第1話 現実の庭にて(02)

 先程の言葉を補足するとしよう。 

 彼の事を語るには、まずこの島について語らねばならない。

 緋衣島ひごろもじま。この島はF県の遠い南の沖にある孤島である。管轄も名目上はF県となっているけれど、事実上の自治はこの島の自治会に任されている。その辺の話はまたにするとして。この島は、ただの孤島ではない。そもそも、この島に住む人の大半が学生である、と言えばここの異様さが伝わるだろうか。

 ──普通、本州から離れた孤島に住む人間なんてあまり居らず、ましてや若者なんて。高齢化の進む社会が問題になりつつある今、この島の状態は、はっきり言って異様なのだ。

 この島が特別なのはそれだけではない。と言うよりも、今から述べるその理由によって「学生が大半を占める離島」が生まれたのだが。

 それが、「超越者の研究」 である。

 この島には、小、中、高校が一緒になっている、エスカレーター式の「緋衣学院」と、大学である「緋衣大学」がある。

 緋衣大学は、ほかの大学──本州にある数多の大学とほとんど変わるところはない。

 ただし、一つだけ大きく異なる学部がある。

 それが、緋衣大学夢学部むがくぶである。

 その名の通り、夢について研究する学部──では無い。夢についての研究、というのはあながち間違っていないのだが。

 その実態は、超越者──人智を超えた能力を発揮し、人を遥かに凌駕する人間を指す──の研究である。夢学部の発足は、「他人の夢に侵入できる」という、超越者第一号の存在が発覚したからだとか、そんな噂まである。

 ともかく、この島にいる学生の一部は、超越者、もしくは超越者候補だ、と言い換えることも出来る。葵はそのうちの一人で、なんでも「他人に世話を焼く能力」を持っているとか。さっきのアレも、その能力によるものらしい。どこかの小説家も、目覚まし時計は兵器だ、なんて言っていたけれど、彼の能力の場合はもはや兵器なんて目じゃない。遠くにいる彼から延々と送り付けられるメッセージを拒否する方法なんてない。強いていえばそういう超越者がいれば、という話ではあるのだが。


 携帯のバイブ音が鳴った。一気に現実に引き戻される。誰からだろう、なんて訝りながら送り主の名前を見る。

矢部遥やべはるか

 矢部遥。夢学部の3回生。私より2つも歳上ということもあって、初めは萎縮していた。

 けれどいざ話をしてみると、気さくな性格をしていて、今では頻繁にメールのやり取りをするほどの仲にまで発展した。とは言っても、大半は向こうから送ってくるのだけれど。その内容は決まって遊びのお誘いなのだから、困ったものである。

 以前、私以外にもこんなに遊びに誘ってるんですか、と聞いたことがある。

 矢部さんは困ったように笑いながら、

「君だけだよ、こんなふうに誘うのは。」

 なんて言っていたけれど、実際の所はどうなのだろうか。気も遣えるし優しいし何より格好いいし、モテない理由が逆に見つからない。別に、裏では酷い性格、なんて風にも見えないし。

 矢部さんからのメールの内容は

『こんにちは、西条さん。突然のメール、大丈夫?折り入って話したいことがあるんだけど、今日会える?13時に学食で待ってるね。』

珍しく遊びのメールではない様だ。本当に珍しい。大事なことは面と向かって話す様にしているので、普段はメールでは遊びのことくらいにしか話さないのに。

13時。今は7時を少し回ったくらいなのでまだまだ余裕はある。が、今日は一限から講義が入っているので、朝ご飯を食べてから大学へと向かうとしよう。

眠くなかったはずなのに今は重力に負けそうになっている体を無理矢理引きずり起こす。

ベッドに腰掛けながらもう一度携帯電話を弄る。そしてメールを送る。

一通は矢部さんに。

『わかりました、ではその通りにしましょう。13時に学食、ですね。会えるのを楽しみにしています。』

そしてもう一通は──。

『今空いてる?そもそも起きてる?朝食でも一緒に、どう?』

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