第八話『秘密の特訓二』

 タケルは目を閉じる。

 視覚から得られる情報を強制的に排除すると、普段は聞こえない木々のざわめく音、鳥の鳴き声、ここから少し離れたところにある川のせせらぎすらも聞こえてくる。

 一つ、二つ、深呼吸をして心を落ち着ける。

 心に思い浮かべるのは形ある闇、なんの形にするべきかはわからないが、自分の好きな物の形を思い浮かべる。

 そして自分の胸の前で、祈るような形で手を組む。そして、手の内にくるんだ宝物を見せるように、ゆっくりと両手を開いた。


「ほう、今度は上手くできたのぅ」


 夜桜のその言葉に、タケルは目を開いた。

 最初に目に入ったのは、微笑みながら頷く夜桜、しかしその目線は、タケルの手のひらの上にあるものに注がれていた。

 タケルもゆっくりと、手のひらの上に目線を下ろす。そこには『闇』の力を使って生み出した林檎が載っていた。

 よかった、そう呟いて息を吐き出す。一度休憩を挟んだはずだったのだが、タケルの顔には玉のような汗が滲んでいた。


「しかしまぁ、不思議なものじゃの、刀や槍を生み出せと言ったら不完全なものを生み出すのに対し、それ以外のものであったら容易く生み出すんじゃからの」


 夜桜の言葉に、タケルは、はぁ、と力のない返事をした。それもそのはず、言葉の通りタケルは『闇』の力を使ってを何一つとして生み出すことが出来なかったのだ。

 まさかおぬし、現物を見ておらぬから想像することが出来んのか?といった夜桜は、自分の持つ力で形だけは限りなく本物に近い形の木製の武器を生み出し、最終的にはたった今森から拾ってきたような枝を見せてこれはどうじゃ?という始末だった。

 そこまでやっても、タケルは武器どころか、他人を傷つけることが出来るような道具を生み出すことは出来なかった。

 そうしているうちに、ミコトが武器以外はどう?と声をかけた。

 最初の内は何度か失敗したが、やっていくうちにコツを掴んだようで、果物や野菜といったものの形を持っている闇の形を作り出せるようになっていった。

 しかし、タケル自身にもなぜ武器を生み出すことが出来ないのかはわからなかった。心の中で武器の形を想像することは容易いのだが、自分の手のひらから生み出すことは出来なかった。

 先程の『内なる力』というものが関係しているのだろうか、とも思ったのだが、ただ言い訳をしているようにしか思えず、タケルから口にすることは無かった。


「さて、武器の一つも生み出せんということは、問題があるのぅ、この先おぬしは戦うことは出来んぞ」


 そんなことを言われても、と反論したい気持ちをタケルは抑える。

 自分がやります、と言った以上、この仕事を投げることは出来ない。それに、静との約束、彼女が「可」と言えば今まで知らなかった父親についての情報が得られる。そのためには、二人がかりで静を倒さねばならない、最悪戦うのがミコトだけとなってしまっても、後方支援は絶対にやらなくてはいけない。

 その焦りが、タケルのものを生み出す力を抑えつけてしまっていることに、彼は気づいていなかった。

 何も言い返せず、タケルが俯いてしまったところで、夜桜が再び口を開いた。


「まぁ、仕方ないのぅ、作戦変更じゃ」


 タケルは驚いて、えっ、と声を上げる。それはいつの間にか側に来ていたミコトも同様だった。

 二人は何故か得意気に笑っている夜桜の顔を食い入るように見つめる。


「何をそんなに見つめておる、儂はどこにも消えたりせんぞ、少々待っておれ」


 そう言った夜桜は、右手のひらを開いて自分の前に突き出す。『木』の力で何かしらの武器でも作り出すつもりなのだろうかと、タケルは思ったが、それは大外れだった。

 手のひらの前に、蛍のような淡い光が集まり、形となっていく。集まった光は横にどんどん、どんどん伸びていきやがて幼子の身長程の長さになった時、成長が止まった。

 そして、夜桜がそれを手に掴むと、布を一気に取り払った時のように、淡い光はたちまち消え、残っていたのは、少し古びた太刀だった。

 何が起こったんだと呆気にとられている二人をよそに、夜桜はたった今目の前に現れた刀を品定めするような目付きで眺めていた。刀を両手に持ち、裏を返したり、鯉口を切って刀身をしばらく見つめていた。


「かなり長い間使っておらんかったからのぅ、じゃが"始祖の血"を用いて使う分には何も問題ないはずじゃ、ほれ」


 そう言って、夜桜はタケルに刀を突き出した。

 何故自分に刀を突き出しているのかわからないタケルは、どうすればよいのかと困惑していた。助けを求めるようにミコトの顔を見たが、彼女も同様に、よくわかっていないようだった。


「ほれと言っておるじゃろ、おぬしにこの刀を授けるんじゃ、はよ受け取らんか」


「えっ、あっ、は、はい」


 夜桜が苛立たしげに急かしたおかげで、タケルは慌てて両手で刀を受け取った。夜桜が手を離した瞬間、ずしりという重みが両手に伝わってきた。

 刀ってこんなに重いものなのか、とタケルは思わず呟く。それにしても随分と古めかしい刀のようだ。

 だが、先程見えた刀身には錆だとかそういった類のものは見えなかったため、この鞘や柄が古びているだけのようだった。

 受け取れと言われてとりあえず受け取ったものの、どうすればいいのかわからないタケルは、ただ固まるしかなかった。

 それを見ていたミコトが、何かを思いついたようで声をかけた。


「タケル、その刀を抜いて構えてみて」


 タケルは、えっ?と声を上げたが取り敢えずは言われた通りに刀を抜いてみることにした。

 ぬらり、というような音が似合うような光の反射のさせ方をしている刀身が現れる。タケルは刀については詳しくはなかったが、綺麗な刀だな、という率直な感想を持った。

 じっと刀身を見つめる。反射して、あまり好きではない赤い瞳が反射して映る。けれど、この瞬間だけは、なぜかこの瞳が美しく見えた。

 鞘をどうするべきか、と悩んだがそれに気づいていたのか、ミコトが無言でそれを受け取った。

 だが、刀だけはどう構えたらいいのかわからなかった。仕方なく、テレビでやっていた時代劇のように、中段に構えた。それで正解だったようで、夜桜は少しだけ口角を上げて微笑んでいた。


「そう、そしてそのまま先程のように集中するのじゃ、そして刀を自分の体の一部のように神経を行き渡らせるのじゃ」


 タケルには体の一部のように、というところがよく理解できなかったのだが、とりあえず目を瞑り、再び集中した。

 両手で握りしめている刀を、自分の手の先にある道具としてではなく、自分の腕の延長だと考える。

 この刀は自分の体の一部、刃先には神経が行き渡っている。自分の内側から湧き上がる力を刃先、いやに注ぎ込む。

 その瞬間、刀が命が宿ったように暖かくなっていった。タケルは驚いて目を開いた。

 そこには、タケルの内側からもたらされた『闇』の力を帯び、漆黒の闇をまとい、黒く黒く、光を反射しない刀が現れていた。

 タケルは驚きのあまり声もあげられなかったのだが、いつの間にか横に立っていたミコトが、綺麗、と歓声を上げながら覗き込んでいた。

 綺麗、綺麗か、とタケルも呟き、じっと刀を見つめた。光すらも飲み込んでしまう闇をまとった刀には煌びやかな美しさは感じられなかったが、底知れぬ力を秘めているような刀には不思議な魅力が感じられた。


「ほう、初めての割によくやったのぅ」


「これでいいんですか?」


 夜桜が嬉しそうに笑って頷いており、また褒めてくれたことが嬉しくて、タケルは少しくすぐったいような嬉しさを感じた。


「あっ、ようやく笑った!」


 ミコトの突然の言葉にタケルはえっ、と声を上げた。

 思わず刀を片手に持ち替えて下ろし、指先で口元を触った。その時には口角は上がっておらず、タケルはただ少し間抜けた顔をしているだけだった。

 何を言っているのかよくわからず、困惑していると、ミコトと夜桜は顔を見合わせて、二人で楽しそうに笑い始めた。


「な、なんで……ようやく笑ったって……」


「ふふ、だってタケルずっと悲しそうな顔をしてたから、中々笑わなくて」


「確かにな、ずっとおぬしはなんというか、不機嫌そうな顔をずっとしておったからのぅ」


 二人のその言葉にタケルはただただ混乱するしかなかった。

 そんなに自分は不機嫌そうな顔、というより笑っていなかったのだろうか、タケル自身は笑っていなかったのだろうかつもりではいたのだが、他人目線から見ると表情は乏しいように見えていたのだ。

 その後も、ふふふと笑い続ける二人にどうすればいいのかタケルが困り果ててしまった。だが、夜桜はああそうじゃ忘れておった、と言って声を立てて笑うのを止めたが、顔はまだ、少し楽しげに笑っていた。


「その刀の事じゃ、刀に力を注ぎ込んで操ることが出来るなら、剣技を鍛えれば多少は称賛はある。それを主体として鍛えて、ミコトを助けられる術を儂が教えてやろう、そしてミコトの武術もいくらでも相手をしてやろう」


 ミコトがやったぁ、と歓声を上げて、文字通り飛び上がった。

 静がいいと言えば、秘密を教えるとは言われたものの、週に一回程度しか静の訓練は行われなかった。それで、二人はできるだけ早く認めて貰うため、特訓をするつもりだったので、夜桜のその言葉がとてもありがたかった。

 楽しそうに夜桜に笑いかけるミコトの横で、タケルは自然と口角が上がっていくのを感じた。

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