第七話『非常事態』
「お二人は、この神社の境内にいくつお社があるか知っていますか?」
先頭を歩く和己は、振り返って二人に質問する。後ろ向きで歩き続けているので、転ばないかどうかハラハラしながら見ているのだが、彼は器用に後ろ歩きを続ける。人通りが少ない道なので、ぶつかる心配はないのだが、それにしても後ろに目がついているように歩き続けるのだ。
「藤宮神社がかなり大きな神社だ、ってことは知っているけど、お社の数は聞いたことないなぁ。十社くらい?」
「お社の数を覚えているのは、神職に携わっている人間だけですよ。タケルさんはどうですか?」
「うーん、普通の神社がどれくらいあるかわからないけど、ミコトと同じ十社くらいかな?」
「二人とも十社ですね。では答え合わせにいきましょう」
和己がくるりと回り、顔を真っ直ぐ進行方向に向けて歩き出した。その先にあるものを見て、二人はあっ、と思わず声が出た。
もう三人の目の前には、いくつもの社が鎮座していた。端から数えると、ちょうど十二社、二人の予想は早々に外れてしまった。
十二、という数を数えたところで、タケルはあることを思い出した。
「もしかして、"始祖の血"の数?」
「そうです、もしかしなくても"始祖の血"の数です」
和己が得意気に笑う。その顔があまりにもいじらしいので、二人はしばらくほっこりとしていたのだが、ミコトがあることを思い出した。
「ここにお社があるってことは、かみさまが誰か祀られているってことでしょ?でも、私の知っている"始祖の血"にまつわる物語では、特定のかみさまらしきものは出てこなかったはずだけど」
「俺が聞いたやつも、なんか一族ごとに力を持っていたとか何とかで、その力の根源というか、始祖の中の始祖?的な話は聞いたことがない」
二人が質問すると、少年は説明しますので右手のお社から順番に見ていきましょう、と言って二人を社の前に招いた。
社には『氷の社』と書かれた札が下がっている。この社が、静の使っている"氷"にあたる社なのだろうか。
「この『氷の社』には、かつて氷の使い手だった人々の霊が祀られています」
そのまま左にひとつずれる。そこには『風の社』と書かれていた。"風"というのは初耳だったが、おそらく七賢の一つなのだろう。
「こちらの『風の社』には、かつて風の使い手だった人々が祀られています」
二つ目の社でも、ほとんど同じ説明をされると、さすがに残りの社に祀られているものも容易に想像できた。
「ここは、"始祖の血"を引く人間の、祖先信仰のお社なのね」
ミコトの答えに、和己は首肯する。言葉で言われると、タケルでも納得できた。
一族の指針となる神がいたかの有無こそわからないが、"始祖の血"というものは基本的に一族単位の話である。そのために、それが信仰の対象となる場合は、必然的に古来よりその能力を使ってきた自分たちの祖先に集まるというもの。
社の周りには、一般の参拝客の姿も見えた。普通にお社に参拝しているところを見ると、この"始祖の血"にまつわる話とは、ある程度の一般常識であることに間違いはなさそうだ。
ただ、神守衆の人間と違うところといえば、その力を持つ人間が実際にいるのかいないのかというのを、認識しているか否かというところだろう。
今社の一つに頭を下げているご老人も、"始祖の血"に話をおとぎ話の一つであると認識しているはずだ。実際に力を使える人間がすぐ隣にいるとは、露にも思わないだろう。
「そういえばさ、七賢の一つになんの力だったかわからないものがあったよね。あの社もあるの?」
「『秘の社』のことですね。この社の一番左手にあります」
案内に続いて左端の社の前に立つと、確かにそこには『秘の社』と書かれていた。
和己の解説によると、これらの社が建立されたのは二百年ほど前だという。そのころにはすでに"始祖の血"はおとぎ話の存在になっていたという。しかし、かつてその力が実在したというのは確かだったため、その祖先の霊を信仰するために有力者たちがこの社を建てたのだという。
力を持つ者は、積極的に農民たちに力を貸してどのような能力がかつて存在したのか、という話が伝わっていたので、十一社はそれぞれの名前にちなんだ社を建てることができたという。
しかし、問題が十二番目の力である。彼らの一族は、基本的に他所に力を貸すことはほとんどなく、一族の長がこのものになら仕える、と決めた存在にのみ力を貸した。忍のような一族であった、というが実在したのかは確認されていない。
ただ、記録として残されているのが、長が仕えると決めた人間の周りでは、敵対したものが不審な死を遂げているために、実在していたのではなかろうかと言われている。
また、古代の記録上にも『力をもつ一族は全部で十二存在する』と書かれている以上、どんな能力かが不明だとしても、存在したことだけは確かなようだ。
「最近の学者さんでは、倭国を統一した藤原家や敵対していた山縣家に仕えていた、という説を発表している方もいますね」
「権力者に使える一族……ってところかな?もし今もいるのなら、この国の大臣とかに仕えているとか?」
「まさか。現代になってから権力をもっている人間が不審な死を遂げた、だなんて話は聞いたことがないですよ」
もしかしたら、他の一族と同じ様に散り散りになっているのかもしれないし、一般市民に紛れて普通に生活しているのかもしれない。いつか自分たちの力が再び必要になることを祈って。
だが、もし彼らが再び活躍するときが来るとすれば、この国が荒れたときの話だろう。そんな未来は来てほしくない、というのがタケルの感想だ。
タケルは並んだ社の一つ、『闇の社』と書かれた社の前に足を止める。
ここに自分の祖先が祀られているのだろうか。
かつて自分が持つ"闇"を思うがままに操り、人々の生活を豊かにしてきた人物がいるのだろうか。
しばらく眺めていたところで、さて、と和己が声をかけた。
「先ほどのクイズの答え合わせといきましょう。お二人は十と答えましたが、ここにあるお社だけでとっくに十は超えています」
「和己くんと出会った『藤の社』も含めると、全部で十三社?」
「惜しい。境内の外れにもう一社『日の社』というのがあって、それを含めて全部で十四社です」
外れ、と言いながら和己は社を背にして真っ直ぐ正面を指し示した。上空から見るとここの社と対になっている造りなのだろう。目を凝らしてみると、そちらの方向がここよりも、ぼんやりと明るい。
「さっき言った弟の行事は、あのお社で行われるんです。なので今日はかなり人が多いのですが、お二人は僕の招待客ということになっているので、近い場所で見ることができますよ」
突然の招待客発言に二人とも驚いた。友達の家に遊びに来た程度の感覚だったのに、和己曰く特等席を用意してもらったらしい。
なにそのVIP待遇のようなものは、と質問すると、
「元々父に『友達を招待していいよ』と言われていたので、その枠を使わせてもらっただけですよ?」
と首を傾げて答えた。そういうことじゃなくて、友達の家に遊びに行ったらお客様のような扱いを受けてしまった、という感覚を伝えたかっただけなのだ。
それを言うか悩んでいる間に、なにやら周りが騒がしくなっていることに気がついた。
いつの間にか社の周りに人が増えている、というより先ほど紹介された『日の社』がある方角から人が流れてきているように見える。
その人々は何やら不安げな顔で、時々自分たちが来た方向を振り返りながら足早に立ち去って行く。その不審な行動に三人は不安を覚えた。
タケルが不安げに呟く。
「なにか向こうの方であったのかな……」
「わかりません。ですが放っておくのもよくなさそうです、僕が様子を見てくるのでお二人はここで待っていてください」
和己のその提案を、だめだよ、と言ってミコトはねのける。
「なにがあるかわからないところに、和己くんを一人で行かせられない。私たちもついていく」
「で、でも、お二人は僕の、いえ、この神社の招待客となっているので怪我をさせるわけにもいかないので」
「ああ、それなら大丈夫だよ」
ミコトはニッと笑うと、首から下げていた徽章を服の内側から取り出して和己に見せた。一瞬それは見せていいものなのか、とタケルは悩んだが、そもそも神守衆というのは神職の補佐的役割を果たす組織なのだ。神職に就く人間ならば存在を知っているはずなので、隠す必要などない。その結論に達して、タケルも同じようにして首から下げた徽章を見せた。
「薄青は小仁を示し、小仁は『神殺し』を示す。神守衆小仁が位、西園寺ミコト、錦小路タケルが力をお貸ししましょう」
ミコトは慣れた口調で名乗りを上げる。この名乗りはタケルも練習させられたが、まだ噛まずに言える自信がなかったので、ミコトが全部言ってくれて助かった。
和己は目の前に示された徽章をじっと見つめている。だが、それも一瞬だった。彼は神職に就く人間、それが何を意味するのかは一瞬で理解した。
「わかりました、ではよろしくおねがいします」
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