幕間『■■神社』
神社の社の前で一人の少年が、せっせと箒を動かしている。社殿は立派なものであるが、なぜか参拝客は一人もいない。
ふう、と少年は一息ついて天を仰ぐ。今日もどこまでも澄み切った青空が広がっている。少年はこの青空が大好きだ。自然と口角が上がり、よし、と気合を入れなおして再び箒を動かし始める。
参道に突然風が巻き起こる。その風が、少年が集めた落ち葉を辺りに散らせてしまう。
「もう、いじわるな風さんだなぁ」
少年は風に文句を言う。しかし、すぐに文句を言っても仕方ないと、再び落ち葉を集め始める。
そんな時、ふと視線を感じて顔を上げた。見ると、境内の入り口に少年と同じくらいの年ごろの少女が立っていた。その少女は、鳥居の向こう側に立っているだけで、こちら側に歩いて来ようとしない。
もしかして迷子なのだろうか、と少年は考える。この神社は、今は閑散としているが、年に一回のお祭りの時だけたくさんの人が押し寄せる。そんな時、小さい子がよく迷子になるのだ。人が多いというのも原因の一つだが、一番の問題はこの神社が少し複雑に入り組んだ形をしているからだ。
もちろん祭りがない時期にも時々観光客は来る。おそらく、観光しに来た家族連れで、女の子だけ親とはぐれてしまったのだろう。そう思って少年は少女に近づく。
「君、もしかして迷子?」
そう話しかけたが、少女は何も言わない。どうしたの?と再び声をかけても、一切反応がない。外国人には見えないから、もしかしたら耳が聞こえないのかもしれない、少年はそう判断すると普段から観光客のために持ち歩いている、筆談用のメモを取り出した。もちろん耳が不自由な方のためというのもあるが、あらかじめメモに書いてある単語や文章を指さすだけで、外国の方ともコミュニケーションが取れるので重宝しているのだ。
メモはすぐ取り出せたものの、ペンをどこにしまったか。装束のあちこちをごそごそやっていると、少女が鳥居をくぐろうと足を踏み出した。
そういえばどうしてこの子は、鳥居の向こうに立ちっぱなしだったのだろう。少年がそう思いながら、少女の行動を眺めていると、鳥居をくぐり抜けようとした少女の体が、見えない壁にぶつかった。
「えっ?」
少年は驚いて声を上げる。おかしい、確かにこの神社の鳥居にも結界は張ってあるが、人間はなんの問題もなく通れるはずだ。もし潜り抜けられないものがいるとすれば、招かれざる客、そう悪しき力を持つ者のみだ。
少女は少年の驚いた声が聞こえたようで、メモを握りしめたままの彼の顔を、ゆっくりと見上げる。そのとき初めて少女の顔を、はっきりと見ることができた。顔のつくりは、この国の人間となんの変わりのない顔である。ただ、一つだけ違ったのが、彼女の瞳は燃えるように真っ赤だった。
少年は驚いて目を見開く。その顔を見た少女は、面白そうに、愉快そうに、そして気味悪く、ニタァと笑う。そして少年が、瞬きした刹那、少女は忽然と姿を消した。
鳥居の前に、メモを握りしめた少年だけが残された。足元をカラカラと、落ち葉が舞う。
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