第13話 ~決意表明~

あれから、優海とヒロキは何度か街に出かけるようになった。ヒロキは、優海が毎日生き生きと過ごしているのを見れて嬉しかった。一緒にお出かけしたり、絵の練習をしている優海に飲み物を出したりと優海をサポート出来ることに喜びを感じていたのである。


ある日、優海はスマートフォンを見つめていた。

「そういえば、最近、弘貴に会っていない気がする。前回はお酒を飲みすぎて迷惑かけちゃったけど、久しぶりに近況を語り合いたいかも。」

優海は弘貴に電話をかけた。呼び出し音が鳴ってすぐに弘貴が出た。

「優海?どうしたの?」

「あっ、弘貴?今度の土曜日、暇?久しぶりに飲もう!」

「いいよ。どこにする?」

「やったぁ!じゃあ、いつものおやっさんのお店で!」

「うん、いいよ。」

「ありがとう♪じゃあ、18時にお店で。絶対に遅れないでよ。」

「了解。じゃあ、土曜日ね。」

電話が終了し、弘貴は優海の雰囲気に違和感を抱いていた。

「優海、少し変わったかな?あまり感情や感謝を口に出さなかったのに『やったぁ!』とか『ありがとう♪』を言うなんて…。まあ、いいか。」

違和感といえ、優海の変化を悪く思っていなかった弘貴なのであった。

電話を終えた優海。電話をかける前はあんなに緊張していたのに、今は清々しい気持ちになっていた。

「今まで飲む場所は弘貴が決めていたから、なんとなく意見言いにくかったけど…。言えてよかったかも。さーて、もう少し頑張りますか!」

優海は再度自分の世界に意識を集中させた。夜中、ヒロキがまだ明かりがついている優海の寝室をそっと覗いたところ、優海はまだ起きていた。その時、時計の針は午前四時を指していた。


今週もあっという間に時間が過ぎていき、約束の土曜日になった。

待ち合わせの時間に対して15分ほど早くお店に着いた優海は手持無沙汰になったため、鞄からスケッチブックを取り出し、絵を描き始めた。

「(駅ですれ違った女性のスカートのデザインよかったなぁ。今、アシンメトリーのスカートをよく見かけるけど、流行っているのかな?あっ、あの男性のシャツ、デザインが斬新!ただ、プリントされている文字が読めない…。何語だろう?)」

店にいる人たちを横目で見ながら夢中で絵を描いている間に、弘貴が店に向かっていた。

「(まずい!前日楽しみすぎて、眠れなくて、昼寝して寝過ごしたなんて、どこの小学生だよ!僕!優海はどこに座っているかな…。怒っているだろうな…。電話でなかったし、メッセージも読んでいないようだし…。)」

「いらっしゃい!弘貴君!」

「おやっさん、しー!」

「おっと、すまないね。優海ちゃん、一番奥の個室にいるからね。」

「おやっさん、ありがとう。」

個室に着いた弘貴は優海に話しかけようと思ったが、優海は真剣な表情でスケッチブックに何か書いていた。

「(何か書いてるみたい。ちょっと優海の様子を観察しようかな。)」

弘貴は、優海のいる席に向かい合わせに音を立てないように座った。優海は弘貴に観察されているとは知らず、真剣な表情から笑顔になったと思えば、ニヤニヤしたり、しかめ面になったりと、コロコロと表情を変化させていた。そんな優海を弘貴は楽しんでみていた。

「(色々な表情を見れるのは楽しいけど、時間も過ぎているし声かけようかな。)優海。」

「えっ、弘貴!?いつからいたの!?全然気がつかなかった…。」

誰かに呼ばれたような気がして、ふと顔を上げた優海だったが、顔を上げた瞬間、視界が一面弘貴だったことに驚き、物凄い勢いで後退りしていた。

「数分くらい前かな。遅くなってゴメン。」

「(さっき結構距離が近かったけど、弘貴、無意識だったのかな?あれっ、なんかドキドキしてる?)んっ、『遅くなって』って?」

弘貴の言葉に不思議に思った優海は、時計を確認したところ、約束の18時をとっくに過ぎていた。

「あら、もう30分過ぎてる。」

「(あれっ?)」

予想外の優海の反応に弘貴は思わずこう言った。

「電話も出ないし、メッセージアプリも既読がつかないから、優海、かなり怒っているのかなって思ってたよ。だから、怒られるかなって。」

「はは…。集中していて気がつかなかったの。私こそゴメン。」

優海はバツが悪そうに視線をそらしながら言った。

「そういえば、何していたの?」

「あのね、あっ、飲み物が来たよ。まずは乾杯しよう!」

「そうだね。じゃあ、乾杯。」

「乾杯。」

キンキンに冷えたグラスと、水滴がついたグラスが時間の経過の差を物語っていた。


「新しいプロジェクトのキャラクターデザインのコンペに参加する!?」

弘貴は思わず大声を上げながら驚いてしまう。

「うん、そうだよ。」

優海はあっけらかんと答える。

「突然どうして?」

「30歳になってね、自分のキャリアを考え直したときに、このままで本当にいいのかなって思うようになったの。で、本当に好きなことで生きたいなって。それで、何をしている時の自分が好きかを見つめなおした結果、キャラクターデザインにたどり着いたって感じかな。今まで生きるために働いてきたけど、こうして目標が出来てから、すごくドキドキワクワクが止まらなくて毎日がとても楽しいんだ。」

「そっか。優海は新しい人生を見つけたんだね。おめでとう。で、今日僕を誘ったのは、この話をしたかったから?」

「うん。そうだね。改めて自分と弘貴に対して宣誓するためって感じかな。」

「応援しているよ。コンペ通過に向けて頑張ってね!」

「うん。ありがとう!頑張る!」

「じゃあ、優海の新たな挑戦に改めて乾杯!」

二つのグラスの音が優海の挑戦を応援しているような、明るい音に聞こえるのであった。

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