃないんだ。


それなら、アキが僕の感じてる以上にスウェーデンの冬を暗く感じるのもわかるし、ロマンティックなキャンドルを灯しても、〝素敵!〟じゃなくて〝まあまあ〟ってコメントになるのは理解できる。きっと日本の明るい家や店は、僕の感じるスウェーデンの家や店の明るさと同じかもしれない。そう考えると、スウェーデンが暗すぎるって言うアキが余計かわいそうになる。暗闇は、誰しも不安な気持ちになるから。


…ここまでは、ちょっと前に書き溜めていた内容。ここからは今、文章を書いている。


昨日、僕はアパートの近くの森で初めてアキを見失ってしまった。夕食のワインでほろ酔いの僕たちは、酔い覚ましに夜の散歩に出かけてすぐに帰ってくるつもりだった。降り積もった雪の上をサクサクと音を立てて歩きながら、僕は少し考え事に夢中になっていた。次のプロジェクトの進行、検死レポート(訳者注:意味不明の為原文ママ)のデータ採集、スケジュール調整…。


気がついた時は、もうアキの姿はどこにも見えなかった。さっきまで、本当にほんのさっきまで手を繋いでいたのに。まるで突然消えてしまったかのように。ストックホルムの治安はそんなに悪くないから、そういう意味での心配はいつもはしないのに、僕はこの時なぜかとても不安になった。どこかで迷子になった?こんな家の近くで?いつも来ている森なのに?


名前を呼んでも返事がない。人影はなく、雪が音を吸収しているのか何も聞こえない。足元に積もった雪には足跡さえもない。気温もグッと下がって、風はとても冷たくメーラレン湖(訳者注:ストックホルムにある瑞で3番目に大きな湖)から容赦なく吹き上げてくる。僕はパニックになった。遠くの街灯さえも枝に紛れて消えてしまうほど深い森の散歩道で、一切の音も途絶え闇の中に置き去りにされたような気持ちになった。


僕はしばらくして、ご婦人に連れられた犬の鳴き声で我に返った。どの位時間が経ったのかはわからない。気がついたら、僕は膝を地面の雪につけたまま耳を塞いで震えていたようだ。心配そうな顔のゴールデンレトリバーとご婦人に笑顔を見せて何とかその場を取り繕い、その後はひたすら走ってアパートに帰った。アキは一人で家に帰ったのかもしれない。いつの間にか落としたメガネもそのままに、僕はぼんやりとした白い闇の世界をかい潜って何とか文明にたどり着いた。


アキは部屋の中にいた。部屋の真ん中で、僕を真正面から見つめたまま泣いていた。

僕はあまりのことに動揺してしまって、思わずアキを大きな声で責めたててしまった。僕があんなに大きな声で怒ったのは、もしかして生まれて初めてだったかもしれない。それでもアキは何も言わず、立ったまま大粒の涙をこぼし続けていた。1月の夜の森は、アキには怖すぎたのかもしれない。ワインに酔った僕の認識が甘すぎたんだ。


僕は震えてるアキを強く抱きしめて、もう一人でどこにも行かないで、僕を一人にしないで、と何度も呟いた。でもコートも手袋も着たままだったからなのか、どう抱きしめてもアキの体温を感じることができなかった。


僕は昨日初めてあんなに大声を出して、そして初めてアキとの間に距離を感じた。わかってる。これは凄く危険な兆候だ。


僕は今、自分自身の気持ちの変化が何より怖くてたまらない。

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