未知との出会い

 雲一つない青空、我が子を見守る母親のように暖かい日差しを振りまく二つの太陽、どこまでも続く真っ直ぐな道、喉かで心癒す日常。今日はまさにドライブ日和だった。こんな日が毎日続くなら僕はどこまでも行けそうな気がしたし、出来ることなら空を飛び、街を抜けこの世界の住人に幸せを分け与えたかった。


 だけど、もちろんそんなわけにはいかない。僕は空を飛べないし、いまだにアドミラルの言葉を理解できない。多少、単語を聞き取れるようになったくらいだ――僕が一人で買い物を成功させるくらいの精度だけど。


 仮に僕がアドミラルの言葉を話せたとしても、今日のドライブは夜の気配を感じる前に終わっていたと思う。川合と松田が騒ぎ出したからだ。


「最近、ホテルに泊まってないよな」


 独り言のように川合は言ったけど、明らかに皆に語り掛けるような言い方だった。僕はこの清々しい一日を楽しみたかったから、無視した。アドミも珍しく空気を読んだのか黙っていた。だから、車内には沈黙が漂うはずだった。松田が同意しなければ。


「確かに。テントばっかりだな」


 残念なことに僕の願いは叶わず、松田が「らしさ」を発揮した。


 まったく予想を裏切らない奴だよ。松田らしい行動だから仕方ないんだけど。まあ、僕もなにも言わなかったから仕方がない。


 それに松田の言うとおりだ。最近は運悪く陽が落ちてから町を見つけることが出来ずに、テント生活続きだ。


 悲しいかな、僕らがアドミラルに来た当初はテントを嫌っていたけど、気づけば慣れていた。いや、慣れたというより、キャンプの魅力に気づいてしまったと言った方がいいかもしれない。


 自分たちで料理を作り、達成感と満腹感で「アドミラルに祝福を」と願い、テントを建てることでさえゲームのように楽しんだ。終いには、四人で焚火を囲ってそれぞれの甘くほろ苦い青春時代を語らったりもした――一切の躊躇もなく。


 あんなにキャンプが嫌いだったのに、どうしてもホテルじゃなきゃ嫌だと思っていたのに、嘘みたいだ。なんだったら、キャンプの時間が来るのを心待ちにしているまである。


 でも、だからって、狭苦しいテント生活が何物にも代えがたいなんて言えやしない。どうやったってプライベートな時間は持てないからね。それぞれの醜い欲望を開放出来ないというのも余計につらい。


 だから、川合が唐突にホテルのことを言い出したのもわかるし、松田がそれに乗ったのもわかる。でも、この状況で言うだろうか。まだ二つの太陽は沈む気配はないし、なんて言ったって、今日のような素晴らしい日にホテルに引きこもるなんて言語道断だ。


 天使の微笑みのように爽やかで神聖な日差しを浴び、想像もつかない未知との遭遇に興奮と恐怖に包まれ、果てしなく続く道を陽の沈むまで遮二無二なって突き進むのが道理ってもんだ。


 それが旅の醍醐味で、旅人がなすべきことなんだ。それなのにあの二人ときたら、二言目には自分の欲望についてしか口にしない。息をのむほど輝かしい自然になんて興味がないんだ。


「今日はホテルにするかい?」


 普段は気が回らないくせに川合か松田が絡むと、アドミは敏感になる。どれだけお気に入りなんだと思わなくもないけど、まあ簡単なところ、それだけ二人は自分の欲望をなんの躊躇もなくずけずけと口にするってことなんだ。僕はなんでもかんでも口に出すわけじゃいから、そんな風に思うだけだなんだと思う。別に僕が嫌われてたり、仲が良くないってわけじゃないからね?


「ホテルがいい!」


 川合と松田が声を揃えて叫んだ。僕はこうなることを苦も無く予想していた。だから別段驚くこともなく、「たまにはホテルもいいかな」と気分を切り替えていた。そして、日が沈みホテルに入るまでの素敵な時間をドライブに捧げようと心に決めた。


 だけど、そんなささやかな僕の願いはアドミのせいで台無しになった。


「少し走ったところにホテルがあるから、少し早いけどそこに入ろう」


やっぱりこれなんだ。僕の旅の仲間は自然の情緒を楽しもうとしない。澄み渡る青空に在りし日の青春を感じ、燦々と降り注ぐ日光に家族の温かみを感じない。彼らにとって青空はいつもの代り映えしない壁紙で、太陽は使い勝手の悪い照明に過ぎないんだ。


 だからって、彼らを改宗するつもりなんてないけどね。せっかく僕が見つけた宝をみんなに渡すつもりはないからだ。


 あまりにも身勝手な物言いに思うかもしれないけど、要は、自分で見つけてほしいんだ、アドミラルがくれる素晴らしい贈り物を。自分で見つけないと意味はないんだ。人から与えられたものなんて、埃かぶって忘れ去られてしまうからね。


 だから、僕は異を唱えることはしなかった。ホテルに泊まるってことに魅力がないなんてもちろん言えないしね。


「じゃあ、ホテル行くか」


 僕がそう言うと、車内は歓喜に包まれた。




 そんなことがあってから三十分も経たずに、僕たちの求めたホテルは突如、姿を現した。アドミに言われなければ、納屋かなにかだと思って気にも留めなかったかもしれない。それぐらいありふれていて、みすぼらしい外観だった。とても僕ら四人分の部屋があるとは思えない。良くて二部屋あるかどうかくらいだ。最悪、テントのほうがいいまである。


「こんなところにみんな泊まれるの? テントのほうがいいんじゃない?」


 僕が不安を口にすると、川合も松田も似たようなことを口々に言った。


「こんなんホテルとは認めたくないね」


「ほかにないの?」


 そんな僕らの姿を見てもアドミ動じない。毅然とした、これこそ見知らぬ土地を勇んで紹介するガイといった風格を纏っていた。


「なんの心配も要らないよ。私に任せておいて」


 アドミのその言葉を僕らはあっさりと信じた。何度もアドミの言葉足らずでひどい目に遭ってきたのにね。本当に学習しないやつらだと思うかもしれないけど、僕ら四人は漏れなくポンコツだから仕方ないんだ。だから我が子を見守るように暖かい目で見てほしいね。じゃないと疲れちゃうから。




 ホテルの小さな入り口をくぐると中は思いのほか広く、清潔感あふれる質素な造りだった。しかも僕らが懸念していたほど、狭くはなく、しっかりと僕ら個人の部屋があった。というか部屋は四つしかないみたいだった。入り口以外にドアは四つしかないんだ。それと不思議なことに、従業員の姿は見えなかった。じゃあ、アドミはどこで誰を相手に宿泊の手続きを済ませてきたのか疑問だったけど、久々のプライベートな時間が待ち受けているせいで、たいして気にならなかった。というか、その場ではなにも疑問に思わなかった。それだけ、一人の時間に飢えてたんだろうね。


 僕らは食事も取らず、明日の予定も決めずに自分の部屋に引き上げた。それぞれやりたいことがあるからね。ちなみに僕は、部屋の真ん中に鎮座していた牛の舌みたいな見た目の巨大なベッドに飛び込んだ。僕はもともとベッドで寝る習慣がなかったから、こうやって布団以外の就寝具があると興奮してしまうんだ――決して変な意味ではないよ。


 ベッドに飛び込んだ僕はあまりの心地好さに虜になった。見た目はさっきも言った通り牛の舌の様で一度横になれば生臭い匂いで包まれ、粘り気のある粘液に包まれそうだ――そう思いながらも僕は飛び込んだわけだけど。睡眠の一番の友とは言えそうにないんだ。でも、そんな予想とは裏腹に、このベッドの寝心地は抜群だった。まるで穏やかな海の上を巨大なクラゲに乗って漂っているようなんだ。それは開放的で、だけどどこか安心する閉塞感を与えてくれる甘美な体験だ。


 僕はこの世の全てのベッドや椅子がこの不可思議で魅力的な素材を使っていたらと願わずにはいられなかった。それが実現すれば、誰もが些細なことで腹を立てず、お互いがお互いを慮る優しさに溢れた平和な世界になるからだ。そうなると、誰もが日がな一日ベッドに寝転がるか、椅子にもたれて怠惰を貪り、自分の使命や義務を忘れてしまう。そして、なにもしなくなって、その世界は終焉を迎える……。


 話が脱線してしまったからもとに戻すけど、僕が言いたいのはこのベッドは人を自堕落にさせる最高のベッドだってことだ。


 そんなベッドの魅力に抗えるはずもなく、僕の意識は夕日が沈み夜の帳が下りるように自然と消えていった。




 どれだけ寝たのかわからないけど、僕は空腹のせいで起きた。


 この空腹ってやつは、どれだけ完璧な睡眠をとっていても、煩わしくも僕を邪魔する。睡眠が僕の疲労を軽減させる最善の方法だったとしてもだ。僕の腹の中でどんちゃん騒ぎを始め、食事のことしか考えられなくなる。そして、食事にありつけるまで僕の機嫌を悪くするか、この世の終わりが訪れたような感覚にさせるんだ。しっかり腹を満たせばそんなものは存在しなかったかのように消えてなくなるんだけどね。


 でも、そんな解決方法はアドミラルに来るまでの話だ。アドミラルに来てからは、「小腹が空いたからコンビニに行こう」なんて出来ない。そりゃあ、そうだよね。アドミラルにはコンビニなんてないんだから。それに、町に行かない限り、店なんてない。あっても、言葉が通じないし、陽が落ちれば閉まってしまうから、本当に必要な時に役に立たない。


 じゃあ、どうしてるのかって言うと、車に積んである食べ物をつまみ食いするか、アドミに頼んで買い物に付き合ってもらうんだ。基本的にはつまみ食いで終わらせるけど、今日みたいにホテルに泊まっている時はなかなかそうもいかない。車にいたずらされないように魔法をかけたりしているからね。結局、アドミを起こさなきゃいけない。だから、車に行くか町に行くかは置いておいて、まずアドミのところへ僕は行くことにした。


 だから当然の如く、僕はこの部屋に入ってきた時にくぐったドアを開けて、ロビーに出た……はずなんだけどなぜか目の前には僕が今いる部屋と同じ部屋が広がっている。しかも、そこには先客がいた。


 もみの木の葉っぱの部分を幼児のふっくらとした小さな手に置き換えたような、はっきり言ってグロテスクなやつだ。大きさは僕の半分ぐらいしかなくて、目や鼻、口なんて言うものは見当たらない、小さな手しか確認できない――手なのかもわからないけど。


 それを見て、あまりの衝撃に僕は蛇に睨まれた蛙みたいに動けなかった。向こうも同じようで、微動だにしない。


 数分間お互いに気まずい雰囲気を味わって、部屋の主は我に返ったように全身を波打たせた。まるで僕になにか伝えようとしているようだ。僕はどうにかして意味を汲み取ろうとした。なにか重要なことを伝えようとしているんじゃないかと思ったから。


 冷静に考えれば「さっさと出ていけ」とかそんな類のことを言っていたのは明白だけど、僕は混乱していたからしょうがない。言葉もできないのに、いきなり話し掛けられたら誰だってそうなるだろ?


 そんなこんなで小さな手が奇妙に蠢くのを眺めてから、その蠢きに意味を見いだすのをやめてドアを閉めた。


 完全に一人の空間になって、アドミラルが与えてくれる新鮮な衝撃に改めて感心した。


 この世界はまだまだ僕たちの知らないことで溢れているんだ。この世界の住人が最たる例かもしれない。毛むくじゃらだったり、小さな悪魔みたいだったり、白い毛玉だったり、地球では想像のつかない種族ばかりだ。まったく僕たちを飽きさせる気配がない。出来ることならこの世界の種族を全て見たいところだけど、それは難しいだろうし、なにより僕は小腹を満たしたいんだ。そのためにこの部屋から出て、アドミのところへ行かないと。


 僕は改めてドアを開けた。


 またしても、僕の目の前にはロビーじゃなくて、部屋があった。もちろん、先客つきの特別待遇。しかもさっきとは違う部屋らしく、ささなみを立てて僕になにかを伝えようとしたやつじゃない。


 触覚をなくしたでかいナメクジみたいなのが二つの小さな目で僕を見ている。僕はまたしても予想外の出来事に身体が動かなかった――自分の二倍近くあるナメクジを見たら誰でもそうなるはずだ。だけど、今回は相手がなにかする前にすぐにドアを閉めた。でかいナメクジから異臭が漂ってきたからだ。それも、ただの異臭じゃない。生ごみと生乾きの薄汚れた雑巾を一緒にして一週間放置したような臭いなんだ。息をするだけで涙があふれてくるし、吐き気を催すほど強烈だ。だから、僕はすぐさまドアを閉めた。恥ずかしながら、他人のプライバシーを覗き見たという罪悪感からドアを閉めたわけじゃない。


 今になって自分の恥知らずな行動に身悶えするけど、あの時はしょうがなかったんだ。なんだか楽しくなってきちゃったんだよ、ドアを開ければ見知らぬ種族に会えるっていう状況にね。気分は完全に動物園にでも来ているかのようで、僕は空腹なのも忘れて、またドアを開けた。


 次に現れたのはでかい目玉まるまる一個だ。それ以上でも以下でもない代物が、僕が気に入ったベッドの上にいた。その目玉は、僕の方を底の見えない井戸のように大きな瞳で凝視した。僕はそのあまりにも深すぎる黒と、巨大な目玉に恐怖を覚えた。いつだったかに僕を食べようとした怪物が脳裏に浮かんだからだ。


 僕は早々に目玉とはお別れして、次の出会いに期待した。


 今度はキリンに羽毛を植え付けて、腕を喉元に二本くっつけたような種族だった。そのキリンもどきは僕に気づいていないのか、はたきみたいな尻尾を愉快に揺らしながら、狭い部屋を歩き回っていた。なんだか平凡すぎて、僕の趣味じゃなかった。


 お次はかなり衝撃的だった。僕と同じくらいの蜘蛛に牛の頭を置いたような生物だったからだ。それは、僕がドアを開けるなり、体の色を黄色からピンク色に変え、崩れ落ちたかと思うと、小さく分裂して床を覆いつくさんばかりの大群になって迫ってきた。なんの言葉も発していなかったけど、僕が思うに怒っているようだったのでさっさと退散した。


 想像もつかなかった未知との遭遇に僕の好奇心は高まり続けていった。だってそうだろ? 目の前のドアを開ければ、見知らぬ種族が待ち受けているんだから。


 僕はまたドアを開けた。今度もまた僕の部屋と同じものが広がっていた。でも、誰もいない。僕を虜にするベッドがあるだけ。


 ただの空き部屋なのかと思って拍子抜けしていると、そうじゃないみたいだった。金切り声が響き渡ったからだ。それもただの金切り声じゃない。あの世まで響き渡り、死者をも呼び起こしそうな金切り声だ。僕は咄嗟に耳を覆ったけど、なんの効果もない。


 頭がかち割れそうだった。ドアを閉めようにも、金切り声に押さえつけられたように動けない。頭の中にも金切り声が侵入し、考えることもできない。


 頭の中に金切り声が響き続け、響き続け、響き続け、唐突にそれは終わった。まるで、何事もなかったように。頭の中で残響がこだましているのが、さっきまでの出来事が現実に起こったことなんだと信じさせる唯一の材料だった。それがなかったら、僕は夢でも見ていたんじゃないかと思っていたと思う。


 僕は頭の中の残響を振り払うために、しばらく突っ立ったままだった。


 静寂が心地よかった。そして、静寂にも音があるのを知った。それは耳を優しく撫でまわし、心の奥までしみ込んでくる複雑だけど単調な音だ。それを知ったおかげで、音というのは全て静寂のもとに成り立ち、静寂がなければどれだけ素敵な音だろうと無意味であることが僕にはわかった。わかったところで、それを生かす方法を知らないから、あまり意味はないんだけど。


 誰にも邪魔されずに、一人、静寂に身をゆだねていると、小さな音が二度響き渡った。僕が未知の種族と対面したあのドアをノックする音だ。それだけなのに、僕は感動の涙をこぼしそうになった。静寂の中に響き渡ったノックの音は迷える人々を導く一筋の光のように、明確で希望に満ち溢れていたからだ。


 だからと言って、ドアの先に僕らを導く希望の光が待っているわけじゃない。確かに導く役目をおっているのだけど、僕達をあらぬ方向へ導きかねない存在がそこにいたんだ。そう、我らがガイドのアドミだ。


 不機嫌さを一切隠さずに、アドミが僕の部屋に入ってきた。


「一ノ瀬、君は一体なにをやっているんだい? ここはホテルなんだよ? いつもの原っぱじゃないんだ。ほかの宿泊客のことも考えてくれるかな? 怒られるのは私なんだよ!」


 ここまで声を荒げるアドミを見るのは初めてかもしれない。そのことで、僕の頭の中はいっぱいになって、僕はしばらく黙ったままだった。だけど、不機嫌なアドミの顔を見ているうちに、言われたことがゆっくりと理解できてきて、僕は仕方なしに言い訳を始めた。


 お腹が空いたからアドミの所へ行こうとしたこと、ドアを開けたら違う部屋につながっていたこと、何度かドアを開けて、金切り声が聞こえる部屋に行き会ったこと、僕は事細かに説明して僕の無実を訴えた。


 アドミは黙って最後まで聞いていてくれた。一瞬、「しまった!」という表情をしたけど、僕は触れなかった。


「理由はよくわかったけど、他の部屋につながっているとわかった時点で、君はドアを開けるのをやめるべきだったよ。私が説明していなかったのも悪かったけど」


 さっきまでの不機嫌さは鳴りを潜め、きまり悪そうにアドミは言った。今日もアドミの言葉足らずのせいらしい。まあ、僕のせいもあるから、責められないけど。


「それは申し訳ないけど、じゃあ、どうすればいいの? てか、ここはどうなってるの?」


「ここはね、見た目はかなり小さいけど、魔法を使って異空間に部屋をたくさん作っているんだ。そして、その異空間へつながるのがこのドアで、正しい手順でドアを開けないと違う部屋につながってしまうんだ」


 はた迷惑な魔法だ。わざわざ違う部屋につながる仕様にするなんて。


 僕がそのことをアドミに言うと、アドミは困った顔で首を振った。


「たぶん出来心とかそんな感じだよ。こういう大規模な魔法を使う連中は変わったことをするんだよ」


 この世界には面倒なやつしかいないらしい。


「どうすれば外に出れるの?」


「それはこうやって、ドアを二回ノックすればいいんだよ」


 アドミはそう言って、二回ノックしてドアを開いた。


 耳をつんざく金切り声が響き渡り、勝手にドアが閉まった。


「あれ? おかしいな」


 アドミはもう一度、二回ノックしてドアを開いた。


 またしても耳を聾する金切り声が響き渡った。さっきよりも数段、大きくなっている気がする。


 ひとりでに閉じたドアを見つめ、アドミが首をひねった。


「おかしいな。なにがいけないんだろう。ちょっと、一ノ瀬がやってみて」


 僕は言われるままに、アドミの真似をしてみた。


 今回もやっぱり、いつもの光景が広がっていた。だけど、耳をつんざく悲鳴は聞こえなかった。その代わり、裸でなにかをしようとしている川合に出くわしたけど。


 お互いに言葉もなしに見つめることしか出来なかった。どちらにとっても予想外の出来事だったからね。三人の間にしばし気まずい沈黙が流れ、状況を理解した川合が鈍い悲鳴を上げた。僕とアドミはなにも言わずにドアを閉めた。


「どうも調子が悪いみたいだね。私がなんとかしておくから、今日はもう寝てくれるかい?」


 アドミは川合の件について触れるつもりはないらしく――当然、僕もそのつもりだ――呪文を唱えて自分のベッドを召喚して、いつもみたいに眠りの世界へ消えていった。


 僕も気づけば食欲がなくなっていたからベッドに入ってさっさと寝ることにした。




 次の日、僕が起きるともうドアは直っていた。二度ノックすればしっかりとロビーに通じている――ノックしないという選択肢は浮かばなかった。


 それから僕らは朝食をとり、いつも通り車を走らせたけど、川合は珍しく一日中、黙ったままだった。


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