第1部 エピローグ

 そして翌日。


 昨日は感動的で綺麗なお別れをしたけれど。


人とのお別れ……特に結構好きだった人(いえ、異性として、という意味ではないですよ? ……多分)とのお別れというのはやっぱりちょっとショックで。これは一週間くらいは引きずりそうだなぁ、と、寂寥感を覚えながら夜を過ごして学校にやってきた。


 あー、まだまだ傷が痛むなぁ。名誉の負傷って言えば聞こえはいいけど、お風呂が辛いよね。


重い足取りで教室に辿りついて、始業前の騒がしい教室の後ろの方の自分の席に向かって歩く。




「よう、四条」


「おはよ、葉山君」




 そして何となく隣の席の住人に挨拶をすると、私は自分の席に座る。


 はぁ、この隣の席も、また空席になってしまうんだなぁ、と、しみじみ隣の席を見ると。




「…………」




 隣の席を見ると。




「は、葉山君⁉」


「どうした」


「どうした……じゃなくて、どうしてです! どうしてここに居るんですか!」




 昨日、あんなに感動的なお別れを済ませたところなのに。このやり取りは完全に蛇足感と台無し感ありますよ⁉




「んー……まぁ、俺も何でだよ、って感じではあるんだけど」


「何でですか!」


「どうやらこの辺で、またアドミが近々活動するらしい。だから引き続きここで待機してろ、だってさ。あのこわーい上司が」


「えっ、そんなことあり得るんですか?」




 だって日本はこんなに広いのに。アドミっていうのがどのくらいたくさん居るのかとか世界にもいるのかは分からないけど……。




「普通にあり得る。アドミは特定の地域に集中して現れやすい性質がある」


「ていうか、そもそもどうやって葉山君の組織はアドミが現れたり活動したりする情報を得てるんですか?」




 そもそもの話、どうやって葉山君はこの地域にアドミがいることを知っていて、なおかつどうして二次接触者である私がこの学校にいることを知っていたんだろう。




「それは機密情報だから俺も知らん。ただ……多分、捕獲したアドミの力を利用してるんだろうとは言われてる」


「アドミってそんなこと出来るのもいるんですか……?」


「色んなのがいるぞ。多分、未来予知が出来る道具みたいなアドミがあるのかもしれないな」




 そんな、人の役に立つようなのもあるんだなあ。私はアドミっていうのは全部禍々しいなにかかと思っていました。あのローパーみたいなやつのイメージが強すぎます。




「あとは経過観察……かな」


「え?」




 葉山君は何かぼそっと言ったけれど、よく聞こえなかった。




「いや、何でもない。ともあれ、これからしばらくはよろしくな」


「もうっ、しょうがないですねえ」




 そこで始業開始のチャイムがなって教室が静かになり会話も終わる。


 これからも葉山君と一緒の日々が始まる。そう考えただけで、憂鬱な気分が吹っ飛んで。これからの学校も楽しくなりそうだった。


 まだしばらく、私の騒がしい日々は続いていきそうです。








     …………………………








 一日前。『アドミニストレーターズ』本部。




「報告書を読んだ。ご苦労だった……と、ひとまずは言っておこう」


「ありがとうございます」


「葉山、お前には独断専行の悪癖があるな。だが、迅速な調査を行ったことに免じて、職務の範囲を超えた行動については大目に見よう」


「……ありがとうございます」


「それにしても今回のアドミの名称は〈スワンプルーム〉か。私としては哲学的ゾンビを想起させるが……まぁいい。とまれ、人の複製を作り出すアドミとは恐ろしいな」


「全くです。もし自分が捕まっていたらと思うとぞっとします」


「……本当に自分が捕まっていないと言い切れるのか?」


「は?」


「お前はどうやって自分が本物だと証明できる?」


「それは……」




 上司は座ったままおもむろに懐から銃を取り出すと、葉山の胸に銃口を向けてセーフティロックを解除する。


 かちり、という冷たい金属音が静かな部屋に鳴り響く。




「出来んのか……?」




 低く、恫喝するような、しかしそれでいて静かでゆっくりとした口調で呟く。


 銃口を向けられたことよりもその声色が恐ろしくて葉山の背筋が凍る。




「いえ、しかし、私はま」




 葉山がそこまで言いかけたところで、部屋に銃声が響き渡る。


 葉山総司の胸の中心を正確に銃弾が貫き、穿たれた心臓から血液の塊が飛び出して、部屋の絨毯を赤く染める。葉山はそのまま人形のように背中から床に倒れこみ、身体から漏れ出る血液を絨毯が吸って段々と赤く染めていく。


 絶命。


即死だった。心臓に穴を穿たれて生きていられる人間は居ない。




「つっ……やめて、くださいよ。制服に穴が開いちまった」




 はずだった。




 心臓に穴が開いて致死量の血液を失ってなお、葉山総司は立ち上がった。否。もう既に心臓に空いたはずの穴は塞がっていた。そして、絨毯を染めていた赤い液体はいつの間にか乾いて色を失っている。




「そんな恐ろしいアドミに接触したのならば確認は必要だ。しかし、お前は本人のようだな。安心したぞ」


「痛覚は常人と同じなんでね……あまりこういう無茶は止めていただきたい」


「人類が渇望する不老不死の肉体を手に入れたのだ。不平不満を言うものではない」


「こんなものを渇望するやつは想像力が欠乏した馬鹿だけです」


「愛する人間が次々に死んでいく苦しみには耐えられないとでも言うつもりか?」


「そんな些細なことはいくらでも耐えられる。ただ、全人類が死に絶えた後も……地球が消滅した後も生き続けなければならないとしたら、それは無間地獄でしかないでしょう」


 葉山の上司は微かに唇の端を吊り上げた。


「もっともだな。もう十年になるか。お前があのアドミと両親に不老不死にさせられてから」


「十八の時だから、正確には八年前です」


「容姿が変わらんおかげで学校の潜入は容易だったろう?」


「いつまでも子ども扱いは辛い。きっと整形しても寝れば戻ってしまう。ふざけた身体です」


「まるでアドミを呪っているような口ぶりだな」


「身体を縦半分に割られてどちらに意識があるか、なんて実験を来る日も来る日も繰り返されれば呪いたくもなります。あんな人の悪意をスープで煮詰めたような実験室から救ってくれたあなたには感謝してますが」


「…………」




 葉山の上司は葉山のことを睨みつけて押し黙り、間を置いてから言う。




「我々は『アドミニストレーターズ』。……この単語がどういう意味か分かっているか?」


「それは……管理者とか統治者とか、そういう意味かと」


「そうだ。そして、我々が調査し管理しているアドミ。これもまたアドミニストレーターの頭文字三文字を取った略称だ。おかしな話だとは思わんか?」


「……管理される側にも管理者という名称が付いていることが、ですか?」


「そうだ。これがどういうことだか分かるか?」


「…………」


「思い上がるな、ということだ。アドミとは人知の及ばぬ超越存在だ。そんな存在を管理しようなどとは烏滸がましい。あちらが真の管理者であり、本来は我々が管理されている側かもしれない、ということを肝に銘じておけ」


「はぁ……」


「ふん、お前の心には響かないようだが、まあいい。話を戻そう。〈スワンプルーム〉のことだが」


「まだ何か?」


「お前は〈スワンプルーム〉が作り出す複製の役割を二つ挙げていたな。一つ目は『複製を社会に送りだすことで、行方不明者を増やさず安全に人間を補食し続けられる』。二つ目は『端末が破壊されたときに複製がスペアとなり端末が再生する』だったな」


「はい」


「私が推察するに〈スワンプルーム〉が作り出す複製にはもう一つ、そして最大の役割があると思われる」


「は? それは……」


「複製は性格が明朗になる、だったな。その意味はなんだ?」


「意味……? 意味ではなく、脳内物質やシナプスの器官を上手く複製できていないから、と推測しますが」


「本当にそうか?」


「……推察の域は出ませんが」


「ある役割を果たすために都合が良いからそのように性格を改造される。そう考えたことはないか? いや、考えたくなかったのか?」


「…………?」


「これはお前には伝えていなかったが、封印している〈スワンプルーム〉にやってくる人間が数組いた。それも決まって二人組だ。必ず二人組なのだ」


「あ……」


「分かったか? さて、お前の次の任務だが、あの地域にまた新たなアドミが出現するという情報がある。学校生活を送りながら情報収集を行うとともに経過観察をしろ」


「…………」


「返事はどうした?」


「了解……しました」


「よろしい。帰ってよし」




 経過観察。上司はその目的語を言わなかった。


 葉山は上司に一礼すると背を向けてその部屋を出る。


 こうして葉山総司は学校生活に戻った。










   …………………………










 夜。ベッドに入って今日のことを思い出す。


 まさか葉山君がまだ学校に戻ってくるとは。なんだかんだ色んな事に巻き込まれたけれど、私って基本はツイていると思う。


 だって、あの〈スワンプルーム〉、あ、葉山君からあのアドミにそういう名前を付けたっていうことを教えてもらいました。そう、〈スワンプルーム〉に補食されそうになったときも、私は狙われなかった。しかも二度だ。こうちゃんのときと、葉山君のとき。そして葉山君が一度解放されてからもう一回で、三度だ。二回目のときは、むしろ私が近い位置にいたにも関わらず、私は狙われなかった。


 ……まぁ、これは二分の一×二分の一×三分の一で十二分の一の確率だからラッキーってほどじゃないかもだけど、葉山君があれだけの爆発に巻き込まれたにも関わらず、大きなケガをしていないこと、こうちゃんが無事に戻ってきたこと、これは本当にラッキーだと思う。


 こうちゃんか……今度の休みにお見舞いに行かなきゃ。


 きっと、あの性格は変わっていないと思うけど。環境が変わればまだこれから変わっていくことはあると思う。私だって昔は内向的で引っ込み思案で暗い性格をしていたけど、今はこんなんだし。


 ………………。


 私って、何が原因で明るくなったんだっけな……。ええと、確か、大きな地震が起きる前くらいまでは暗い子だったような……。


 あ、地震。そうだ。どうして忘れていたんだろう。


あの頃、大きな地震があってあの〈スワンプルーム〉……廃墟は壊れてボロボロになった、ってこうちゃんが言っていた気がする。それで私たちは秘密基地にしていたあそこに近寄らなくなったんだ。そうか、夏休みにあの廃墟を久々に見たとき、私は昔は平屋だったしもっとボロかった廃墟だった気がした。それはきっと正しかったんだ。


 あの廃墟は、地震で一度壊れて平屋から二階建てへと大きくなったんだ。これは私の憶測だけれど、そう考えれば辻褄があう。




「あれ……?」




 でもそうなるとまた一つ疑問が残る。


 そうなると、今は二階と三階にいるあの端末は、平屋のときは一体どこに居たんだろう? 一階は私たちが秘密基地にしていたから、もちろんあんな端末がいるスペースはどこにもないはず。


 うとうとしてきた。思考が混濁する。


 ああ、そうだ、昔あの廃墟の隠し階段を見つけて、地下……室、に……。


 眠りに入る直前。現実と夢現の狭間で私は何かを思い出しかけたけれど。


 あくる日、起きたときにはその記憶は脳髄の奥に沈んで消えていた。








――了。

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