くだらない話

「景色が変わり映えしなさ過ぎて、もはや楽しくなってくるよね」


 僕は黙りこくっている仲間に向けて言った。


「確かに! 俺さっきからサボテンみたいなのが何本あるか数えてるもん」


「そういうことじゃねーんだよなー」


 松田のわけのわからない返答に苦笑しながら川合が答える。


 ティーンエイジャーのように中身のない話をしながら、僕らは車を走らせていた。見渡す限り何もないなんの変化もない荒野。くすんで乾燥した大地と、どこまでも僕らを追いかける太陽があるだけ。あとサボテンみたいな植物、もしかしたら動物かもしれないけど、どうでもいい。僕らに危害を加えるわけでもないし、同じ光景を見続けてくると興味もなくなってくる。


「そういえばさ」


 せっかくのドライブを楽しく過ごすために僕は楽しい話をすることにした。黙ってるだけじゃつまらない。僕の眠気も覚めるしね。


「僕の十八番の話聞かせたことあったっけ?」


 松田と川合はあまりにも唐突な発言に固まった。何年も一緒にいて、今さら話したことのない話なんてないと思ったからだろう。でも、僕の瞳には今までに見たことのない光が灯っているはず。だって、絶対にこの話は二人に話したことがないんだから。みんなを笑わせる自信しかない。


「僕たちの住んでた場所ってさ、あまり雪が積もることないじゃん?」


 確かに僕の言うとおりだから、二人は頷いた。頷いただけで、言葉は発しない。会話を楽しむ気はないらしい。これだから運転しないやつはダメなんだ。なにもわかっちゃいない。運転がどれだけ大変なことか。みんなの命は僕の双肩にかかっているというのに。一度は運転してみるべきだ。そうしたら、僕の気持ちがわかって、僕との会話を楽しもうとするはずだ。まぁ、運転を変わる気はないけど。いかんせん暇すぎる。僕には耐えられない。たぶん黙りこくるだろう。


「それだけどさ、何年か前にメッチャ雪が積もったことがあったじゃん? 交通機関が麻痺してやべーことになった日」


 二人は話を邪魔しないようにしたのか、それともそんな日が思いつかなかったのか、判然としないのか曖昧に頷いた。僕はそんな反応に心を痛めながらも話を続ける。


「それでさ、ぼくの後輩の坂本君っているじゃん? そいつと一緒にいたときの話なんだけど、二人で夜遅くまでダーツとか、ビリヤードをやってたのよ。それで、もう疲れたから帰ろうかってなったの。で、さっさと会計をすませて建物を出たわけ。そしたら、メッチャ雪が降ってるじゃん? だから、俺たちなんかテンション上がっちゃって、小学生みたいに騒ぎながら、家に帰ってたのよ。俺たち家が近かったから。それでね、家の近くはなんか知らんけど、畑が多くて――いまから思えば田舎なだけだけど――道路より雪がしっかり積もってたの。で、坂本君が調子こいて、僕に雪を投げつけてきたわけ――それだけ雪は童心に帰らせるじゃん?」


 やっぱり二人は何も言わないし、ガイドは眠り込んだままだ。つまらないやつらだ、本当に。でも僕は話を続けた。途中で終わらせるなんて考えられない。


「二人であほみたいに雪遊びを真冬の夜中に楽しんで、坂本君が近くの畑に積もった雪をがっつりつかんだのよ。だから僕はこれはやられると思ってね、身構えたの。どう考えたってその距離じゃ直撃は免れないから」


「でも、坂本君はなんも言わずに手に持ってた雪を捨てたわけ。どうしたんだろうと思ったら、土まで掴んでて手が真っ黒」


「それでね、さっきまでのテンションはどこ行ったのか、すげー冷静になってて、ぼそっと言ったのよ。雪には困りまスノーって」


 松田と川合は視線を合わせて頷いてから、声を合わせて言った。


「ダジャレじゃねーか」


 みんなを楽しませようとしたのに随分な言いようだ。


「よくそんなダジャレを恥ずかしげもなく言えたね。こっちが恥ずかしいよ」


 今まで会話を拒否していたのに、急に鬼の首を取ったように僕を責めててる川合。この壊れたラジオめ。すぐにこれだ。自分は何もしないくせに。


「暇だから話題を提供してあげたんじゃん。感謝こそされても、非難されるいわれはないぞ!」


「そうだぞ! 一ノ瀬の話は面白かった。な? アドミ」


 松田が急に僕の側に寝返って、ガイドのアドミも引き込もうとする。急な手のひら返しのせいで何を考えているかわからないから、なんだか怖い。


「そうだね。十八番と言うだけあって、軽快な語り口だったよ」


 さすがアドミだ。聞き手ってのはこうでなくちゃ。


「そんな風に言われるとなんか照れるな」


 実際に十八番だけどここまで褒められたのは初めてだ。少し恥ずかしくなってきた。


「本当はどうだった?」


 川合が意地悪く聞く。俺がもてはやされてるからって、やきもちか? なんて心の狭い人間なんだ。


「つまらなかったよ。でも、一ノ瀬が楽しそうだったからさ」


 アドミは純粋な面持ちで言った。


「せめて聞こえないように言って! 悲しくなるから!」


 僕は心からの雄叫びを上げた。どんな辱めだよ。僕はなにも悪いことしてないのに!


 アドミは素直に「ごめん」と謝り、二人は腹を抱えて笑っていた。




 僕たちは小さな町で買い物と休憩をすませて、またいつものように車を走らせていた。


「これさ、さっき買ったんだけど、ほら見て」


 松田がそう言って、小さな包みを開けていた。ルームミラーじゃよく見えないけど、手のひら大の四角いなにかだ。


「なにそれ、なにができんの?」


 助手席から身を乗り出して、川合がその小さなものを見つめる。


「落ち着け、見てろよ」


 松田がそう言って、小さな何かを弄くると耳をつんざく悲鳴のような音と甘い匂いが立ち込めた。それを見ていた二人は馬鹿笑いを始め、アドミを無理やり起こして、もう一度小さな何かを起動した。また悲鳴と、今度は酸っぱいに匂いが充満する。二人は爆笑して、アドミは呆れたようにまた寝てしまった。


 自分が手の離せない状況で、僕を邪魔する二人に少し腹を立てて、大声で言った。


「お前らホント馬鹿だな! 運転の邪魔するな!」


 二人は僕の怒声なんてものともせずに五分ぐらい笑い転げてた。笑いが収まっても、息の整わない二人はしばらく静かにしていたけど、だしぬけに川合が言った。


「俺たちを馬鹿呼ばわりするけど、俺知ってんだからな。さっきあの小さな町でおばはんに騙されそうになってたの」


「なんで知ってんの!?」


 うまく隠し通せたと思ってたのに。


「てか助けろよ! アドミを呼ぶなりなんなりしてさ。僕が言葉弱いの知ってんじゃん。それにあのおばはん活舌悪いし」


 これは本当のことだ。僕はいまだにこの世界の言葉がほとんどわからないし、あのおばはんは本当になにを言っているのかわからなかった。


「俺もなんて言ってるかよくわからなかったから見てた。アドミ寝てたし」


「そーいうところあるよね。よくないよ、そういうの」


 川合と松田は少し言葉がわかるようになってきたからって、こうやって僕のことを陰から見守って後で馬鹿にするんだ。普段はお互いに助け合っているのに、ああいう状況だとたちが悪い。


「まぁ、それは置いておいてさ、騙されかけてたよね」


 なんとか話がそれるかと思ったけど、川合は目ざとく追及する。もう逃げられそうもない。


「はい。騙されかけました。でも、しゃーない。なんか流れに飲まれました。次からは気を付けます。アドミを連れていきます」


 僕はさっさとこの話を終わらせたかったから正直に言った。誰だって自分の醜態をほじくり返されるのは嫌だろ?


「そう言うのを馬鹿って言うんだよ!」


 さっき僕が馬鹿だと罵ったことを根に持っているのか、川合の言葉は辛辣だった。僕を痛めつけて楽しんでやがる。なんて野郎だ。今に見てろ、僕も川合の醜態を陰から見守って、後で馬鹿にしてやるからな。


「で? どうなったの?」


 松田は純粋な興味からだろう、冷静に話の続きを促す。実に松田らしい。あんな調子で聞かれたら話さないわけにいかない。


「でかい毛玉みたいなおっさんが来て助けてくれた」


 まごうことなき事実で、その心優しい毛玉は何やらおばはんと話して、僕にお金を渡してくれた。なんて言ってたかはもちろんわからなかったけれど。本当にこの世界の言語は難しいんだ。なんだったら僕は半分、言語の習得を諦めてる。アドミがいるしね。


「よかったね。てかなんでおっさんてわかったの? 毛玉だったんでしょ?」


 確かにそうだ。なんでそう思ったんだろう。


「勘」


 僕は正直に答えた。人間だれしも最後はこうなるはず。少なくとも僕は迷ったら勘に従う。


「いや、おばはんに騙されかけてた人間の勘なんてあてになんねーよ」


 もっともな反論だ。ぐうの音も出ない。でも川合にそこまで言われると腹が立つ。


「てか、よくお前らあれがおばはんてわかったな」


 またしても松田の純粋で、会話をぶった切る質問。ある意味才能だ。でも、やっぱり松田の言う通りだ。僕と川合は顔を見合わせた


「あれだよ、あれ……」


 川合が歯切れ悪く何か言おうとするけど何も出てこない。わかるぞ、僕も出てこない。


「あれってなに?」


 松田の純粋な追及は続く。純粋無垢な子供にものを訊ねられている気分だ。


「えっと……。勘?」


 僕と川合は結果的に同時にそう言った。決して、川合と僕が特別な関係だからとかそういうわけじゃない。ただ、息があってしまっただけ。


「やっぱり勘なんだね。ねぇ、アドミ。あれっておばはんだった?」


 いつの間にか起きていたアドミに松田が問いかける。松田の好奇心は留まるところを知らないみたいだ。決して悪いところじゃないけど、たまに面倒くさいのは事実だ。今回はそんなことないけど。


「さっき買い物してた時のかい?」


「そうそれ。てか起きてたのかよ。知ってるなら助けてくれよ」


 どうやらここには薄情なやつしかいないみたいだ。


「川合がいかなくていいって言ったんだよ」


 僕は河合を睨んだ。今夜のデザートは没収みたいだ。なんとしても取り上げる。やっていいことと悪いことがある。


「あのババィノだったね。あれはまだ子供だよ。性別は君らの基準に照らし合わせると男だね。かなりの美形だよ。ちなみに一ノ瀬を助けたのはフェリットと言って、心優しい種族だよ。性別はない。歳は僕にはわからないかな。彼らはあんなに毛むくじゃらだからね。同族同士じゃないと見わけがつかないんだ」


 アドミの今さらながらの豆知識を三人で聞いて、松田が言った。


「勘なんてあてにならないな」


 僕と川合はそれに全面的に同意だった。


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