頼もしいガイド
「あのさ、聞きたいんだけど、俺たちお金ないけどどうすればいいの?」
出発してすぐ、川合がアドミに聞いた。まったく現金なやつだと思ったけど、確かにそれは重要な問題だ。文無しじゃなにも出来ない。
「確かに。俺、喉乾いたんだけど」
松田は事の重大さに気づいていないのか、ただ自分の欲望を口にする。マイペース過ぎてこっちの調子も狂ってくる。
「もう少ししたら町があるからそこで調達しよう」
見渡す限りそれらしきところはない。ガイドがこう言ってるから心配はないんだろうけど。
それにしても、町か。想像のつかない文化や種族が僕たちを待ち受けているんだろう。中世的な街並みや、剣と魔法の世界。なんだかワクワクしてきた。
「俺たちお金持ってないけどどうすんの、ガイドさん?」
まったく川合は無粋だ。そういうことはガイドに任せて、僕たちは異世界を楽しむべきだ。いろんな出会いを経て、成長したりとか、いろいろあるはずだ。
「アドミでいいよ。お金は大丈夫だよ。心配しないで」
ほらね。頼りになるガイドだ。アドミがいればなんとかしてくれる。
「マジかよ。アドミが持ってるってこと?」
疑り深く、またしても川合が聞く。本当に無粋。マジ失礼。
「持ってないよ」
当然だろとでも言う調子だ。前言撤回、このガイドはダメだ。全然、頼りにならない。
「じゃあどうするんだよ」
川合が絶望とあきらめで曇った瞳でアドミを見つめる。たぶん僕も同じだ。松田はよくわからない。外をつまらなそうに見つめてるだけ。なにを考えてるんだろう? なにも考えてないか。喉の渇きを訴えるくらいだもんな。僕みたいに想像力を働かせて、待ち受ける冒険に備えているとは思えない。
「君たちが稼ぐんだよ」
またしても当然だろとでも言うようにアドミが僕らを見た。これは想定外だ。僕の想像なんて足元にも及ばない。これが異世界クオリティーなのか?
「え? 俺たちが? ここの言葉もわからないぜ?」
素っ頓狂な声を出しながら、川合が至極当然のことを言う。
「アドミと話せてるってことは大丈夫なんじゃない?」
松田は随分お気楽そうだ。見習いたいものである。でも松田の言うことにも一理ある。アドミの言っていることは終始理解できる。案外この世界は優しいのかもしれない。
「君たちの言葉は通じないよ。私がガイドだから言葉が通じてるだけだよ」
「どうすればいいんだよ。僕らもう詰んでるじゃん」
アドミの言葉を聞いて、僕は目の前が真っ暗になりそうだった。たぶん川合と松田も同じ。車内が一気に葬式みたいに辛気臭くなる。
「君たちの持っているものを売ればいいんだよ」
僕たちの絶望なんて一ミリも気づいていないのか、アドミは簡単そうに言う。一番お気楽気分なのはこのガイドみたいだ。
「なんも持ってないけど」
川合がポケットの中を全部ひっくり返しながら、アドミにアピールする。まるで降参してるみたいだ。
「なにかあるでしょ? 地球から持ってきたもの」
少し焦ってきたのか、アドミは僕と松田に視線を向ける。
「なんにもないよ」
松田ももちろん一緒。持ってるわけがない。
「家で飲んでたからなにも持ってない。服ぐらいなもんだよ」
僕もしっかり事実を教えてやった。僕たちは正真正銘の文無しなんだ。
「……」
アドミはいきなり出鼻を挫かれたせいか、黙ってしまった。お気楽気分は消失している。
「なんか言って!」
川合が藁にもすがるかのようにアドミに懇願する。
アドミはその問いかけを無視して、しばらく黙ったままだった。僕らも何も言えなかった。異世界まで連れてこられたのに餓死するかもしれないと思ったら、口なんて利けないだろ?
「君たちが今身につけているものなんてどう? 珍しいから馬鹿な金持ちが買い取ってくれると思うよ」
「随分な言いようだな!」
アドミにそう言い放ちながらも、川合は僕と松田に問いかけだ。
「どうする? 服はこれしかないから売れないぞ」
「確かにな」
いくら異世界だからって裸は嫌だ。
「髪の毛とか売れないの? 適当に切ったりして」
僕は苦し紛れにアドミに聞いてみた。
「あと、うんこ、とかな」
真面目腐った顔で松田が言う。こいつはいつもこうやってマイペースに適当なことを言う。勘弁してほしい。こっちは小学生じゃないんだ。
「お前は馬鹿か」
少しイラつきながら川合は言うけれど、松田はいつも通り気づかず、馬鹿と言われたことに驚いている。
「それはいいアイデアかもしれない」
僕らのかみ合わない話を黙って聞いていたアドミが思い出したように口を開いた。なにがいいアイデアなんだ?
「うんこが?」
アドミの言葉にいち早く馬鹿なことを言って松田が応える。こいつはダメだ。一番先にこの世界で死ぬ。
「馬鹿かよ、そんなわけないだろ」
川合がまた松田を叱りつける。こういうことはしっかりと言ってやらないとダメなんだ。
「いや、それもありだと思うよ」
僕らは自分の耳を疑った。アドミは何を言ってるんだ?
「ありなの?」
僕と川合が声を合わせて言って、松田は勝ち誇ったような表情を浮かべている。今回は松田の勝ちみたいだ。
「うん。貴重な物質だとでも言って騙せばいいよ」
アドミは僕らのためにと純粋な気持ちでそう言ってるみたいだけど、内容があまりにもひどすぎる。異世界でいきなり詐欺の片棒を担ぐことになるかもしれないなんて。異世界に来た実感がこれっぽっちも湧かない。
「闇深すぎでしょ。怖いよ」
さすがの松田もアドミの発言にひいている。松田も同じ考えで僕は安心した。ここで異を唱えたらなんて考えたくもない。これからの付き合いを考えてしまう。
「細かいことは気にしなくて大丈夫だよ。私がなんとかするから」
そう言ったアドミは出会ってから初めて頼もしく見えた。ガイドの鑑だ。
「じゃあ、お願いします」
僕たちはアドミに頭を下げて、この世界を生き抜くために、ガイドに詐欺を働いてもらうことにした。もちろん罪悪感がないと言ったら嘘になる。今までまっとうに生きてきたからね。でも、しょうがない、生きるためだもの。僕たちは文無しなんだ。
それから一時間もしないうちに町に着いた。異世界だからと中世的な街並みを期待したけど、思いのほか高層建築が乱立してたり、道が未知の物質で舗装されてたりと、拍子抜けだった。なんだったら、僕の住んでるところより都会的だ。ちなみにここまでこの世界の住人に出会っていない。アドミだけだ。
アドミは車を町はずれに止めさせた。まだ僕らには町は早すぎるから、全部アドミがやってくれるらしい。僕らはここで待っているだけ。僕らは何が早すぎるのか疑問に思いながらも黙って毛を抜いて、アドミに渡した。どうせまともに説明してくれないからね。
アドミはふわふわと浮きながら町に入って行って、十分ほどで帰ってきた。大きな荷車を軽々と引っ張って。まともに状況が理解できない。あまりにも詰め込み過ぎだ。アドミは予想外に早く帰ってくるし、自分の何十倍もの荷車を軽々と引いているし、食べ物と呼んでいいのかわからないものだらけを持ってきている。でも、一つだけ確実にわかったのはアドミの詐欺が成功したということだ。僕たちはなにも言わず食料のようなものを車に積み込んだ。
みんな車に乗り込んでからアドミは言った。
「当分お金には困らないよ。いい値段で買い取ってもらったから」
僕らは口々にお礼を言ったけど、アドミはガイドじゃなく詐欺師になった方がいいとは言わなかった。
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