第5話蜘蛛の糸
まさか不意を突かれるとは。
体に食い込む縄に吊るされ身動きを封じられている。
逃れる好機を得ようにも目の前で警戒に身を構える忍がいる。
幸い、糸は繋がっており縄さえどうにかなれば脱出は可能とみている。
「武雷が今何を企んでいるのか、吐け。武雷の忍ならば知っておろう?」
話すことなどない。
それに、正直なところ企みを全て持っているのは長のみ。
それを知っている忍さえ知らない。
才造も頼也も何処まで把握しているのかわからない。
主が何を企んでいるのかさえも知らされていない。
知っているとすればやはり長か才造、頼也の辺り。
外れを捕まえた、ということだ。
腕に深く斬り込まれ歯をくいしばる。
血が溢れ、伝い、落ちていく。
その微かな音と、痛み。
「吐け。」
背中にのし掛かる刃が確かな重みを伴って皮膚を抉る。
糸に血が伝えば気付かれる。
糸が斬られる前に、好機を得なければならない。
糸に何かが引っ掛かかるのがわかった。
それも、引っ張っては離し振動を何度も伝えるように。
手を握り締め糸を僅かに引っ張った。
そして手を緩める。
それを三度行い振動を返す。
長か、頼也か…それとも他の何者か。
糸を伝う振動が途絶える。
「武雷か、北重か。」
髪を掴まれ持ち上げられる。
その目を見つめ返し、そこに映った己がどう見えているのかを確認する。
振動が伝う。
それを掌に感じて、もう一度振動を返した。
その目に気付かれぬように、己を見ながら。
気配は突然に現れた。
目の前の忍が倒れそれを踏みつけていたのは知らぬ忍だ。
糸を辿って来るにしては意外に思えたがどうでもいい。
糸に気付けるのは長や頼也、才造…他に伝説の忍くらいかと思い込んでいたがそうではないことを覚えておこう。
「お前は武雷の忍か…?」
縄に手を添え苦無を構えている。
敵ではない、のか。
「北重の忍か。」
苦無が縄を切り片腕が解放される。
片腕さえ自由になればもうそれ以上の手助けは無用。
縄から脱し、真っ直ぐと顔を合わせた。
「…北重からくるとは意外だな。」
何か言いたげな顔をしていたがそれを聞き出す気も起きなかった。
倒れている忍の首を掴み、死んでいることを確認する。
ならば問題あるまい。
さっさと撤退し、報告するまで。
「糸に気付けたのも意外だ。」
「気付けない奴がいるのか。」
長のようなことを言う。
やはり、並外れる者にはこの程度に思えるのが当然なのだろう。
北重に到着し報告を済ませる。
明朗も少し前まで居たらしい。
「海斗。」
「不覚。申し訳ない。」
怒気はない。
だが、捕まって北重の忍に助けられるなぞあってはならないこと。
下げていた頭に長の足が乗ったのがわかる。
「怒鳴るよ。耐えな。」
その冷ややかな声に、その意味を理解した。
耳を刺す怒声が響くのを床に額をつけたまま聞いていた。
言葉を聞き取らないように、ただそのままを保った。
その声が止んで、足が頭から退いた。
顔を上げると周囲に目を向けながら溜め息をついているのが見えた。
「悪いね。ご苦労さん。」
演技とはわかってはいたが…。
長の怒声は精神までも刺す故、少々堪えた。
頭を踏む足に重みもなかったところから長の優しさはあったが。
「捕まってくれて良かったんだよ。寧ろ、手間が省けた。」
北重の忍に手を出させたのも策か。
火鳥を敵に回そうとしている、ということはわかった。
また何か大きな策を企んでいるには確かだ。
それも、主に黙って。
いつものことだが。
ただ不意を突かれたのはいけない。
たとえそれが長にとって都合の良いことでも。
才造の元へ戻って報告をせねば。
影忍処 影宮 @yagami_kagemiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。影忍処の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます