第十一話『提案』

「はいはい、反省会は後で一人でやって頂戴な。今話しているのは、あくまでタケルくんがメインのお話でしょ?」


 そう言って静が龍太郎の頭を小突く。小突かれた側は、今回はいつものように食ってかからず、小突かれたところを擦っただけだ。その反応が気にくわなかったのか、今度はわき腹をつついた。すると、今度は「ひゃあ!」となんとも情けない悲鳴を上げて、地面に崩れ落ちてしまった。

 タケルは思わず肩を震わせる。彼は叔父が実はわき腹が弱いということを知っていたのだが、まさか静も知っていたとは。ぽかんとしているミコトをよそに、静も上品さを忘れて大爆笑している。

 

「くっそ……、覚えてろよ……」


「はいはい、ところで聞きそびれていたのだけど、二人はタケルくんのお父さんのことを知ってどうしたいの?」

 

 睨みつける龍太郎を無視して、居住まいを正して静が改めて問う。元はと言えば、うっかり漏らしてしまった彼女が事の発端なのだが、なぜここまでミコトが食いついてきたのかを聞いていない。

 そのことを告げると、タケルとミコトは顔を見合わせて頷き、話していなかったことを話すと決めたようだ。


「実は、タケルと私の瞳がどうして赤いんだろうって話になって」


「それで、父さんの顔を見たことがないって話をしていたから、どうにかそのことを聞き出せないかな、って少し前に話してたんです」


「瞳?」


 静はそう言うと、まだ地面に転がっている龍太郎の顔をなぜか覗き込んだ。どうやら彼の瞳を確認しているようなのだが、二人の瞳の話をしていたのに、なぜ彼の瞳を覗き込む必要があるのだろう。そう考えている間に、今度は二人の瞳の色も確認しに来た。石段に腰掛けている二人の顔を、しゃがんで確認する。


「ほんとだ、赤いね、瞳」


「えっ、もしかして気づいていなかったんですか?」


 ミコトの問いには答えず、静は振り返って龍太郎に話しかける。彼もようやく起き上がったようで、服についた砂を払って落としていた。


「私、お兄さんには会ったことないけれど、どんな瞳だったの?」


「兄貴か?俺たちと変わらなかったはずだけど。……いや、ちょっと待てよ」


 そう言うと龍太郎は何かを思い出そうとしているのか、腕を組んで考え始める。

 タケルは初めて父親の瞳が、叔父たちと同じような色をしていたと知って驚いていたのだが、それ以上に彼が今何を思い出そうとしているのかが気になっていた。父親が同じ色の瞳だったということであれば、事実が分かっただけでという問題の解決には至っていない。しかし、何かが引っ掛かっているのであれば、それがこの問題を解く糸口になるかもしれない。

 あまりに考える時間が長いので、しびれを切らした静が言うなら言うで早く言いなさいよと言って、頭を小突く。実は言いたいことはとっくに思い出していたのだが、言ってしまっていいものなのかという悩みで考え事をしていたのだ。タケルにはそれはわからなかったのだが、静はとっくにそれを見通していた。

 そして意を決したように、ようやく口を開いた。


「兄貴は俺たちと同じ色の瞳をしていた。でも親父、お前のじいさんは赤い瞳をしていた、ような気がする」


「は?何よそれ、気がするって」


 再び静が食ってかかろうとすると、龍太郎はまてまてと言いながらそれを制止する。


「仕方ないだろ、俺が小さい時に親父は死んだし、それに普段から目元を隠していてよく見えなかったんだからさ」


 それほんとでしょうねと食い下がる静に、仕方ねえだろと龍太郎が返す。龍太郎の父親、つまりタケルの祖父だが、その存在について彼は先祖の名前が記された文書の中でしか知らない。だが、先祖に興味がなかったので名前は鮮明には覚えていない。おまけに、彼らの家の祭壇には写真が存在しない、仮にあったとしても時代が時代なのでカラー写真で瞳の色を確認することは不可能だろう。

 初めて知った事実の衝撃と、考えこんでしまったタケルを心配して、ミコトが顔を覗き込む。その視線に気づいたタケルが、あっと声を上げる。


「俺の瞳の影響は、その……おじいさん?の影響だとしても、ミコトの瞳が赤い理由はまだわからないままだね」


「ん?ああ、まあ確かに」


 タケルとしてはそこそこ衝撃的なことを言ったつもりだったのだが、予想に反してミコトの反応はドライだった。というのも、この時ミコトは、タケルの瞳が祖父からの隔世遺伝だとすれば、自分が知らないだけで祖先に赤い瞳を持っていた人間がいたのかもしれない、と考えていたからだった。もしそうだと仮定して昔の記録を当たれば、何かしら出てくるかもしれない。彼女の家は伝統的な神職の家なので、ある程度の記録は残されている。

 二人は赤い瞳について知りたかったのに、なんとなくあっさりと解決してしまって、安堵する反面、少し物足りないような気がしていた。そんな時に、龍太郎がある提案をした。


「なあ、タケル。お前が良ければでいいんだが、祖先のこと、兄貴のことを調べてみないか?」


 タケルが驚いて龍太郎の顔を見ると、その顔は真剣そのものだった。実を言うと、彼も祖先のことについて、ほとんど何も知らなかったのだ。それも、全て竜吾が処理してしまっているからであり、彼はそのことに関しては、一切弟には触らせなかった。そして何より気がかりだったのが、


「見つかっていない兄貴の遺体のことだ。一応遺体なしで葬式のようなものは上げたが、自分で兄貴は死んだと言いながら、文書にも墓碑にも名前を刻まない。あいつが何を考えているのか俺にはわからないが、何かを隠したがっているのは間違いない」


「それは……確かですけど、最初の静さんとの件で竜吾さんすごく怒ってたみたいだたら、あまり嗅ぎまわるのは良くないんじゃ……」


「まあ別に強制はしない、とだけは言っておくぞ。それに、もし本気で調べたいとなれば、バレないよう手回しすることもできるし、仕事に影響が出ない範囲で手伝いもする。どうだ?」


 そう言って、彼はタケルの前にしゃがみこみ、ジッと目を見つめた。

 正直タケルはこの時まで、はいと返事をするか悩んでいた。一番の気がかりは竜吾のことだ。彼がここまで何かを隠しているのなら、隠さざるを得ない理由があったことぐらい簡単に予想がつく。もしそれが、タケルや龍太郎に対して心配や迷惑をかけさせないためという理由であれば、秘密を暴く行為は竜吾を裏切ることになってしまうからだ。

 しかし、龍太郎の目を見た瞬間にタケルの考えは変わった。彼の瞳は、悲しそうな色をしていたのだ。タケルは、他人のこの目に弱い。なぜこんな目をしているのだろう、別れも告げず何年も帰ってこない兄を心配する感情からくるものなのか、それとも自分一人で背負い込もうとする兄を懸念しているからなのか。


「わかりました、俺やります」


 タケルがそう言った瞬間、龍太郎が嬉しそうに笑った。そうだ、この人には笑った顔が一番似合うのだ、彼にあんな愁いを帯びた表情は似合わない。これからの苦労を考えれば、気持ちが沈んでしまいそうだったが、他人の笑顔を見るとタケルのそんな感情はどこかに吹き飛んでしまった。


「よし、じゃあそうと決まれば体力をつけるために、今晩はなにか美味しいものでも食べに行くか!」


「えっ、でも今日は竜吾さんが美味しいもの作って待ってますねって……」


 ミコトが驚いて言うと、じゃあ竜吾も誘うか?と提案する。もし本当にそうすれば、食事の準備を始めてしまった竜吾は烈火のごとく怒るだろうな、とタケルは想像して苦笑いする。烈火のごとく、とは言うが彼の怒りは静かなものなのだが。

 

「今晩じゃなくても、今はまだお昼時よ。お昼ご飯になにか美味しいもの食べさせてあげればいいじゃない」


 腕時計で時間を確認した静が呆れ気味に言う。実際、まだ時間はお昼を少し回ったぐらいだ。じゃあそっちほのうがいいや俺竜吾に怒られるのだけは嫌なんだよね、とさっきの威勢がどこかに消えてしまったように龍太郎が呟く。

 じゃあ車を取って来るから待っててちょうだい、と言って立ち去る静の背中を眺めながら、自分の祖先について調べるとなにがわかるのだろうという期待と少しの不安で、タケルの心は満たされていた。

 

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