くだらない話と自己犠牲

「いつだったか、僕が友達とファミレスでご飯食べてた時なんだけど」


「お、おう。どうした急に?」


 僕がなんの脈絡もなく話し出したせいで、川合は面食らってろくな返事も出来ない。いくら暇だからって無防備すぎる。長い付き合いなんだから、もうそろそろ僕の扱いに慣れてほしいもんだ。


「ちょうど昼時ですごい混んでたのね。料理が運ばれてくるのに三十分くらいかかるくらいに」


「そりゃあ、そうとうだな」


 松田があっさりと話に入ってきた。さすがの適応力だ。川合にも見習ってほしい。こんなことは腹が減るくらいに普通のことなんだから。


「僕たちも三十分くらい待って、やっと料理がきて、素敵な昼食を楽しんだのよ。それで、ゆっくりとコーヒーとか飲みながらおしゃべりしてたの」


「うん」


 やっとこさ話の流れに川合が追いついてきた。普通の人なら及第点だけど、このメンバーじゃ赤点だ。


「で、店内も混みあってるし、もうそろそろ店を出ようかって話をしてたのね? そしたらさ、なにかが盛大に割れた音が聞こえたの。僕たちはなんだろうねなんて話したりはしたんだけど、見える範囲にはなにもなかったから、お会計しようとレジに行ったのよ。で、伝票渡したり、お金出したりしてたら、客席と厨房の間のところで店員さんがあたふたしてて、なんだろうと思ったらコップとガラスの破片が散乱してたの。それで、さっきの音はコップが割れた音なんだなーって思って、言っちゃったよね」


 オチのために一瞬間をおくと、松田が僕の意図を汲み取って聞いてくれた。


「なんて言ったの?」


 僕は松田のナイスなパスに感謝しつつ、最高のシュートを決めてやった。


「コップがコップ微塵だ、って」


「よくもまあ、そんなくだらない話を思いつくね」


 川合のゴールには掠りもしなかったみたいだ。まったく、随分お高くとまってらっしゃる。僕の小粋なジョークじゃ満足いただけないらしい。


「もし割れてたのが皿だったら?」


 松田も満足していないのか、それともいつもの天然が出ているのかわからないけど、僕を攻め立てる。なんで少し面白い話をしてやろうとしたら、こんなことになるんだ。面白かったね、でいいじゃないか。それなのに、こうやって僕を苦しめやがって。


 川合は僕を試すように、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。あんな態度をされたら、意地でもうまいこと言ってやるしかない。


「えっと……、サラダバー……?」


 僕はなんとかしてひねり出した。


 僕の苦し紛れの一言に二人は顔を見合わせる。これでもだめだったみたいだ。悪くないと思ったんだけどな。


 僕は仕方ないから黙ることにした。これ以上なにか言っても醜態をさらすだけだからね。僕はいつも通り運転するだけの機械に戻ることにした。しばらく無心で運転していたら川合が僕の方に手を置いた。


「悔しいけど、一之瀬の勝ちだ」


「負けを認めるなら早く言えよ!」


 まったく、素直じゃまないやつだ。


「思いのほかうまいこと言ったからさ……。悔しくなった……」


 そんな川合の可愛らしい告白になんだか心温まっていると、松田が後部座席から乗り出して指差す。


「なんか見えない?」


 僕と川合は前方に意識を集中した。


「ホントだ、なにかいる」


 まだたいして近くはないけれど、なにかがいるのが見て取れた。岩かなにかだと思っていたけれど、なにやら蠢いている。


「あれ魔物じゃない?」


 川合が不安そうに言う。


「ついに俺たちがレベルアップするときが来たようだな」


 松田は川合の不安もよそに、やる気に満ち溢れている。こういう時には本当に頼りになる。松田がいなかったら、尻尾を巻いて逃げていたかもしれない。


「武器になりそうなものある?」


 松田から伝染した勇気も手伝って、川合の不安も消え去ったみたいだ。


「食い物と酒しかない」


 荷物を管理する松田は確認もせずに、あっさりと言った。


「戦う気ゼロじゃん」


 娯楽のためだけにお金を使っていたことをすっかり忘れていた。


「いや、俺たちには立派な身体がある! アドミも言ってたろ!」


 よく言った川合! なんだかんだ言いつつ、川合も頼りになる男なんだ。


「確かに。俺は少し小さいけど……」


 なぜか松だが自虐に走り始めた。さっきまではあんなに頼もしかったのに、見る影もない。萎びた茄子みたいだ。


「戦う前からテンション下げるな! まあいい。一発車で体当たりしてからボコそう。それだったらなんとかなるだろ」


「松田やったな。一ノ瀬がやってくれるって。やばくなったらそのまま囮になってね。車で逃げるから」


「手伝えや!」


 いつもの悪乗りが始まった。こんな切迫した状況でも悪ふざけできることに驚きだ。でも、こんな状況だからこそなのかもしれない。緊張していたってどうしようもない。僕らは出来ることをやるしかないんだ。


 僕はアクセルを一気に踏み込んで。魔物を目指す。魔物も僕らに気づいたのか、こちらに向かって来ている。たいして大きくはなさそうだけど、たぶん重量級だ。一歩一歩近づくたびに、不穏な振動が車に伝わる。カキフライを寄せ集めたような姿をしているのに、サクサクと倒せそうはにはないようだ。


 魔物はもう目の前まで来ていた。衣に見えていた部分はまきびしみたいに尖っている。でももう後には引けない。


「よし行くぞ!」


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 車で体当たりするだけだけど、騎馬で突撃するかのように僕らは雄たけびを上げた。緊張の一瞬だ。たぶん、数秒後にはとてつもない衝撃で車が止まり、僕たちは異世界での本当の戦いをすることになる。もしかしたら、誰かが傷つくかもしれないし、命を落とすかもしれない。でも、僕らはそんなことは思いもせず――頭の片隅にはあったかもしれない――しゃにむに突っ込んだ……はずだった。


「え?」


 僕らが受けるはずだった衝撃は一ミリもない。車はいつも通り軽快に走っている。


「消えたけど」


 松田が幻でも見たように目を擦っている。


「倒せたの?」


 川合は気の抜けた炭酸みたいになっている。


 僕らは三人して呆然としていた。


「私が倒しておいたよ」


 いつの間にかに起きていたアドミがあっさりと言い放った。


「なにしてんの! レベルアップは?」


 三人でなんの示しもなく同時に言った。こんなに息が合ったのは初めてかもしれない。


「あっ……。車が壊れちゃうかもしれないから、魔法で倒したよ」


 粗末な言い訳である。何度も言うようだけど、これが僕らのガイドなんだ。


「いま『あっ』って言ったろ!」


 松田が叫ぶようにアドミを追求する。こういう時の松田はなぜか熱血系だ。僕らの出る幕はほとんどない。


「ごめん。いつもの癖で」


 ただでさえ小さいアドミがいつも以上に小さくなっている。申し訳ないという気持ちはよく伝わるけれど、見慣れた光景という印象の方が強くなってきた。


「どうすんだよ。これで当分敵出てこないよ、絶対」


 松田の怒涛の追及は続くけど、珍しく川合が話の流れを断ち切る。


「アドミ攻撃魔法使えるの?」


「確かに」


 僕も気になった。ガイドのアドミが攻撃魔法を使えるなんて考えもしなかった。


「使えるよ。僕はここの住人だからね」


 いつもの説明不足である。このガイドは後どれだけ僕らに教えていないことがあるんだろう。僕らがなにも聞かないせいもあるかもしれないけど、もう少しなんとかして欲しい。


「なんか見せてよ」


 松田の興味は完全にアドミの魔法に移っていた。ケーキを前にした子供のように目を輝かせている。


「いやだよ。さっき見ただろ?」


 さっきまでのしおれた姿は跡形もなく、いつものアドミに戻っていた。


「魔物に夢中でそれどころじゃなかったよ」


「ダメ。疲れるんだよ」


 川合の言葉になんてアドミはもちろん耳も貸さない。


「一回でいいからさ。あそこの岩とかにさ」


「疲れたから眠くなってきたよ」


 僕が食い下がってみても、なんの効果もない。松田も痺れを切らした。


「おい、白々しいぞ」


「少し眠るから、静かにしてて」


 アドミは面倒くさそうに手をひらひらと振る。なんだかアドミも僕らみたいになってきている気がする。 


「成長期かよ! 寝すぎなんだよ」


「ハイハイ、そうだね」


 僕らがなにを言っても取り合う気はないらしい。完全に寝る気だ。いつもの場所で丸くなっている。


 僕らがなにか言う前に、いつもの聞きなれた寝息が聞こえてきた。


「寝るのはやっ」


 僕が半ば叫んでも、ピクリともしない。また魔物が襲ってきたりしない限り起きないだろう。


「てかさ、俺たちこんなでいいのかな?」


 言葉だけ見たらいつもの感じだけど、いつになく真剣な口調で川合がつぶやいた。


「どゆこと?」


 松田のお眼鏡にかなったようで、松田が後部座席から乗り出し先を促す。


「いやさ、修行もしないでただ車に乗るだけでさ、魔物出てきたと思ったら、アドミが倒しちゃうじゃん?」


「うん。あんな感じで出てきたの初めてだけど」


 至極もっともな意見だ。僕らはただ異世界を旅しているだけだ。今さらだけど。


「ヤバくね? なんにも得てないよ。魔王倒せないよ。なんだったら、そのうちめっちゃ強い魔物出てきてやられるよ」


「確かに」


 松田も事態の深刻さに気づいたのか、川合に同意した。今さら気づくのは遅いかもしれないけど、しょうがないんだ。僕らはそう言う人間の集まりだし、一日一日を生きていくのに必死だったからね。


「なんか身に付ける努力した方がよくね?」


「川合、いい心がけだ。戦闘要員に自分からなるなんて」


 川合の自己犠牲の精神には頭が下がる。なんて男らしいんだろう。男の中の男だ。


「骨は埋めてあげるよ」


 松田も神妙な面持ちで川合を見て頷く。戦いには犠牲がつきものなんだ。それを僕も松田も理解している。誰だって痛いのは嫌だからね。


「なんで俺だけなの? みんなで頑張ろうよ」


「川合ってそういうところあるよね。真面目だな~」


 珍しく川合がいじられる側になっているから、悪乗りがとまらない。まあ、たまにはいいよね。僕はいつもやられてばっかりだし。


「だから社畜だったんだよ」


 松田がボソっと呟いた。痛いところを突くやつだ。


「それ関係ないから!」


 真っ赤な顔をして否定しているのを見るのは愉快だけど、さすがに可哀相になってきた。


「じゃあ、なにすればいいんだよ。そこらのヤバそうなところに入ってく? 洞窟とか森とか」


 僕は少しだけ助け舟をだしてやった。真面目に考えないといけないのは確かだからね。


「それはヤバくない? なんの装備もないし」


 さっきまでの男らしさは粉塵に帰し、僕の言葉に川合はしり込みし始めた。僕はなんだか楽しくなって畳み掛けた。


「じゃあ、装備買うか? ホテル暮らしはなしになるだろうけど」


「それはダメ。ホテルぐらいしか楽しみないから」


 川合は即答した。僕でも松田でも即答するけどね。


「じゃあ、しょうがないよね、川合君?」


 川合の負けは見えていた。なんだか話がずれているけど。


「なんか言うことあるんじゃない? 川合君」


「ごめんなさい」


 松田のせいで半ば強制的に川合は謝った。おかしな流れだけど、僕も松田も謎の達成感でいっぱいだった。


「わかればいいんだ」


 松田が優しく川合の肩に手を置く。子供を諭す教師みたいだ。


「なんか納得いかねえよ」


 納得できるわけがないだろう。川合はなにも悪くないんだから。でも、そんなことは言わない。丸め込まれた方が悪い。僕たちは仲間だけど、いつだって弱肉強食だ。弱みを見せれば負ける。くだらない話だけどね。


「気にすんな。ガンガン行こうぜ」


「イェ~~~~イ」


 川合が深く考えないように勢いで押し切って、なにもない道をいつものように邁進した。


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