第十一話『再会』
「はぐらかされる前に聞いておきたいんですけどね」
一度口を開いて以来、ずっと黙っていた龍太郎が声を出した。彼はずっとタケルに教える側に立っていた人間なので、誰も気づいていなかったのだが、実は誰よりも自分が感じた疑問を聞かずにはいられない体質なのだ。そのために、"始祖の血"の神を説明する間、ずっと質問をしたくて口がむずむずしていたのだ。
「副長と夜桜さんの関係を聞いておきたいんですが」
「え、嫌じゃ」
間髪入れずに球を打ち返され、そのあまりの速さに質問を拒否されたことに気づくまで数秒を要した。
叔父が驚きのあまり滑稽な顔をしているので、タケルがそれをフォローしようと試みる。
「そ、そんなどストレートに嫌だ、って言われても、龍太郎さんの聞き方が良くなかったの?」
「いいや、聞き方とか、そんな話ではなくての……。話しても信じがたい話じゃから、その時が来れば話すつもりではおるぞ、おぬしらを信用しておらぬとか嫌いだからというわけではない」
夜桜は困ったように眉をひそめながら答えた。どうやらまだ機が熟していないだけのようなのだが、それはいつ訪れるのだろうか。
どのタイミングで、という話には移らなかった。それを切り出す前に、景虎が動き出して、和己の前に目線を合わせるようにしてしゃがんだからだ。
少年は、年上の人間から話しかけられることに慣れているのか、怖気づく様子はない。
「和己くん、自分も怖かっただろうに、私たちに協力してくれてありがとう」
柔らかい笑みを浮かべ、副長が感謝を述べると、少年は嬉しそうに、でもどこか恥ずかしげに、ふんわりと笑った。不思議と、何故かその笑みは景虎の笑みと似ている。
「いいえ、神社に来てくださる方の安全を守るのが僕の役目なので。それに、こちらこそ助けていただいてありがとうございます」
「いい子だね。でも私たちは神様を守るのが仕事だから、助けることは当然だよ」
副長はタケルとミコトに向かってウインクをした。言葉にはしていないが、二人が大活躍してくれた、という意図からだ。
「和己くん、よければ、でいいお願いなんだけどね」
今度は少し困ったような表情を浮かべて、そっと和己の肩に両手を載せた。
「君も神守衆の一員になってくれないか。勿論、君には拒否権もあるからね」
それを聞いたタケルは、思わずぎょっとして龍太郎の顔を見る。彼は、心中を察したかのように、いやらしい笑みを浮かべている。
俺の時と対応が違いすぎませんか。
口の形でそう伝えると、相変わらず笑みを浮かべたままで大げさに肩をすくめてみせた。
要するにタケルのときは、将来の心配もあったためにわざと退路を断つようなことをしたのだが、まだ中学生である和己にはまだ先がある。おまけに『神守衆の存在を知ったからには、一員となるか死ぬか』という究極の二択を迫られたのだが、そもそもここに入ることができる人間というのが、信頼に値するかというのを景虎が見定めて判断するようなので、結界の内側に立ち入ることができる人間は、まず外にここの存在を漏らすことはない、というお墨付きをもらっているのだ。
ちらりともう一人の叔父を見ると、こちらも何がおかしいのか、いつもはあまり見せない含み笑いを浮かべていた。それだけで、ああこの人もグルだ、とわかってしまい軽く絶望した。彼の口が「あとでミートパイを作るので許してください」と動いたような気がするが、さてどうだろうか。
「それは、神様を守るお手伝いができるならそれでいいのですが、僕はみなさんのように"始祖の血"の力が使えるかはわかりませんよ?」
「別に二人のように『神殺し』になれ、とは言わないさ。『神守り』でも『神鎮め』でも、なんならここにいる人たちのように事務作業のようなものに徹してもらっても構わない。どの仕事に就いてもらっても」
景虎はそこで言葉を切って、一瞬だけ夜桜の顔を見る。すると夜桜も笑みを浮かべ、それを見てもう一度和己に向き直った。
「神守衆に入ってくれるだけで、私たちはすごく嬉しい」
その言葉を聞いた和己の耳が少し赤らむのが見えた。嬉しい、だなんて面と向かって言われてしまうと誰だって恥ずかしくなるに決まっている。
彼はその言葉を聞いて心を決めたようだ。
「わかりました。では、これからよろしくお願いします」
そういうと、副長は満面の笑みになった。
「よし、そうか、そうか。では早速試に移ろうか」
「おい虎、待たんか。はやる気持ちはわかるが、皆への報告はもう一つあるだろう」
夜桜の『虎』というのが景虎のことを指している、と気づくのに数秒かかった。景虎が『姉さん』と言っていたので、二人が姉妹だというのはわかるのだが、姉の方は妹を『虎』と略して呼ぶのか、と少々驚いた。
夜桜の声を受けて、副長は立ち上がり、再び全員に向き直った。こちらに向いた顔には笑みはなく、真剣な顔つきに変わっていた。その顔に、その場にいた全員背筋が伸びる。
「
しん、と静まり返った空間に全員が息をのむ音だけが響く。驚いたタケルがミコトの方を向くのと、ミコトが副長に歩み寄るのが同時だった。
「景虎さん、それってもしかして」
「ああ、この方法を使えばミコトの家族も助けられるかもしれない」
その瞬間、ミコトの目から涙があふれる。彼女が泣くのは、家族全員が行方不明になったという知らせを聞いて以来だ。それまで誰に何を言われようと、決して泣くことはなかった。どんな姿になっていたとしても、もう一度家族に会うまでは、くよくよなんてしていられない。その気持ちで、彼女は涙を封印していた。
「教えてください!その方法を、行方不明になっていた人達はどうなったんですか!?」
「落ち着けミコト、その状態だとまともに話は聞けない」
副長はそう言うと、広間にいた隊員の一人に椅子を持ってこさせて、それにミコトを座らせた。その時には、先ほどとはうってかわって、顔にはギラギラとしたものが浮かんでいた。
まるで獲物を狩る猛獣のようだ。
タケルは直感でそう感じた。
「まずは、被害にあった神官たちだ。彼らは皆衰弱していたが、命に別状はない。行方不明になっていた人間は、全員保護された」
ミコトの顔に安堵の色が浮かぶ。自分の家族も、無事でいる可能性が高いことに少し安心したのだ。
「氷室が解決した黒地方の事件っていうと……」
「二か月前の立花家の事件じゃないですか?」
副長が頷く。その事件で間違いないようだ。
「次にその方法なんだが、すまない。これは今すぐには言えない」
「ど、どうしてですか!?」
「一人じゃ無理だからだ。私が今この作戦を言えば、お前は今すぐにでも行こうとするだろう。しかし、お前ひとりじゃ無理だ。あの静ですらギリギリだったというのに、『神殺し』一人でどうこうできるものじゃない、ましてやミコトの家の方が規模は大きい。せめて静が本部に出てこられるようになるまで待たないと……」
「待ってください副長!氷室ですらギリギリって、本部に出てこられるようになるまで、ってどういうことですか!?氷室は大丈夫なんですか!?」
思わず取り乱した龍太郎が、景虎に詰め寄る。咄嗟に竜吾は上着を掴み引き戻そうとしたが、彼に引く気配は全く見られない。
「命に別状はない。ただ、無理をさせたくないから、自宅謹慎を命じているだけだ。"始祖の血"の加護もあるから、明後日には出てこられるはずだ」
その言葉を聞いて、安心したように龍太郎はしゃがみこんだ。その背中を、ほっとした顔つきの竜吾が擦っている。普段は言い合いをしている二人なので、こんな光景を見ることは珍しかった。
「そういうわけで、ミコトの家族の奪還作戦は明後日に開始する。それまで皆、ゆっくり休んでくれ」
最後に副長は、ミコトの顔を見て、優しく、しかし意思の強い顔で頷いて見せた。
それに応えるように、ミコトも力強く頷いた。
紅奇譚 神殺しの物語 末巳 怜士 @Missofish
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。紅奇譚 神殺しの物語の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます