第29話 ~弘貴の本心~
二次コンペの結果を知った優海は、次の休日、弘貴と会っていた。
「だいぶ会うの久しぶりになっちゃったね。待たせてしまってゴメンね。」
「ううん。いいよ。それで結果はどうだったの?」
「残念だけど、どちらのプロジェクトもダメだった。」
「落ちたってこと?じゃあキャラクターデザインのお仕事は出来ないってこと?」
「うん。そうだね…。でも、自分が今持てる力をすべて出し切ったから悔いはないし、どんな結果でも納得できると思ったんだけど…やっぱり悔しいね。でも、チャンスはまたやってくると思うから、もっと精進しないとね!」
この時、弘貴の中で何かがはじけた。
「あのさ、いい加減にしてくれない?」
「えっ?」
弘貴のただならぬ雰囲気に困惑する優海をよそに、弘貴は畳みかける。
「僕と会う時間よりもコンペに通ることに時間を優先的に割いて頑張っていたのに、落ちたの?何やってたわけ?僕は優海がコンペに通ることを信じて会うのを我慢したのに、この仕打ちは何?」
優海は弘貴が発した言葉に戸惑いながらも、冷静に切り返す。
「ちょ、ちょっと待って。弘貴。つまり、私と会えなくて寂しかったってこと?だったら言ってくれてもよかったんだよ?そうしたら、私だって弘貴と会う時間を作ったし、過ぎたことに対して不満を言われても…。」
「頑張っている優海に、そんなわがままみたいなことを言えるわけないじゃないか!」
「私に気をつかってくれていたのは嬉しいよ。だけど、『寂しい。会いたい。』って弘貴の中にある気持ちを打ち明けるのを『止める』選択をしたのは弘貴だよ?」
弘貴はぐうの音も出なくなってしまう。
「もし、『察してほしかった』とか考えているなら、それは出来ないよ。私、超能力者じゃないから、いくら恋人同士でも相手が考えていることはわからない。さっきも話したけど、ちゃんと言ってくれれば、弘貴と会う時間を作ることが出来たんだよ。だから、これからは…」
「う…うるさい!」
いたたまれない気持ちになった弘貴は、声を荒げてしまう。その声に驚いた優海は身体が固まってしまった。
「だいたい、コンペに落ちるなんて、やっぱり優海はキャラクターデザインなんて向いていないんだ!頑張るだけ無駄なんだよ!」
「(弘貴って、人が傷つくことを平気で言う人だったの?今、感情のコントロールが制御できていない状態だとしても、もう、これ以上弘貴とは…。)私は、やっと自分がやってみたいことを見つけたの。だから、諦めるつもりはないよ。」
優海は凛とした表情で弘貴に伝えたが、内心はとても傷ついていた。
「それに、優海、ヒロキさんのこと好きなんでしょ?」
優海は動揺した。なぜヒロキに対する恋心が弘貴に知られているのか見当がつかなかったからだ。
「今の話題にヒロキは関係ない。」
弘貴は、優海の言葉などお構いなしに話を進める。
「僕、見たんだ。優海が県境のショッピングモールでヒロキさんに似た人を追いかけているところを。ヒロキさんはどうしたの。」
「弘貴もあそこにいたんだ。そっか…。」
優海は観念し、ヒロキのことを話すことにした。
「出ていったよ。ヒロキは恋愛サポート型アンドロイド。依頼者の恋愛が成就するように導く役目を持っている。私と弘貴が付き合うようになったから、その役目を終えて私の前から姿を消したの。その時ヒロキに恋心を持っていることに気がついた。でも、いなくなってしまった人に対してどうすることもできないから、ヒロキへの恋は諦めて弘貴と恋人同士として良好な関係を築いていこうと決めた矢先に、あの出来事が起きた。」
「恋愛サポート型アンドロイドはそんなルールがあったんだ。」
「そう。で、弘貴、一つ聞いていい?」
「なっ、何?」
「さっきの言葉…『優海にキャラクターデザインなんて向いてない。』、『頑張るだけ無駄』って言っていたけど、表面上では応援しているフリして、これらの言葉が本音?」
優海は弘貴から「違う」という言葉が欲しかった。
「最初は純粋に応援しようと思った。だけど、優海が僕に会うことよりもキャラクターデザインのコンペを通過させる為に時間を使うから、相手にされていないことに寂しさを感じた。その寂しさが優海に対して歪んだ感情を持ってしまったのかもね。」
「うん。」
「たまに優海に会って近況を話して、愚痴を言い合えるだけで幸せなのに、前を向いて頑張って生きてる優海はキラキラしていた。そんな優海に勝手に嫉妬した。なんとなくだけど、住む世界が変わった気がしていたんだ。」
「…正直に言うと、今までなら弘貴とご飯食べたり、お酒を飲んだりしながら愚痴を言うのが楽しかった。愚痴を言っていた方が楽だし、辛い気分も消えるから。でも、それも本当に一時的。気分はいつかぶり返して再び自分を支配していくの。このループが辛いんだよね。現状に不満があるなら自分から変えていくしかない。その為には自分を知る必要があるの。大変だけど楽しいよ。だから『住む世界が変わった』というよりは『自分がこれからの人生どう生きたいか』に対しての考え方に差が出たんだと思う。」
「『これからの人生、どう生きたいか』か…。」
弘貴は、優海の言葉をかみしめている。
「私はこれからの人生、私がやろうとしていることを応援してくれる人や共感してくれる人と一緒に生きていきたいの。ヒロキのことも決着をつけたい。だから、別れよう。弘貴。別れようって言っても私がコンペの準備ばかりしていて恋人らしいこと何もできなかったけど…。」
「わかった。僕も取り乱して色々言ってしまったけれども、本心なのは間違いないから。」
「じゃあ、さようなら。」
優海の表情は、笑顔と悲しさで入り混じっていた。
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