第4話狼の風穴

 風穴もやはり大した傷ではなかったが、夜影に治療は戦の後にと要求があったせいもありそのままにしていた。

 ただそうするには少し手間が要った。

 頼也が腕を切り血を流し、その血を夜影が掌に結晶化させワシの風穴をそれで塞ぐ。

 傷みはあったがそれよりも頼也の血の塊を戦の間此処に入れておくという方が気にくわなかった。

 夜影の妖術でそれを保つ。

 否と言うほど愚かではないが夜影の策を察せらるほど賢くもなれない。

 ただ違和感が腹から徐々に広がっていくのを感じ擦ってみたが痛みが消えゆく他に何のこともなかった。

 近々戦があるのだろうことはわかる。

 ただそれが夜影が引き寄せたものなのか、飛び込んできてしまったものなのかはわからない。

「頼也、お前の血が鬱陶しい。」

「寝惚けて風穴あけた口が言うか。」

 地を這う声で唸り睨み付ければ頼也も唸り睨み返してきた。

 立ち上がったところで地面が揺れ始め身を降ろした。

 地震か。

 棚から落ちてきた物を受け止め収まるのを待つ。

 おかげで意識は喧嘩まで発展しなかった。

 棚に戻した頃には頼也は主の方へ失せている。

 最近、地震が多いな…。

 あまり大きくはなかったからいいが何処かで火事でも起きたらと思うと夜影が心配になる。

 過去に城で大火事が起きたことがあった。

 その時の夜影の様子を思い返せば異様と思えるほど取り乱していた。

 夜影が火に冷静を失うことを敵が知っているわけではないが戦で火計の策をとられたらと想像してしまう。

 冷静さは失っても部下への命令を間違うほどではないこともわかってはいるが。

「才造、険しい顔で何を考えている。」

「主は?」

「いつも通り、騒いでいただけだ。」

「それならいい。」

 地震から少し思考が行きすぎた。

 もし火計の気配があればさっさと潰すに限る。

 戦の間に地震があったとしても大したことではない。

「影が居ないからか。」

「いつワシが夜影のことを考えていると言った?」

「言わずともわかる。」

 それだけ言って失せた。

 白い髪が見えなくなるのを眺め、溜め息をつく。

 腹の違和感にも慣れてきた。

 伸びをして気配が近付いてくるのを感じとり天井を睨み付ける。

 阿呆が。

 天井を貫く勢いで苦無を飛ばす。

 降り立った阿呆の顔面を掴み壁に叩き付けた。

 それから拳を腹に一撃、背後に降り立った気配を感じ回し蹴りをいれておく。

 その音に気付いたか伊鶴が駆け付け横からそいつを殴り飛ばした。

 それは伊鶴に任せ苦無を構えた阿呆に肘をぶつけ胸ぐらを掴んで床に倒した。

 その顔を両手で掴み捻れば音がして阿呆は力を失った手から苦無を落とした。

 伊鶴の方を振り返れば既に意識のないそいつの顎を片手で掴んで持ち上げている。

 あの様子だと先程の一撃で意識を手放していたのかもしれない。

 勢いよく床に叩き付けるのを眺めた後に死体を確認する。

「草然の阿呆ではなさそうだな。」

 腕を持ち上げて匂いを嗅いだが草然に生えていた植物の匂いは一切なかった。

 寧ろこれは…。

「殺しても構わない相手だろう?」

「北重でも炎上でも草然でもないからな。この匂い、何処かで嗅いだんだが思い出せん。」

 はっきりしない気持ち悪さに、匂いの他に宛がないかと探ってみる。

 これと言える物も所持していないらしく、死体を捨ててしまおうかと担いだところで明朗が戻ってきた。

「報告すべきことはなかった…ぜ?」

 明朗の腕を掴み匂いを嗅ぎこの死体と同じ匂いだと気付いた。

 明朗の任務は三水の様子見だったはず。

「道草食ったのか。」

「え、あ、はい。三水からの帰りのついでに火鳥に。」

 そう聞いてやっとわかった。

 確かにこれは火鳥にある草の匂い。

 夜影に知らせなければならない。

 敵が動き出している。

 戦が思ったよりも早く始まりそうだ。

 夜影ならばわかっていそうだが、一応。

「明朗、今すぐ夜影に知らせろ。火鳥の阿呆だと。」

「…休む暇もねぇのな。」

 愚痴を言いながらも直ぐ様走っていった。

 北重も動かなければならなくなるだろう。

 武雷を小突いて何のつもりか。

 こうなると草然までも危うくなりそうだ。

 三水の様子が変わりないとはいえ、そちらも動かないとは思えない。

 三水と草然が同盟関係にある。

 火鳥に回していたはずの目、海斗からの知らせがない……。

 明朗が道草喰いに向かった時に海斗と合流はしなかったのか。

「伊鶴…海斗がまだ無事に思えるか?」

「わからない。だが、嫌な予感はする。」

 明朗が行ったといってもきっと一瞥くらいでそこまで踏み込んでいないのだろう。

 でなければあんな呑気には帰ってこまい。

 海斗が下手をしたか、それとも…?

「行くか?」

「いや…海斗を餌にされても面倒だ。杞憂だと思って放置だ。」

 それに、今此処にいる十勇士の数をこれ以上減らしたくはない。

 夜影の命令通り、誰が減ろうと基本は保つ。

 それだけだ。

 風穴一つ、大したことではない。

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