異世界の三人男
たくや
はじまり
「ヤバっ。メッチャ頭痛い」
殴られたように頭が痛い。それに気持ち悪い。昨日飲み過ぎたせいか? 記憶も曖昧だし相当飲んだみたいだ。
「うっ」
誰かのうめき声が聞こえた。僕は収まることのない頭痛に抗いながら、声の主の方へ視線を向けた。そこには今にも吐きそうな川合と、膝を抱え込んで地面を見つめる松田がいた。昨日一緒に家で飲んでたメンバーだから、やっぱり二日酔いみたいだ。
僕はなんとか立ち上がって、二人を助けようとして異変に気づいた。
「ここどこ?」
僕たちは室内にいたはずなのに、なぜかここは草原だ。見覚えもない。もしかしてこれは夢なんじゃないかと思い頬をつねったけど、しっかり痛かった。これは夢じゃない。
僕の頭痛は蝶みたいにひらひらと飛んで行ってしまい、二人に僕の見たものを伝えると、二人とも一気に正気に戻った。
「一ノ瀬が馬鹿みたいに飲んだせいだ。俺もつられて飲んじまった」
川合が頭を抱えながら、僕を責め立てる。お決まりのやつだ。酒で何か起こるとすぐ僕のせい。僕もあまり人のことを言えないけど。なにかやり過ぎてしまった時に他人の責任にしてしまうのは人の性だろ? しょうがないんだ。
「なんかあそこに生えてる木おかしくね?」
松田がいつものマイペースでそう言って、口汚くののしり合う僕たちの間に割って入った。松田がいなかったら、僕らはこのまま二人で延々といがみ合っていたかもしれない。
僕と川合は一旦休戦して、松田の指さす方を見た。確かに見覚えのない風景だった。極彩色の入り混じる木々、二つの大きな太陽、空を飛び交う不可思議な何か。
「だから言ったんだよ。お酒はほどほどにって」
「一ノ瀬が煽るから俺は飲んだんだろ!」
僕たちは今の状況が受け入れられずに、また口論を始めた。現実逃避ってやつだ。誰だってこんな状況に追い込まれたら、そうなるはず……。はずなんだけど、松田は冷静だった。
「そこにいるのなに?」
僕と川合はまた一時休戦して松田の指さす――三人が倒れていたちょうど真ん中だ――を見つめた。そこには手のひらサイズの悪魔みたいな生物がいた――毛のないコアラみたいだ。
「こんにちは。私はアドミ。君たちのガイドだよ。何か困ったことがあったら言ってね」
僕らは黙ってその醜い生物を見つめた。なんだこれ? どういうこと? 何が起こってるのか全然わからない。
「まだこの状況が受け入れられないみたいだね。それじゃあ私が説明してあげるよ。この世界はね――」
「まって、もしかしてこれは現実?」
淡々と説明をするアドミとかいう生物の言葉を松田が遮る。さすがマイペースな松田だ。思ったことは口に出さずにはいられない。
「そうだよ。君たちは地球から送られてきたんだ。君たちの世界ではやりの言葉を使うとするなら異世界召喚ってやつだね」
「ふぁっ!? 異世界召喚? ここって地球じゃないの?」
川合が素っ頓狂な声を上げて、慌てふためいている。落ち着きのないやつだ。酔っぱらいめ。
「まー、どう見てもそうだな」
松田はもう受け入れたのか異常なまでに冷静だ。
「なんでそんなに冷静なんだよ!」
冷静過ぎて逆に怖くなってきた。
「しゃーなくね? どうしようもできないし」
なんでそんなに慌ててるの? とでも言いたげに松田は僕らを見つめる。ここまで冷静でいられる理由が知りたい。そうしたら、川合をもっと静かに出来るから。
「確かにそうだけど!」
こいつは適応能力が高すぎる。それか馬鹿だ。川合も落ち着きを取り戻して、松田を呆れたように見つめる。
「イチャイチャするのは後にしてくれるかな? まだ説明が終わってないから」
少し申し訳なさそうにアドミが僕らに言う。アドミもアドミで冷静過ぎる。ガイドなら、もっと僕たちをいたわったりしてもいいはずだ。
「イチャイチャしてないよ! 口論してるんだよ!」
川合が三人を代表して否定した。この小さな醜い生物は会話ってもんを知らないみたいだ。こんなのは普通のやり取りで誰でもしてる……。してるよね? もしかして僕らがおかしい? 不安になってきた。
「わかった、わかった。それは置いておいて、君たちは地球での生活を終えて、この世界へと来ることになったんだよ」
アドミの説明に理解が追い付かない。大雑把すぎるし、二日酔いの頭には重すぎる。
「なんで?」
松田だけが冷静だ。前言撤回、松田は馬鹿じゃない。松田だけが頼りだ。
「今は言えない。でも、君たちはこの世界に来ることになったんだ。何か質問はある?」
なんにも教えてくれないじゃん。僕と川合は顔を見合わせた。川合の瞳には今までにない不安が溢れていて、僕の瞳も同じだと思う。
「お前はなんなの?」
頼もしい松田が、アドミを追求する。
「ガイドのアドミだよ」
「ガイドってどういうこと?」
「君たちを導き、助けるよ」
「じゃあ、ここはどこなの?」
「アドミラルだよ」
「じゃあ――」
「もう面倒くさいから質問はおしまい」
松田の戯言の数々のせいで質問は打ち切られた。やっぱり松田は馬鹿だった。ろくなことをしない。僕らは口を開きすらしなかったけど。でも、率先して話してくれるやつがいるなら任せるだろ? 誰だって面倒ごとは嫌いだ。出来れば黙ってすませたい。
「えー? 早くない? 何にもわかんなかったんだけど」
松田がすがるようにアドミに盾突く。
「私はもう眠くなってきたから、もう寝たいんだ。だからそこにある乗り物に乗って出発して」
アドミが指さす方向には見覚えのあるものがあった。
「あれ車じゃん! 何で異世界にあるの!?」
久々に口を開いた川合はまたしても素っ頓狂な声を上げた。
「君たちの記憶の中にある移動手段を再現したんだよ……」
アドミはそう言って電池が切れたように目を閉じた。眠ってしまったみたいだ。頼りにならないガイドだ。
「車に乗るか」
僕はここぞとばかりに口を開いた。運転と言ったら僕だからね。それにここからならどう転んでも、無駄なことを聞いて質問を打ち切られたり、壊れたラジオみたいにわめかなくすむからね。
「そだな」
松田も納得したみたいだ。納得したというよりも「受け入れざるを得なかった」が正しいかもしれない。それだけ、僕らには選択肢がなかったんだ。
「こいつが起きるまで適当に走らせとこうぜ」
川合がアドミを抱き上げて、車に連れていく。やっと落ち着いた口調だ。
「てかどこ行けばいいの?」
僕たちは車に乗り込んで気づいた。
「俺が知ってると思うか?」
「思わない」
「そゆこと」
自信満々の表情で言葉を放った川合を適当にあしらって、僕はエンジンをかけた。
「じゃあ、適当に出すよ」
しばらく走ってアドミは目を覚ました。
「適当に出発しちゃったけど、どこ行けばいいの?」
僕は運転しながらルームミラーでアドミに視線をやった。
「このまま進んでくれればいいよ。何かあれば言うから」
まったく頼りになるガイドだよ。もっといろいろ説明してほしいもんだ。
「この車ってどうやって動いてるの? ガソリンとかってこの世界にあるの?」
松田がまた好奇心丸出しでくだらないことを聞き始めた。もっと聞くべきことがあるとはずなのに、どこかずれてるやつだよ。
「ガソリンはないよ」
平然と言い放つアドミ。
「ないの!?」
今度は僕が素っ頓狂な声を上げる番だった。ガソリンがなくなった後のことなんて考えたくない。
「じゃあどうすればいいの? 行けるところまで行って、あとは歩き?」
相も変わらずに冷静な松田。
「無理だろ、魔物とかに襲われる」
川合も完全に落ち着いて、現実的なことを口に出す。なんか僕だけ慌ててるみたいで嫌だ。
「大丈夫だよ。僕の魔力を使って動かしてるから」
一瞬で僕らの悩みは解決した――魔法みたいに。なんだか異世界チックになってきた。移動手段は車だけど。情緒の欠片もない。
「だから、眠くなっちゃう感じ?」
後部座席でアドミと一緒に座る松田が心配そうに訊ねた。
「違うよ、私は寝るのが好きなんだ」
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