第十話『南蛮屋敷二』

 翌朝、神守衆本部にタケルたちは集まっていた。いつもの神守衆の面々に付け加え、今日は龍太郎と夜桜、そしてなぜか和己も本部に召集され、興味深そうに辺りを見渡していた。そして、ミコトとタケルはというと、昨晩の衝撃が忘れられないでいた。


「夜桜が、景虎さんのお姉さん……?一体どういうことなんですか……?」


 昨晩思わず漏れた疑問に、彼女たちは不敵に笑うだけで何も答えてくれず、このことに関しては叔父二人すら知らないとのことだった。

 例の五角形の机の前で腕を組んでいた景虎が居住まいを正し、口を開いた。


「さて諸君、昨晩は災難に巻き込まれたことにお見舞い申し上げると同時に、よくあの鬼神を追い払ってくれた、感謝を述べよう」


 慇懃にお礼を述べる景虎に、一同は違和感を覚えた。特に以前からここに勤める竜吾と龍太郎は、今回はなぜこんなに頭を下げ、かつ騒動に巻き込まれたことを申し訳なさそうにしているのかわからない。今まで、『神殺し』を遂行したものを個人的に労うことはあっても、関係者全員に言うことは一度もなかった。

 その疑問に気づいていないのか、今度は夜桜が口を開いた。


「おぬしら、神道と"始祖の血"の違いについて知っておるか?」


 そこに立つ全員がその質問の意味を理解できなかった。宗教に関して疎いタケルには余計意味が分からず、神職の二人にもよくわかっていないようだった。

 それもそのはず、この国では太古から神道と"始祖の血"というのは同一視されてきたのだ。しかし、実はこの二つは元々全くの別物である。ともに信仰の始まりというのがアニミズムからくるもので(正確には別物だが、この場合民間信仰も含めるためアニミズムからくるもの、と仮定している)、正確にいつ習合されたのかという記録は残されていないが、政に関する記録が残され始めた頃には、既に習合されていたようだ。

 また、根本的なものが同じであるというところから習合され、"始祖の血"の能力ごとに神道の神々がどの属性に対応するのかというのが見いだされた。例えば、ミコトの生家・西園寺家は天鈿女命アメノウズメを祭神としており、芸能の女神のため、その神に仕える西園寺家は代々"音"の力を継承してきた。また、有名な神で言えば火之迦具土神ヒノカグツチは"火"、建御雷神タケミカヅチは"雷"といった具合に、それぞれに仕える力が決められたのだ。

 このように古代から信仰は習合され、宗教の歴史を教わる際には元から"始祖の血"は神道と同一だったといわれる。それがこの国の通説だからである。だが、実はそれは正しくないという学者も多々おり、この神守衆の中でも神道と"始祖の血"は別物であるとしているが、あまり広まってはいないようだ。

 この話を聞いた一同はあまりピンとこなかったようだったが、夜桜の説明にとりあえずは納得した。筋は通っていたからだ。

 しかし、急に夜桜がなぜこの話を始めたのかはわからなかった。少々せっかちな龍太郎が、それはどう関係あるんだ?と言いながら先を促した。


「神道には始まりの神がいるのは知っておるじゃろ?」


伊邪那岐命イザナギ伊邪那美命イザナミ、それより前になると別天神ことあまつかみ造化三神ぞうかさんしんですね」


天之御中主神あめのみなかのぬしのかみ高御産巣日神たかみむすひのかみ神産巣日神かみむすひのかみじゃな。それだけでなく、外つ国の宗教にも全て始まりの存在はおるじゃろ?」


 そこまで言われると、質問した竜吾には彼女がなにを言いたいのかが理解できた。


「"始祖の血"にも、がいる、ということですね。そしてその、始まりの存在というのが」


「そう、随分と遠回りしてしまったけど、先日のあの少女なんだよ」


 景虎がようやくたどり着いたことに、満足して頷きながら言った。

 それを聞いて、ミコトは昨日感じた疑問にようやく納得がいった。あの鬼神の少女に見覚えがあるはずがないのだ。"始祖の血"だけの神がいる、という話は今まで聞いたことがなかったからだ。

 話の主導権は、割り込んだ景虎から再び夜桜に戻される。


「しかも、"始祖の血"の神は彼女だけではない。全員で三神である、という話じゃ」


「三神……、もしかして残りの二柱も同じような存在とか?あっ、でもあの神様は元からあんな感じなんですか?それとも、今起こっている事件みたいに荒魂に変化してしまったんですか?」


「ううん、質問が多いのう。とりあえず答えられる分は順に答えていくから待っておれ」


 和己の食ってかかるような質問に夜桜は困った顔つきになる。だがその中に、まんざらでもなさそうな色も浮かんでおり、何故か隣の景虎までもが嬉しそうな顔をしている。


「まずは残り二柱の存在じゃな。"始祖の血"の神はそれぞれ、"一ノ神いちのかみ"、"二ノ神にのかみ"、"三ノ神さんのかみ"と呼ばれておる。その中で昨日の少女は"三ノ神"と呼ばれる存在じゃ。三番目はこうやって積極的に動き回っておるが、残り二柱は現在行方不明といったところじゃな」


 夜桜は困ったように眉間をもみながら続ける。


「元からあのような存在か、という質問には、よくわからないと答えるしかない。文献を読む限りでは、"三ノ神"と呼ばれる存在は元々荒ぶる神だったと書かれておるし、"一ノ神"”二ノ神"にはそういった記述はない。三神とも荒魂であるとも言えぬし、和魂であるとも言えぬ状態じゃ」


 一通り和己の質問に答え終わり、あの少女が何者なのかというのは理解できたが、まだいくつか疑問が残っている。

 まず、なぜ彼女は社の中に入って結界を張り、博己の周りを歩き回っていたのか。

 それに対する副長の見解は、博己の体を乗っ取ろうとしているのではないか、とのことだった。それを邪魔されないためにあの強力な結界を張ったのだろう。

 だが、なぜ彼女が体を乗っ取ろうとしているのかについてはわからない、と言っていたが、何かを隠しているようにも見えた。

 夜桜が言っていた、招きさえすれば中に入れるというのも、少女が"始祖の血"の神であるからだ。この国に由来をもつ神であれば、結界の中には結界そのものを解かなければ入ることはできない。しかし、由来が不明な彼女は結界を張った人間が招き入れてしまえば中に入ることができる。勿論、神守衆の本部も例外ではない。

 正体のわからない"始祖の血"の三神、得体のしれないものにただ言葉を失うしかできなかった。


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