第2話 曖昧な愛

「全く西条サンは人遣いが荒いんだから…」

 青年が、さぞ気怠そうに呟く。

「とか言いながら断らなかったのは誰よ?まったく、私ってば罪な女ね〜。」

 これが大人の魅力、と言うやつだろうか。子供の頃はよく分からなかったけれど、今になってみればなんだかわかるような気がする。また始まった、とぼそりと呟く彼。

「なんだって?」

 言葉に怒気を孕ませ──たふりをしてみる。

「な、なんでもないです…」

 うるせぇ聞こえてるんだよ、なんて言いたい所だけれど我慢。こういう、純情というか素直なところは可愛いんだけどね、とか漠然と考える。本人に言うとつけあがるのでこれは内緒。

「で?先輩がわざわざ自分を呼び出すなんて珍しいじゃないですか。まさか、朝食をご馳走する為に呼んだ、とか言いませんよね。」

 こういう所だけ鋭いのは少し癪だ。しかし、だからこそ彼を呼んだのだ。

「まさか。というか奢らないからね?さっきから遠慮なく頼んでるけど、いやーお会計が楽しみだねー」

「え?!」


 ──ここは矢部さんと会うことを約束した学食。この島にはレストランや食事処というものがない。その代わりに、この学食がその代わりを果たしている。学食、という名前だけれど、この島に住む者は基本的に全員利用可能となっている。

 メニューは日替わりでバリュエーションが多い上、美味しいので、飽きることがない、と評判だ。


「さて本題に」

「入るんですね。

 あ、店員さん、チャーハンお代わりお願いします!」

 緊張感のないヤツめ。

「葵のやつが朝っぱらからアレ飛ばしてきてさ。朝から酷い目にあったよ…」

 すると彼は哀れみを込めたような目でこちらを見る。

「おい!何哀れんでるんだよ!可哀想ですね、みたいな目でこっち見んな!」

 それは置いておいて。

「おまけに矢部さんからも遊び以外のメールが来て。矢部さん、あの矢部さんがだよ?!これ待ち合わせに行って大丈夫なのかな…。

 何かまずいことが起きてるんじゃないか、そう思って君を呼び出したわけ。」

 黙々とお代わりのチャーハンをかきこみながら彼はふむふむ、と頷く。

「じゃあ何、先輩は自分に、矢部さんのお誘いに乗っていいかどうか、て聞きたいわけで?」

 そういう事だ。普段起こらないことが起きる。それは大抵悪いことが起きる時である。ごく稀に良いこと──例えば国を挙げての祝い事など──の時もあるけれど、仮にそうだとしても不幸を被る人間は必ず出てくる。不幸の上に成り立っているのが私たちの生活だ。

「全く人の気も知らずに…」

彼が何か小声で呟いていたけれど、上手く聞きとれなかったのでもう一度尋ねる。

「なんでもないっすよ〜。で、その相談の件なんですけど。んー、多分先輩は考えすぎなんですよ。矢部さんだって、ただの気まぐれかもしれないじゃないですか。いちいちそんなの気にしてたらやってけませんよ。ずっと普段通りにしか進まない世界なんて、そっちの方が狂ってる」

 そしてふぁぁ、とあくびをした後彼は云う。

「まぁ、そんなに心配なら誰かに着いてきてもらえばいいじゃないですか。ほら、あの人とかあの人とか。」

 名前を何人か挙げる。力自慢の奴だったり、気の強い奴だったり。

「でも…」

 言いかけた途端に彼が不敵な様でいて、少し自信に充ちたような、そんな笑みを浮かべる。その顔を見てしまうと、私としては黙らざるを得ない。

 彼は同じ表情のまま、続ける。

「葵から連絡来たんでしょ?あいつが言わなかったってことは大丈夫ですよ」

 そう言うと彼は残っていた食べ物を片っ端から食べて行った。見ているこちらがお腹いっぱいになってきそうな程の量を平らげて、

「あーお腹いっぱい。昔の研究で、1番量を摂るべき食事は朝食だー、とか言うらしいですよ?」

 なんて言う。先程の神妙な態度が嘘のようだ。

 会計でぎょっと目玉が飛び出しそうな額を払って(これでも先輩なのでなんだかんだ払いますよ、私は。)、2人で学食の扉を開け、 そして出るやいなや彼に告げる。

「どれだけ食べてるのよ?!私の財布もう空っぽよ?それだけ食べて太らないとかおかしいじゃないのよ!私なんか、私なんかねえ…」

「思わず泣きだしそうな勢いで言われても、ねぇ。こればっかりは仕方ないじゃないですか。まぁ、また何かあれば呼んでください。付き合いますよ?」

そして笑いを称えていた彼の頬から、すっと笑みが消える。まるで先程までの人懐っこい表情が嘘かのように。

「高等部でお待ちしております。

精々頑張ってくださいね、先輩?」

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