第六話『藤宮の祭り』

 祭り当日、藤宮神社はたくさんの人で賑わっていた。この神社では、『魂迎え』の祭りが最大規模の行事であると同時に、近隣に住む人々の信仰の対象がこの神社であるということから、多くの人が集まるのだ。

 それと同時に、この祭りには、大きな目玉があるらしい。祭り期間の五日間のうち、初日と最終日に行われる『神輿下り』と『神輿上り』である。なんでも、『藤の社』と呼ばれる場所に祀られている神を神輿に乗せて、猛スピードで駆け下りて、また上ってくるという迫力溢れるものらしい。この光景を見るために、全国から人が集まり、奥の院までの参道の脇が、人垣になる。

 タケルたちが訪れたのは、祭りの中日、つまり三日目である。本来なら、先ほど言ったように初日と最終日が一番盛り上がるのだが、人ごみが苦手なタケルがその日は無理だ、とはっきり拒否した。

 どうやら、写真の光景だけで酔いそうだったらしい。

 かくして和己の招待に応じ、藤宮神社までやってきた二人であったが、数日前に訪れたときと違うところが、


「ほう!儂が前に訪れたときよりも、随分と様変わりしておるのう!」


 夜桜がついてきていることだった。

 先日、『藤の社』を訪れ、『名前が不明で、建立に携わった人間がいること』『ミコトの先祖らしき人の名前があったこと(これは、ミコトが家で確認しなければわからない、とのことだった)』ということが判明した、という報告を、訪問するように助言した夜桜に報告したときのこと。


「なるほどのう、儂が言った通り何かしらの情報が得られたじゃろ?」


「まあ、一応。でも、これが錦小路であるっていう証拠はどこにもないんじゃないですか?」


「あるさ!儂がこの目で文書に名前が書かれているのを見たことがあるからのう!」


「ええっ!初耳ですよ!?なんでもっと先に言ってくれないんですか!?」


「やかましいわ!儂だってさっき思い出したばっかりなんじゃ、この頭の中には五百年分の記憶が詰まっとるんじゃ。そう簡単に思い出せるわけがなかろう!」


 老人扱いをすると不機嫌になるのに、自分から長い間生きている(?)アピールするのはいかがなものか。自虐で使うには構わないが、他人にそれをいじられるのが嫌なだけなのだろう。


「それで、刀はあったのか?」


「刀?」


「そう、刀……。ま、まさかおぬし……」


 夜桜の顔がみるみるうちに青ざめていく。突然刀、と言われてなんのことだかわからなかったタケルも、その反応を見て、ようやく彼女の言わんとしていることを思い出すことができた。自分の顔からも、サッと血の気が引くのを感じた。


「おい、その反応からすると、すっかり、きれいさっぱり、忘れておったようじゃな?」


 タケルはただ、無言でガクガクと首を振るしかできなかった。

 その後、なんのためにおぬしらにあの場所に行かせたと思っておるのじゃ、と怒られたことは言うまでもないのだが、今日、祭りに誘われたという話の下りになると、表情を一転させて、儂も行かせろ、と懇願してきたのだった。

 十中八九、二人が刀の存在を忘れていたために、自ら探しに行こうという魂胆なのだろうが、敷地内に踏み入れてから数十分、離れて社の方に向かおうとする気配はなかった。

 和己からは、境内を案内したいので、十八時に社務所の前で待っていてください、と言われていた。そのため、少し早めに着いた一行は、社務所から少し離れたところで待機しているのだが、ミコトが夜桜はどうするつもりなんだろう、という質問が飛んできた。


「和己くんが見たらびっくりしちゃわないかな」


「確かに。でもまず、見えるのかな?」


 というのも、ここに来る途中から今待機している間も、夜桜は二人の隣に姿を現し続けているが、その近くを通る一般の参拝客が、彼女の姿を認めることはなかった。

 これが二人だけにしか見えていないということは、ありえない。まず、夜桜と出会ったのが、タケルと竜吾の二人で任務にあたっているときで、竜吾には見られている。また、うっかり姿を現していた時に、龍太郎にも目撃されたということなので、少なくとも二人以外の人間に目撃されたことはある、という結果は残る。

 ただ、もし彼女が、意図的に何かしらの術を使っているのだとしたら、他の人には見えないという理由には納得がいく。その、他の人という括りの中に、果たして和己も入っているのだろうか。


「すみません、お待たせしました」


 声をかけられて慌てて周りを見ると、社務所から出てきた和己が、こちらに駆けてくるところだった。


「こんばんは、和己くん。さっき来たところだから大丈夫よ」


「こんばんは。そうですか?……おや」


 挨拶を返したところで、和己が宙を仰ぐ。その目線の先が、何を捉えているのかは、見なくてもわかる。

 彼の表情だけを見ていると、最初は不思議そうな顔をしていたが、やがてふわっとした優しい笑みに変わった。


「なんだか、不思議なお客さんを連れていらっしゃいますね」


「……ひょっとして、見えてる?」


 おそるおそるタケルが尋ねると、少年はかぶりを振った。


「いいえ。ですが、そちらになにかいらっしゃるのは、気配でわかります。悪しきものではありませんし、なんというか桜の精のような気配、ですね」


 なぜだか、和己は頬を赤く染めて、ふわふわと笑っている。その表情を不思議に思いつつ、桜の精のようだと言われた少女を見ると、彼女もまた笑っていた。

 ただ、今まで見たことのない、慈しみに満ちた、聖母のような微笑みだった。

 驚いた二人が、思わず口を開けて眺めていると、その視線に気づいたのか、聖母からいつもの表情に戻った。しかし、どこか嬉しそうで、普段よりずっと優し気だ。


「では、儂は社の方に行ってくるぞ。用事が終わったら勝手に帰るから、おぬしたちも満足したら、勝手に帰ってよいぞ」


 夜桜は、それだけ少々早口気味に言うと、姿を消してしまった。背中で、「あ、消えちゃいましたね」という和己の声を聞く。


「急に消えちゃいましたけど、怒ってました?」


「怒ってはないと思うよ。寧ろ、嬉しかったんじゃないかな?なんでかはわからないけど」


 ミコトが答えると、それならよかったです、と少しだけ寂しそうに呟いた。


「さて、境内をご案内しましょう!今年は特別な年なので、みんな気合が入ってるんですよ!」


「そうなの?あ、でも言われてみれば確かに。毎年使う飾りよりは、豪華な造りになっているね」


 辺りを見渡して、ミコトが言う。流石は神職の家の子、といったところだ。お祭りに初参加のタケルには、どこが違っているのかが全くわからない。


「この造りだと、当代初めての何かが行われるときじゃなかった?」


 なぜ造りから、そんな情報が読み取れるのだとタケルは思わず目を剥く。それにも十分驚きなのだが、造りによって意味合いが違ってくるというのも初耳だった。

 後からミコトに聞くと、基本的に祭りの時の装飾は決まっているらしいのだが、神職の家に特別なことがあるときにだけ、微妙に変わってくるらしい。

 例えば、灯篭の絵柄が変わっていたり、特別な幟が立っていたり、場所によっては、神職が纏う装束も豪華になるところがあるようだ。ただ、これは、昔からある風習ではなく、ある期間にほかの宗教と混ざったことにより、生まれたものらしい。

 このときの飾りは、灯篭に家紋が描かれたものが、普段より多かったために、なにかあるのだな、と判断したようだ。


「流石ミコトさん、正解です。今年のお祭りは、当代初の元服として、僕の弟がご先祖様に挨拶するんです」


 なるほど、と一瞬納得しかけたが、疑問が浮かぶ。それを口にしていいものなのか悩んでいる間に、先に和己が口を開いた。


ですよね?理由は、ただ僕がだからですよ」


 和己はなんてことないですよ、とさらりと言った。まるで今日の晩御飯はカレーではありません、カレールーを買ってませんからとでも言うような、軽い口調だった。

 実際タケル自身も、似たような境遇なので、何を言われたら気分を害するかというのは身に染みてわかっているので、何も言えなかった。彼自身も、ある意味これは仕方のないことだと割り切ってはいたし、声音から和己もある程度割り切っているというのは感じ取れた。


「ああ、ごめんなさい。こんな空気にするつもりじゃなかったんです……」


 和己が慌てて取り繕ったが、二人は上手く笑えなかった。


「そんなことよりも!行きましょう、見せたいところがたくさんあるんですよ」


 少年は二人の手をとると、少し速足で歩き始める。その顔は、兄と姉と出かけた弟のように、実に楽しそうに笑っていた。

 強いんだな、この子……。

 ミコトは心の内でそっと呟き、その笑顔に答えるように、優しく笑ったのだった。


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