第七話『受け継がれてきたもの』

 南蛮屋敷を出たタケルは、龍太郎と共に帰路についていた。もう仕事はいいのかと聞いたが、家に女の子を置いてきてしまっている以上長く家を空けておくわけにはいかんだろ、と言われ屋敷を後にした。

 特に何か釘を刺されたわけではなかったのだが、今までの話の流れから、外で話をするのは憚られ、家に着くまでは、疑問を胸の中に仕舞い込んでおこうと決めた。

 外に出ると、丁度お昼過ぎぐらいの時間帯だった。木々が目立つ道から、住宅が立ち並ぶところまで戻ってくると、昼飯を作っている匂いが微かに漂ってくる。

 その匂いを嗅ぎながら、家に帰ったらお昼は焼きそばでも作ろうか、確か材料はあったはず。朝飯でご飯が余っていたから、女の子が起きていたらお粥でも作ろうかなと一人考えながら歩いていた。


「よかったのか、タケル」


 唐突に龍太郎の方から声をかけられて驚く。

 タケルは外で話すとまずいのではと思っていた一方で、龍太郎は寧ろ声をかけたくて仕方がなかったのだ。無理矢理連れてきている以上、他人の目がないところにいけば文句を言われてもおかしくはない。しかし、何も言わないタケルを心配して先に声をかけたのだ。


「よかったのか、って」


「『神守衆』に協力するって言ったことだよ。あんな事があった以上、てっきりお前は裏切った神を守る義理なんてないってはねのけるかと思ってたんだが」


 試しを終えた直後、この結果を考慮してタケルくんがどこの仕事に最適か審議した後、徽章を制作するから明後日にまた出てきてくれないかと、それだけを伝えて副長は広間を後にしたのだった。

 それはもう、この組織に入ったことを意味する言葉だったし、その答えに対してタケルも是とも否とも言わなかったのだ。脅しに近い形で入れてしまうようになった事を申し訳ないと思いつつも、いつも自分の意思を言わないタケルを龍太郎は不安に思っていた。

 タケルの思案していた通り、本来なら家まで聞くべきではないのだが、我慢ができず思わず声をかけてしまう。


「それは、俺も考えました。母さんを助けてくれなかったのに、神が困ってるから助けて守れなんて、我儘な神すぎるって。でも、その前に龍太郎さんが言ってくれた言葉がありましたよね」


 龍太郎は頷く。母親の死の真相がわかるかもしれない、それは確かに言ったのだが、あの一瞬で自分のその気持ちとその真実を天秤にかけたのかと龍太郎は驚く。

 そして、その真相がわかれば神が助けられなかった理由がわかって、自分の中で納得できるのではないのか、まだこの組織のことを知ったばかりではあるが、そのことに賭けてみようとしているのだ。


「神の近くにいれば、問いただすことも可能かもしれない、そう思っただけです」


 ただ淡々とタケルは返答した。

 その答える彼の眼は、炎がくすぶっているように見える。ああ、口ではそれらしいことを言ってはいるが、まだこいつの胸の中には熾のような燻る神に対する敵意があるのだなと感じる。

 母親の事を口に出して言うことはなく、表情も昔に比べてずっと豊かになってきたとは思っていたのだが、まだこいつは母親が治る事を神社の前で祈り続けている幼い子供だ。仕事をこなす中で、もしあの時願った神が現れれば何をしでかすかわからない、当時のことを問いただすつもりか。そんな気がした。

 そうしているうちに、家へと帰り着く。昨日運んできた少女の容態を見に、龍太郎は彼女を寝かせている部屋の中を覗く。

 畳の上に敷かれた布団の上で彼女はまだ眠り続けている。少し安堵したのだが、同時に不安が襲う。

 彼女は普通の人間であれば深手の手前のような傷を負っていたのだが、徽章につけられた石の力をもってすれば、一晩経てば傷は忽ち癒える。しかし、今現在傷は完治していない。

 また、傷は癒えずとも、もう目を覚ましていてもおかしくないのだが、留守の間に目を覚ました形跡もない。この状態で目を覚まさないとなると考えられるのは、目を覚ましたくないだけの理由があるのか、それとも簡単に目を覚ませないほどの傷を、体の傷ではなく、魂に傷を負ってしまったのか。

 その不安を取り払うように、彼は首を横に振る。タケルのご飯できましたよ、の声が聞こえると返事をして居間へと戻っていった。


 ※ ※ ※ ※


「少し質問してもいいですか」


 昼飯、タケルは焼きそばを作ったようだった、を食べ終え片付けをしながら、タケルは龍太郎に話しかける。

 どうした、と龍太郎がお茶をすすりながら返事をすると、ずっと聞きたかったことを漸く口に出した。


「”始祖の血”の話を詳しく聞きたいんです」


 そのことか、と龍太郎は頷くとタケルはそのまま続けた。


「『闇』か、珍しいなと言ってたのはどういう意味ですか?」


「……そうだな、どこから話すべきか」


 龍太郎は時々考えながら、わかりやすいように答えてくれた。

 ”始祖の血”には十二の種類があるという。その中で、『火』『水』『金』『木』『土』は五芒星と呼ばれ、人々の暮らしの基盤を作った力だった。残りの七つは、七賢と呼ばれ、五芒星の作った基盤の上で生活を豊かにしていった力だった。

 元々は、それぞれ一族として、親類のみが集まる大きな家族のようなものだったのだが、彼らが暮らしていた国が侵略され、離散した。離散した人々は世界中に散らばり、血を繋いでいったのだが、それは千年以上昔の話である。

 そうしていくうちに彼らの子孫が、別の一族、すなわち別の力をもつものと交わり、二つの力を持つもの、それがまた交わり四つの力をもつ血を引くようになる。そうして多くの人々が、複数の力を体に宿すこととなった。

 その者が”始祖の血”の力を引き出そうとすると、力の強い五芒星が優性として引き出されることになる。だが、稀に五芒星の血を引きつつも七賢の力を引き出すことができる者がいるのだった。

 『闇』は七賢の一つであり、最後にこの組織で確認されたのは、創設メンバーの一人で、五百年も昔の話である。


「稀に、とはいうがあくまで『闇』が特殊なだけであって他の七賢の力をもつ奴はいるぞ、『氷』とか特に大暴れしてるしな」


「……龍太郎さんも黒子があるから”始祖の血”の力持ってるんですか?」


 そう問われた龍太郎は、一瞬答えに困ったように言葉を詰まらせ、目が泳いだのだが、タケルはそれに気づかなかった。


「俺は……そう、『水』だな、竜吾と同じだ」


 タケルはそうなんですね、と言うと質問を続ける。


「その”始祖の血”の力とか、有無によって何か変わるんですか?」


「さっき掻い摘んで話してくれたのもあるが、まずはあの石を持つものの力を増大させる。神相手に戦うんだから、普通の人間の持つ力じゃ全く敵わんからな。そしてこれは”始祖の血”の力なんだが、上手くその力を引き出すことができると、魔術のようなものが使える」


 魔術?と言われて、あまりピンと来なかったタケルだったが、『火』なら火を自由に操り、『水』なら水を自由に扱い、神と対峙し、自らの身を守り、場合によれば神を鎮めるための大きな助けになる、魔法使いみたいな事が出来るって事だな、というとなんとなく納得した。

 だが、前述の通り七賢自体が珍しく、それぞれの能力で微妙に違いがあるようで、同じ七賢でも共通のものが少ないらしい。おまけに『闇』に関しては例が少なく、また記録もほとんどないので詳しいことはわからないそうだ。

 しかし、”始祖の血”の力を持つ者でも個人差があるようで、使える者と使えない者がいる。使えない者でも、”始祖の血”を持つことには変わりはないので、魔術のようなものは使えないものの、基本的な力を増幅させ、力をもつ前の神程度なら鎮める事ができるようだった。

 それは、先程の試しの結果から、副長である景虎がどの仕事を頼むか判断するようだった。


「俺は『水』の力こそもつが、うまく引き出せなくてな、基本的に裏方担当事後処理みたいな仕事やってるわけだ。万が一があっても自分の身ぐらいは守れるからな。そして、昨日もその最中にあの女の子を見つけたわけだ」


 龍太郎は女の子が寝かされている部屋の方角を眺めた。それにつられてタケルもそちらを見た。

 あの子が持ってた徽章の色は濃青、『神殺し』の役職であり、ある程度は”始祖の血”の力を操り、神相手に対等に戦えるような力を持っている事を示すものだった。

 自分とあまり歳の変わらないような女の子が、神と戦えるまでの力をもたらしてくれる”始祖の血”、それが自分の中にもあり、ましてや珍しい七賢のものだという。なんだか恐ろしい事に巻き込まれてしまったような気がして、密かにタケルは震えていた。

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