第18話 ~別れと再会~

優海の実家と弘貴の実家は隣同士であった。弘貴が生まれた数か月後に優海も生まれた為、二人は赤ちゃんの時から一緒だった。常に二人で遊び、幼稚園、小学校、中学校、全て同じ学校へ進み、平日だけでなく休日でもお互い部活動があれば一緒に登校していた。中学二年生の夏、二人に転機が訪れる。

優海の両親が運転していた車が交通事故に遭い、二人はそのまま亡くなったのだ。優海は親せきに引き取られることになったのだが、親せきの住まいが他県にあるため転校することになってしまい、弘貴と離れ離れになってしまう。

生まれたときから弘貴とずっと一緒だった。だから一緒にいるのが『当たり前』だった。急な転校になってしまったため弘貴に会うことが出来なかったことが、優海の心に大きな穴を作ってしまうのであった。それだけ優海にとって弘貴の存在が大きかったのだ。

「中二で転校して、高校、大学と進学しても、弘貴がいなくてすごく悲しかったっけ。」

優海は就職活動で念願だった大手ゲーム会社の内定が決まり、大学を無事に卒業。忙しい日々を過ごしていくうちに、弘貴のことは脳内からフェードアウトしていった。


だけど、神様は意地悪である。

それは、優海が28歳の時の冬。世間は年の瀬が近付く中、優海はその日も終電間際の帰宅であった。日々の疲労が積み重なった重い体を引きずりながら、なんとか自宅の最寄り駅まで戻ってきた。

『ああ~、今日も無事終わった。早く帰って寝よう。あぁ、そうだ。夜ご飯食べ損ねてたんだっけ?う~ん、今日は睡魔優勢だから、ご飯食べなくていいや~。』

そんなことをぶつぶつ言いながら、酔っ払いや風俗店の客引きが多い繁華街を歩いていた。年の瀬のせいか、忘年会を終えたサリーマンの姿がいつもより多い気がした。優海がそんなことを思いながらなんとなく歩いていると、酔っ払いの一人が優海に絡んできた。

『ねぇちゃん、一人?よかったら俺と一緒に飲まない?』

疲れていた優海は酔っ払いの声が全く耳に入らなかった。その為、酔っ払いをスルーして歩みを進めていた。優海に無視され、悔しい気持ちになった酔っ払いは、強引に優海の腕を引っ張った。

『きゃ…!?』

『ねぇちゃん、無視しないでよ。一緒に飲もう?』

『(うっわ、酒臭っ!面倒な人に絡まれちゃったよ…。早く帰りたいのにぃ~、何この人!?)いいえ、飲みません。』

優海は、きっぱりとお断りした。

『そんなつれないこと言わないで、行こうよ!』

『行きません!っていうか、手を離してください!』

『話したら逃げるでしょ~?』

酔っ払いはニタニタしながらそう言った。

『(もう、この人マジでキモい!)当たり前でしょう!いい加減に離して!』

その場に居合わせた人たちは、面倒ごとに巻き込まれたくないせいか、優海と酔っ払いから距離をおき、遠巻きに様子を観察していて、誰も優海を助けるそぶりを見せない。

『(しつこいなぁ。一発殴ってやろうか。)』

優海の左手がグーになったところに、救世主が現れる。

「や…やめろよ!」

酔っ払いと優海と野次馬たちが声のする方角を向いてみると、真面目そうな男性が立っていた。男性は緊張した面持ちのまま酔っ払いを睨みつける。

『ああ!?なんだ、てめぇは!!俺は、これからこのねぇちゃんとイイことするんだから邪魔すんな!』

『か…彼女が嫌がっているのが、わ、わからないのか!?』

『なんだと!?』

男性の言葉に逆上した酔っ払いが優海を突き飛ばし、男性に向かって歩みを進める。

『きゃっ!』

優海はバランスを崩し、道路に倒れてしまう。そんな優海を見た男性は頭に血が上り、酔っ払いにこぶしを向けようとしていた。

『優海に何するんだ!』

『えっ!?(あの人、どうして私の名前をしているの!?)』

その男性は優海のことを知っていた。不思議に思った優海は、男性の顔を観察してみると、フェードアウトしていた記憶がよみがえってきた。

『(あの人、もしかして!いや、まずはケンカを止めないと!)あの…。』

『すみません!こいつ、俺たちの連れなんです!ご迷惑おかけして申し訳ございませんでした!』

『ほら、行くぞ!』

『離せ!俺はまだコイツと決着がついてない!』

『どうも、失礼しました!』

酔っ払いの連れの人たちが優海と男性に深々と頭を下げ、酔っ払いを連れてそそくさとその場を去った。突然の展開に二人とも一瞬茫然としてしまったが、男性が優海に手を差し伸べる。

『大丈夫?』

改めて顔を見てみると、やはり弘貴だった。離れ離れになった当初より顔つきが凛々しくなっているが、所々に面影が残っている。

『…ありがとう。弘貴。』

そう言いながら差し出された手を握り返した。弘貴は優海の言葉に少し驚いている。

『僕のこと覚えてくれていたんだね。』

『止めに来た時、一瞬誰かわからなかったけどね。でも、弘貴、酔っ払いに絡むようなタイプじゃないでしょ?』

『そりゃあ優海じゃなかったら、あんなたちの悪い酔っ払いに言ってやろうと思わない。優海かどうか認識するまで時間がかかったけど、ここで頑張らなかったら二度と優海に会えないような気がしたから。』

『弘貴…。』

『久しぶり。優海。14年ぶりだね。また会えて嬉しいよ。』

『私も…、私も弘貴と再会できて嬉しい!』


「あの後連絡先を交換して、年に何回か会って、いろいろ愚痴を聞いてもらっていたなぁ…。あぁ、そっか…。」

優海はあることに気がつき、心のモヤモヤが吹き飛んだ。霧が晴れたように心は清々しさを取り戻した。そして、いつの間にか運ばれていたハンバーグランチセットを平らげたあと、再びスケッチブックに視線を落としたのであった。

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