第六話『”始祖の血”』

 「試してみるか……?」


 唐突に告げられたその言葉にタケルは身じろぎした。

 試す?験す?叔父二人が何の仕事をしているのか、あの女の子の真相を聞くためにここを訪れただけのはずだったのに、何故この組織に関わるようなことを試そうとしてくるのだろうか。

 その刹那、ふとこの組織が公にはされていないという言葉を思い出し、慌てて龍太郎の顔を見た。


「まさか……」


「まあ、そういうこった。この建物内で見たものは他言無用、信用して組織内の招待を受けた者しか結界の中に入ることが出来ない。それ故、内部を見た者は、組織の人間となるかこの場で死ぬかだ」


 龍太郎はそう言って怪しく笑う。最悪だ、一番嫌な予想が当たってしまった。まあ、死ぬというのは半分冗談だろうというのは、顔を見たらわかる。

 彼はタケルの側から離れ、唐突に壁に掛けてあった刀を投げて寄越した。タケルはそれを両手で受け止める。刀は、ズシリと重い。

 冗談だとわかってはいるが、もしこの試しを拒否するというのなら、この刀で自害しろということだろう。


「なんでそこまで、ここの組織の秘密を守るのですか?」


 タケルが両手に持った刀を見つめ、問う。

 龍太郎は腕を組む。どう応えるべきか、と思案しているようだ。


「……わかりやすく言えば、なるべく一般の人々を守るためだな。世の中には善良な人々だけしかいないわけではないからな。下手に公に晒してこの組織を騙った犯罪を犯されたら堪ったもんじゃないし、もっと言えば神を悪用されるのも防ぐためだな。人々の不安を煽ったりするのを防ぐためもある。最近は事件が公になりつつもあるけどな、普通の人間じゃ手に負えない仕事をしている故に、下手に広められて被害を増やしたりすると困るわけだ。まぁ、お前を信用してないわけじゃないぞ、それだけは忘れるな」


 そう言ってタケルの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。人前でこんなことをされるのは恥ずかしいが、嫌な気持ちはしない。

 そうされる一方で、頭の中ではなるほどそれ故にあの結界なのか、と納得する。

 あまり詳しくはないのだが、神は太古の昔からいたらしい。しかし、事件が公になり始めたのは最近だ。

 神がこの世界にいる限りは、この組織は在り続けなくては神は神でいられない。それまでそんな事件やこんな組織があるという話を聞かなかったのは、この人達の血の滲む努力によって、存在を秘匿され続けてきたのだと一瞬で悟った。

 そして、迷うことはなく、刀を龍太郎に返した。


「わかりました、その試しというのを受けます」


 そのタケルの返答に、景虎と龍太郎は嬉しそうに笑った。


「それなら良かった!竜吾からあのままではタケルは進学どころか就職も怪しいんですよねって相談されたばかりだったんだよな」


 満足げにうんうんと頷く龍太郎のその言葉に、タケルは驚きこれもまた、一瞬で何を言おうとしているのか察して、脱力する。


「えっ、もしかしてそれ……」


「おう、ご察しの通りだ。そのうち連れてくるつもりではいたんだが、昨日の女の子の事があったからな。丁度いい機会だから連れてきたってことさ」


 タケルは開いた口が塞がらなかった。それを聞いて涙がじわじわと浮かんでくるのを感じた。

怒り、からくるものもあるが、それ以前に先ほどの自分の覚悟はなんだったのか、空回りしたような考えを浮かべた自分が恥ずかしいやら虚しいやらの感情が涙となって出てきたのだ。

 最初は笑っていた龍太郎だったが、タケルの表情の変化に気がついて、慌て始める。


「騙したんですか!」


 タケルが詰め寄ると、叔父は両手を振って弁明する。


「まてまて、結果的にそうなってしまっただけで、そうじゃなくてもお前はここに来たら試しを受けると言ったはずだ、ここに来ればの真相も知ることが出来るんだぞ」


 龍太郎に掴みかかったタケルの動きが、はたと止まる。

 彼が神の存在を全く信じない理由、それは彼の母親の死からくるものだった。

 彼には父親と母親はいない。父親は物心つく前に亡くなったらしく、記憶にはない。その代わりに、父親の弟だという、竜吾と龍太郎の二人が父親代わりに育ててくれた。

 もし自分に父親がいれば竜吾のように優しく、龍太郎のように強い精神を持った人間だろうなと考えていた。

 逆に母親はというと、五歳の時に病気で亡くなった為、記憶にはある。だが、弱々しく病院のベッドに横たわる母親の記憶しかなく、外に連れ出してもらって遊んだり、家で手料理を食べたなどの普通の母親のような思い出は全くない。

 病気で亡くなったとは言うが、何の病気で亡くなったとは知らされていない。というより、医者にも原因はわからないままだったのだ。

 幼かった彼は、毎日神社に通い、母親の病気が治るよう祈り続けた。神様が治せなくてもいい、せめて原因を見つけ出して、治療法を医者に見出させてほしい。そう思って毎日祈り続けた。

 しかし、その甲斐虚しく、回復するどころか日に日に悪化していき、とうとう母親は亡くなってしまった。これ以降、彼は神の存在を全く信じなくなったのだ。

 この話だけ聞くと、勝手に期待して勝手に失望したように聞こえ、完全にとばっちりのように思えるのだが、実はこの話の方があり得ないのだ。のだから、祈りは必ず聞き届けてくれるのだ。

 理屈はわからないが、天は自分以外の人間に害を及ぼす願いは基本的に叶えてくれる。だが、それを逆手にとり、手順を踏めば呪いの類を成就させてしまうこともできるのだ。

 また、その呪いというものが厄介なもので、神に対して有効なものも存在している。それ故に『神鎮め』などの儀式が存在しているのだ。

 その幼いタケルの願いが聞き届けられなかった理由が神を守ることによってわかるのか、神に近いこの組織で働くことによって真相を知ることができるのか。

 思いがけない言葉に、目に浮かんでいただけの涙が別の感情で、ほろりと零れ落ちた。強く握りしめた龍太郎の服から手を離した。


「おっと、すまねぇ」


 龍太郎はタケルを抱き締め、頭を撫でた。その手がまた暖かくてタケルの目から、止めどなく涙が溢れ出した。

 母親の話は長らく禁じていた。禁じていたというより、タケル自ら話すこともなかったし、竜吾と龍太郎二人から話すこともなかった。

 それほど、母親の死というのはタケルの心に深い深い傷として刻み込まれていた。彼が学校に行きたがらないのも、入院中の母親が「タケルが学校に通う姿を見たい」と言ったことに起因するのだった。

 学校に通う前に亡くなってしまったため、彼にとって学校に行くことにあまり意味を感じられなかったのだ。それでも、そんなことをしていては、亡くなった母親が悲しむだろうと心の何処かで考えたこともあり、どうにか高校まではたどり着いたのだ。だが、いつまでもその言葉がタケルの心に呪いのように残っている。

 数年の月日はその傷を多少癒してくれたのだが、長年話をしていなかった母親の話を持ち出され、思わず涙を流してしまった。

 暫くそうしていたのだが、ここが『神守衆』の本部であり、多くの人がいるという事実を思い出し、慌てて龍太郎から離れ、大広間で働く人たちに背を向けて涙を拭く。

 幸い、仕事に夢中になっていたのか、気にすることではないと空気を読んでくれたのか、彼らの方を見ていた人は誰もいなかった。


「落ち着いたか?」


「はい、龍太郎さん、ごめんなさい、落ち着きました」


 タケルが一息つくと同時に、優しい眼差しで一連の流れを見守っていた副長が久しぶりに口を開く。


「今から試しを行うが行けるか?」


 タケルは頷く。元々はその話だったのに、急に取り乱してしまって申し訳ない気持ちで、すみません、いけますと返答した。

 副長は、彼を安心させるような笑みを浮かべて、試しの説明を始めた。

 試しに使うのは、徽章として使っているビー玉程の大きさの石ではなく、こぶし大の石だ。

 この石も、見せてもらった石同様、赤にも緑にも見える不思議な色をしていた。この石を使い、眠っている”始祖の血”の力を呼び起こし、結果的にどの職について問題ないかというのを測るというものだ。

 先程説明を受けたばかりなので、”始祖の血”というものが具体的にどのようなものかはわからなかったが、あれこれ考えるのをやめて、指示通り、机の上に置かれた石の上に右手を乗せる。


「目を瞑って、深呼吸して。心を落ち着かせるんだ。そして内なる力をその石に向かって、流し込むんだ」


 タケルは深呼吸する。

 内なる力というものがわからなかったが、目を瞑ると自分の体の中に、沸々と湧き上がってくる何かがあった。

 力を流し込むというのを具体的にどうすれば、と疑問に思ったが意識を右手に集中させた。手の下にある石が、先程見せてもらった石同様温かくなったと感じたまさにその時だった。

 部屋の照明が消えた。停電でも、ブレーカーが落ちたわけでもなく、何の物音も立てず、一瞬にして辺りを闇が支配する。目を瞑ったままのタケルにも、辺りが闇に満ちた事が気配で感じられた。

 しかし、闇となったのもまたほんの少しの時間だった。再び照明が点き、闇は消え去る。タケルが不安気に目を開けると、そこには驚いた顔をしていた景虎が立っていた。


「成る程、『闇』の血を持っているのか、随分と珍しいな、『闇』が出るのは何年振りだ?」


 と、やや興奮気味に話し始める。

 覚えてる限りでは百年単位じゃないですか、とこれまた少し興奮気味に返答する龍太郎を尻目に、タケルはどうすればいいのやらと困ってしまった。

 珍しい、などと言われてもそもそもこの”始祖の血”とやらが聞いたことないものだったので、どう反応するべきかと考えていた。

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