第六話『再会』

顔に暖かい光が当たったような気がして、タケルは目を覚ました。

 目を開けようとしたのはいいのだが、顔に当たっている光があまりにも眩しくて、目を細める。

 今までこうして、顔に光が当たって目が覚める、ましてやこんなに眩しかったことなどなかったのに、と思いつつ、目を細めたまま辺りを見渡した。そして、なぜ眩しいのかを理解した。いつも閉めているカーテンが少しだけ開いていたからだ。

 辺りを見渡した時に、自分が自室で寝ていることにも気がついた。

 昨晩の記憶は、静の特訓をミコトと共に受け、日が暮れた後、静の車に乗り込んだことまでは覚えている。しかし、自室どころか家にすら辿り着いた記憶が無い。もしかしたら、誰かここまで寝ている自分を運んできてくれたのではないかと、申し訳ない気持ちになった。

 ふと枕元に置いている時計を見て、タケルは焦る。

 時計は10時を過ぎていたのだ。

 いくら寝坊しても基本的に何も言わない叔父達であったが、人々がもうとっくに活動を始めている時間に起きるなんてとんでもない事である、というのがタケルが個人的に決めているルールがあった。

 慌てて布団から跳ね起きると、寝間着を脱いで、普段着に着替える。

 今日は確か二人とも仕事だったはず、だがミコトは景虎からまだ休んでいていいと言われている状態であったため、家に居るはずだ。まだこの家の勝手が掴めていないであろう彼女に家のことをやらせるのは申し訳なかった。

 そんなことを考えながら部屋の扉を開けた。


「遅いぞ寝坊助、いつまで寝ておるんじゃ」


 突然上から振ってきた声に驚いて、タケルは普段なら絶対に躓かない段差に足を引っ掛けて、転んだ。

 まだ少し寝ぼけている頭が、膝に走った痛みではっきりと覚めた。

 情けないとは思いつつも、痛みが脈打つと同時に涙が浮かんでくるのを感じた。


「情けないのぅ、また泣いておるのかおぬし」


 声の主は、効果音をつけるなら『ヒョイ』という音が似合うような動きで、床に座り込んでいるタケルの目の前に姿を現した。

 あの夜見たままの着物の姿で立っている、夜桜だった。


「どうしてここに……?」


 片足をたてて少し擦りむいてしまった膝をさすり、目の前に立っている(とはいっても足は透けている)夜桜を見上げる。後から思い出してようやく気づいたのだが、どうも彼女は地に足をつけていないようだ。浮いている状態ならば、弓を引く手伝いをした時に、タケルの背丈に届いた理由がはっきりする。

 タケルがかけた言葉に、彼女は怪訝そうな顔をしていた。


「どうしてここにも何も、儂は何者にも縛られていない、いわば浮遊霊みたいなもんじゃぞ、どこへでも行けるわ」


 この言葉にタケルは、初めて彼女があの神社に縛られていた訳では無いことを知った。しかし、それと同時に本当に彼女は何者なのだろうかという疑問が浮かんだのだが、自分が肝心なことを忘れていたことを思い出した。


「あっ、あの、夜桜……さん?この間は助けていただいて、ありがとうございます」


 突然お礼を言われて、夜桜は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしていたが、なんの事かを思い出したのか楽しそうに声を上げて笑った。


「お礼を言われる筋合いはないわ、目の前で死にかけておるやつがおったら助けたくなるのが儂の性での。それとな、おぬしが名付け親なんじゃから"さん"は不要じゃ」


 そう言われてタケルは少し困ってしまった。

 さんは不要とは言われても、彼女がかれこれ五百年は生きている(?)大先輩なのに、呼び捨ては良くないのではなかろうかと思ったからだ。

 その事を伝えると、夜桜は「ニカッ」と音が出そうなほど歯を見せて笑った。


「そんなに気を使わんでもよかろう、おぬしはあそこの廊下の端で腰を抜かしておる女の事を呼び捨てで呼んでおろう」


 そう言って夜桜が指を指した方向を、タケルはゆっくりと振り向いた。

 そこには、真っ青な顔をして床にへたりこんでいるミコトの姿があった。




 ※※※※※※※※※※



「なるほど、なるほどね、そういう事ね、理解した」


 タケルの一通りの説明を聞き終えたあと、かなり動揺はしているが、どうにかミコトは納得してくれていたようだった。


「とても儂には納得しておるようには見えんがのう」


 そう言った夜桜が、ミコトに顔を近づけた。驚いたミコトは小さな悲鳴をあげながら文字通り飛び上がった。

 どうやらミコトは、タケルより先に起き出していて、心配になったタケルの様子を見に行こうと廊下に出たところで、膝を抱えたタケルと夜桜を見たようだった。

 それだけなら、この女の子はどこから入ってきたのか、と驚くだけなのだが、その女の子は透けている上に陽炎のように揺らめいて見えたのだ。

 後でミコトから聞いた話では、普段神さまと対峙する仕事をしているのに、幽霊如きで驚くとは情けなかったと言っていた。

 その後、腰を抜かしたミコトをタケルはどうにか引っ張って立たせて、夜桜と共に縁側に移動する。

 縁側にミコトを座らせたあと、お茶でも持ってくるかとタケルは台所に行ったのだが、それと同時にお腹が鳴った。その事で、自分は朝ご飯をまだ食べていなかったことを思い出し、お茶のついでに適当にお菓子を集めて縁側に戻った。

 そこには、夜桜と共に残されてしまった為、かなり怖がっているミコトの姿と、それをからかって遊ぶ夜桜がいた。

 説明を終えたタケルは、お茶を一口飲み、お菓子を口に入れた。それにならって、ミコトもお茶を飲んで一息をついた。

 一瞬タケルは、もしかしたらものを食べることも飲むことも叶わない夜桜の前で、飲み食いするのは良くないのでは、と思ったのだが、本人はあまり気にしていないようだった。

 持ってきたお菓子を全て食べ終えたところで、夜桜が口を開いた。


「ところでおぬしらは、今何をしておるところなんじゃ?」


 タケルは咄嗟に今起きたところです、と答えそうになったが、それより先にミコトが"始祖の血"の力を使いこなす為の訓練をしているところです、と答えた。

 タケルは一人心の中で、そっちが正解か、と呟いた。


「ほう、なるほどな。それと二人とも、あの氷女と何か約束しておるじゃろ?」


 そう言って夜桜は不敵な笑みを浮かべた。


「な、なんでその事を!」


 ミコトが立ち上がる。その拍子に倒れそうになった湯呑みをタケルは、慌てて受け止める。


「儂はなんでも知っておるからのぅ、そこでじゃ、おぬしらに話があるんじゃが、聞いてはくれんか?悪い話ではないぞ」


 突然の夜桜からの提案に、ミコトは眉をひそめた。

 タケルは少し混乱していた。あの特訓の場に夜桜はいなかったはずなのに、何故その事を知っているのだろうか、そして、これから夜桜は何を言おうとしているのか。

 タケルとミコトは顔を見合わせる。

 ミコトは困った顔でタケルを見ていたが、聞くだけ聞いてみようとタケルが無言で頷くと、意思が通じたのか、彼女も頷いた。

 それを見ていた夜桜が、待っていましたと言わんばかりに口を開いた。


「儂がおぬしらを直々に鍛えてやろう」


「「えっ!?」」


 タケルとミコトは同時に声を上げた。

 その声が少し耳障りだったのか、夜桜は少し耳を塞ぐような仕草を見せて、なんじゃ不服か?と返してきた。


「鍛えてやろう、って言っても一体どうやって……」


「なんじゃおぬし、もう忘れたのか?」


 タケルの疑問に、少し不機嫌そうな顔をした夜桜が答えた。

 そのまま夜桜は縁側から庭に降り立ち、無言で右腕を胸の辺りまで持ち上げた。

 その瞬間、何も無かった地面から、彼女の目の前に植物が姿を表し、それはみるみるうちに一本の大木へと姿を変える。

 大木の成長が止まると、夜桜はパチンと指を鳴らした。

 すると、一瞬にして育ちきった大木は、今度は葉を落とし枝を落とし、朽ち果てていく。

 果たして大木は、枯葉とかつては幹であった土のようなものを残すだけとなってしまった。

 タケルとミコトは開いた口が塞がらない。

 夜桜は得意げな笑みを浮かべると、今度は着物の袖をはためかせ、その場で一回転した。

 その一瞬で、夜桜を中心として、辺り一面に花畑が広がる。

 タケルには植物の名前はわからなかったが、赤、白、黄から青まで様々な植物が、この家の庭を覆い尽くしてしまった。

 そして、タケルはあることを思い出した。


「もしかしてあの時、植物の弓を作り出したのは」


「もしかしなくてもそうじゃ、儂は"始祖の血"五芒星が一つ、『木』の使い手じゃ」


 タケルは納得した。あの時、まるで手品のように生み出された弓は"始祖の血"の力で夜桜自身が作り出したものだったのだ。

 その会話でミコトは我に返った。

 今まで生きてきた中で、こんなに素晴らしい"始祖の血"の使い手は見たことはなく、呆気に取られていたのだ。


「どうじゃ、これで儂の力には納得したじゃろ?」


 そう言って楽しそうに笑う夜桜の前に、二人は頭を下げ、よろしくお願いします、と声を揃えて言った。

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