第四話『父親』
「それって、一体どういうことなんですか…?」
タケルの思わず漏れだした疑問に、今度は静の方から話し始めた。
「……私が知っている限りでは、竜吾と龍太郎が持っている"始祖の血"の力は『水』、そして二人のお兄さん、今は亡きタケルくんのお父さんも『水』の使い手だったと聞いているわ。七賢の持ち主は基本的に一族で力が引き継がれていく。親は五芒星で子が七賢だった時も、祖父母が七賢だった、ってぐらい近い間なら前例があるけれど、そんな五百年も前の御先祖様に出たきり誰も出なくて、現代でタケルくんが『闇』を持っているだなんて、有り得るはずがないの」
その言葉にタケルは衝撃を受けた。自分の力が遠く離れた御先祖様だからではない。突然、父親の話をされたことについてだった。
タケルは父親について全く知らない。どこで生まれ、何をした人物なのか。叔父二人も父親が亡くなっている事以上のことを教えてはくれなかったし、タケルも詳しくは知ろうとしなかった。しかし何故、静が自分の父親のことを知っているのだろうか。
「俺の父さんも、"始祖の血"の力を持っていたんですか……?」
絞り出すような声でタケルは、誰に聞くまでもなく疑問を零した。その言葉に、竜吾はしまった、という表情を見せて口を押えたのを、静は見逃さなかった。眉間に皺を寄せて呟く。
「まさか、この話も……」
静の言葉を、竜吾が手で制止した。そしてそのまま、静に近付くと何かを耳打ちした後、怪訝そうにしているタケルの方に振り返った。その時にはもう厳しい表情は顔から消え、人のいい笑顔を浮かべていた。その笑顔はどこか空虚で、気味が悪かった。
「さてと、長居しすぎてしまいましたね、そろそろ私は本部へと戻りますね」
「えっ、ちょっと待ってくださいよ!」
タケルが、外に向かって歩き出した竜吾を追いかけようとしたが、それをミコトが腕を掴んで止めた。驚いてミコトの顔を見ると、厳しい顔つきでタケルの事を見ており、無言で首を横に振っていた。それを見て、踏み出した足を引き、静止するとミコトはようやく手を離してくれた。
本当ならば、止めたミコトに対して何故止めるのかと怒るべきなのだろうか。しかし、それ以上にタケルは混乱していた。突然出てきた父親の事実に、頭が追いついていなかった。
「どうして……」
「いや、申し訳ないわ。私が一線を越えた話をもちかけてしまったのがいけなかったの、忘れてちょうだい」
静のその言葉に、タケルがゆっくりと静を見ると、彼女は腕を組み顔を俯かせ、何かを考えているような仕草をしていた。先程竜吾に耳打ちされた事で何かを考えているのだろうか、そのまま黙り込んだままだった。
すると今まで黙っていたミコトが口を開いた。
「静さん、私には今よく状況はわからないのですが、それすらも教えられないのですか?」
その言葉に驚いた静は一瞬だけミコトを見た。しかし、すぐにまた俯いて少しの間何かを考えたようだったが、まあ、そのうちわかってしまうかもしれないからいいか、と呟いた。
「ミコトちゃんは、タケルくんのご両親が既に鬼籍に入っていることを知っているわよね。あの二人、竜吾と龍太郎はタケルくんのお父さんの弟にあたる叔父なんだけど、実は二人はお父さんの話を全く彼にしていなかったの。勿論二人なりの理由がきちんとあってからの事なのだろうけど……」
同意を求めるように静がタケルの顔を見る。静の言ったことに間違いはなかったのでタケルは頷いた。
「どうして?タケルも自分から聞いたりしなかったの?」
痛いところを突かれたなと、タケルは苦い顔をした。正直自分でもそうしていればよかったのではないかと、何度も思ったことがある。しかしそれはもう過ぎてしまったこと、今更になって叔父に聞いても教えて貰えるだろうとは到底思えなかった。
だが、聞いたらいけないのではないのかと思ってしまったことにもきちんと理由があるのだ。
「俺だって聞きたかった。だけど、父さんっていう言葉を出すだけで、竜吾さんも龍太郎さんも、……死んだ母さんも凄く悲しそうな顔をするんだ」
タケルには昔から他人の顔色を伺ってしまう癖があった。それが寧ろよかった時もあるが、慎重になりすぎるあまり、失敗してしまったことの方が圧倒的に多い。叔父二人の事は信頼してはいたが、自分がここにいてもいいのか、自分がここにいることで他の人が普通に手にすることが出来る幸せ、例えば結婚をして、子供をもうけるなんていうことが、出来ないのではないだろうかと思って、いつも顔色を伺うようになってしまった。
それこそ何もわからなかった幼い頃は、父さんの話をすると今まで笑っていた母さんの顔が変わってしまうな、ぐらいにしか思っていなかった。これは自分が大きくなってから、悲しい顔をしているのだと気がついた。
もう本人に確かめることは出来ないが、その当時、父さんの話をもちかけられるのが迷惑だったのではなかろうかと、今は想像するようになっていた。
「そう、そうなのね……」
タケルの返答に、ミコトはあまり納得していないようだった。それもそのはず、今は彼女の家族は失踪してしまっているが、ミコトにとってはどこの家も、母親と父親がいて、みんな幸せに暮らしているものだと思っていたのだ。もしも自分がタケルなら、別に怒られたってかまわない、自分が知りたいから何としてでも父親のことを聞き出そうとするだろう。
その瞬間、ミコトは何かを閃いた。それは、タケルには突然何か面白そうなことを思いついたかのように見えた。彼女は笑顔になると、ねぇ!と言ってタケルの手を取った。
「もしさ、気になるなら一緒に調べてみようよ!」
「ええっ!」
タケルは驚きと、宝物の在処を見つけたような目の輝きを放つミコトの姿に思わず後ずさりした。それでもミコトは手を離さなかった。寧ろ、絶対に離すまいと余計に強く握りしめた。
「そりゃまぁ、確かに気にならないって言ったら嘘になるけど……。調べるっていったって、叔父さん達には聞けないよ……?」
「それでもいーの!叔父さん達に聞けなくとも、ここには何か知ってそうな人が、ここにもう一人いるじゃない!」
そう言ってミコトは、ここにいるもう一人の人、静の顔を見つめた。それにつられてタケルも恐る恐る静を見た。静は驚きのあまり、目を見開いていたが、怪訝そうにこちらを見つめていた。
「二人とも本気で言ってる……?」
「勿論です、ね、タケル?」
ミコトはタケルの目をじっと見つめた。
タケルは迷っていた。叔父二人が話をしてくれないのにはきっと理由があるはずだ。話すことで不都合になってしまう何かがあるのか、それとも何かしらから守りたくて話していないのか。それを知ったら、二人を裏切ってしまうことにならないか。
だが同時に、もし自分が幼い頃に問いただしてでも聞いていれば今なにか変わっていたのではなかろうか、という疑問も浮かんだ。
なんにせよ、タケルはもう後悔はしたくなかった。
次の瞬間には、タケルは首を縦に振っていた。
「そう……わかったわ、私の知っていることは話してあげる。でも、私は口止めされている身、タダでとは言わないわよ」
「わかってます」
タケルの返答を聞くやいなや、静は右手を前に突き出すと、一瞬にして氷の短剣を複数個生み出した。
「ここに来てる本当の理由、忘れてないでしょうね。何日かかってでも構わない、私がいいと認めるまで訓練をすることが、話す条件よ」
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