第2部 プロローグ

「――これからは、宇宙の時代なんだ!」




 四時限目の授業。そろそろお昼休みが近くなってそわそわしてきて無駄話も少し多くなってきた理科室で、物理の田島先生が熱弁を奮い始めた。




「いや、分かる。今は高齢化社会だ。これから先に延びる産業は、介護、葬祭、製薬……そういう産業の需要が伸びていくのが目に見えてるって言いたいのは分かる」




 よく分かってません。


 多分、教室にいて先生の話を真面目に聞いていた生徒はほとんど私と同じツッコミを入れたと思う。隣の席に座っている葉山君は……意外にも真面目に先生の話を聞いている。珍しい。私が目を遣ると大抵葉山君は机に突っ伏して寝ているのに。




「だけどな、ダメなんだ。そういうシルバー産業には夢がない。子供が望んで目指したい職業には成り得ないし、強力な投資対象にもならない――ああいや、そういう職業を馬鹿にしてるわけじゃないぞ? 社会にとって必要で、大切な職業だからな! 教師と一緒でな!」




 と、自分の問題発言を誤魔化すように教師を先ほど挙げた職業と同列にすると、先生はまだまだ熱弁を奮う。いつまで続くんだろう、これ。




「この国は、宇宙開発に力を入れるべきなんだよ! これからの公共事業は、宇宙だ! 地球の資源には限りがあるし、いつ大災害が起こって住めなくなるか分からない。人間はいつか宇宙に出なければならない、次の星を開拓しなければならない。これは必然なんだ! 今がその時なんだ!」




 そうなんだー……へー……。


 と、教師と生徒の熱量の差がキラウエア火山と永久凍土くらいありそうだけれど、そんなことは構わずに話を続ける。田島先生は優しいし面白いから好きだけど、私は宇宙の話にはあんまり興味がないから退屈な話だった。


 でも、宇宙が大好きな人って一定数いるよね。ロマンがあるからかな。残念ながら私は宇宙の話よりも、いつもしてくれる世界の偉人の面白エピソードの方が好きだけど。




「そうそう、二週間後のJAEXAの火星探査機打ち上げは本当に楽しみだよな! 先生も『火星にあなたの夢を』プロジェクトに応募したんだけど抽選で外れちゃってなー! でもなんと、先生の高校時代の同級生が当選したんだよ! 時田っていうやつなんだけど、あいつ火星に何を持っていく気かっていうと……」




 ……ねむ。


 あくびを噛み殺しながら考える。『火星にあなたの夢を』プロジェクトってなんだっけ。ちょっと前に話題になってたよね……思い出せない。




「『火星にあなたの夢を』プロジェクト、ってなんでしたっけ?」




 私は眠気覚ましのために、珍しく起きて先生の話を傾聴している隣の席の葉山君に尋ねる。


 ええと、葉山君はいわゆる一般的な高校生ではなくて、「アドミ」っていう日常に潜む超常的な何かを蒐集する組織の一員で、その調査のためにこの学校に転入してきました。普通の高校生ではないからか分からないけれど、普通の人が出来ないことをしたり(ダイナマイトを手作りしたり)、立ち居振る舞いや言動が普通の高校生よりも何となく大人びている。


 私は夏休みの終わり頃、葉山君が探していたその「アドミ」に遭遇してしまっていて。誰にも言えずに悩んで苦しんでいたのですが、すったもんだの挙句に結局葉山君に助けてもらって、それが縁で少し仲良くなりました。……これは人には言えない内緒の話だけど。


 ……って、こういう風に言うとなんか恥ずかしいな。組織から派遣されたエージェントの高校生て! 巻き込まれている当時は必死すぎてそんなことを考える余裕はなかったけど、俯瞰的に眺めるとなんというフィクションみたいな話。




「当選者が今度打ち上げる火星探査機に好きなものを詰め込むことが出来る、っていうJAEXAが企画したプロジェクトのことだよ」




 葉山君は前を向いたまま私の質問に面倒くさそうに答える。


 大丈夫。この人はいつもこういう塩対応だから、こういうのには慣れてます。塩対応だけどいつもちゃんと答えてくれたり話はしてくれるから、多分ツンデレみたいなものだと思います。私はめげずに会話を続ける。




「へー、なんだかロマンチックな計画ですね。自分の好きなものを火星に置いてくるなんて。私も応募しておけばよかったなぁ」




 火星に好きなものを持っていったからって、持ち帰れるわけでもなければ地球からそれを眺められるわけでもなく、いわば自己満足でしかないのに、確かになんだかロマンチックな話に思えた。




「応募しとけばよかったのにな。値段は一口たったの三百万だし」


「三百万? えっ、三百万円ですか⁉」




 そのあまりの高額さに目玉が飛び出るほど驚いて、授業中だというのに私は思わずちょっと大きな声を出してしまった。




「ああ。少しでも火星探査の資金を回収するための苦肉の策だったみたいだけど、やってみたら応募者は殺到してすげえ倍率だったみたいだな」


「ば、馬鹿みたいじゃないですか⁉ 三百万円て!」




火星に好きなものを持っていったからって、持ち帰れるわけでもなければ地球からそれを眺められるわけでもなく、いわば自己満足でしかないのに、そんな馬鹿みたいな大枚をはたくだなんて!




「……………………」




 あ、あれ私の熱弁に葉山君は押し黙ってしまった。


 葉山君は(多分)現実主義者なので、きっと私の意見に賛同してくれるかと思ったけれど、何か思うところがあったようで葉山君は違う話を始めた。




「まあ、月の土地を売ってる会社もあるし、一定の需要はあるんじゃねえの」


「へー……」




 葉山君はどうやら宇宙の話にも詳しいようで。私は感心しながら葉山君の言葉に頷いた。


 葉山君と私の会話はここで途切れたけれど。田島先生は友人の時田さんがそのプロジェクトに当選して自分が当選しなかったことへの悔しさを未だに語っていた。


 ……三百万円払うことにならなくてよかったね、田島先生。






 あ、ちなみに今回の話についてですが。


 この物語は一人の無気力に生きていた少年が、宇宙を目指すことになる感動的なお話です。

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