第五話『神守衆』

「神守衆……」


 耳にしたばかりの言葉を口に出して復唱する。タケルには聞きの覚えがない言葉だったが、なぜか懐かしい響きがする。

 景虎は無言で頷き、説明を続ける。


「大まかに何をしている組織かは聞いただろう?ここはそこに属する人間が集まる本部のようなもの、公には出ていないが違法な組織ではないから、そこは安心してくれ」


 タケルははぁ、と曖昧に頷くことしかできない。とりあえず自分は、謎の犯罪組織の本部に連れてこられたわけではないようだ。ついでに言うと、叔父二人は犯罪に手を染めていない。

 副長は、大広間の中を歩き回りながらもっと詳しく解説する。


「まずは『神守り』、このご時世過疎化だの高齢化だので、その地を鎮守してる里ノ神だったり山ノ神だったり、まぁ俗に言う土地神、古代以前からその土地にいる土着神だな。現代ではその存在が忘れ去られ、信仰が薄れていく。氏子がいるとこらはまだましなんだが、それも高齢化していって難しくなってくる。そこで私達の出番なわけだ。忘れ去られてしまってもその地の神、その地でしか存在できない。そんな神は地区ごとに担当が決められているから、その神を定期的に訪れ、だましだましではあるが信仰を守っていく、それが『神守り』だ」


 彼女はは和綴じの本を開いていた男性の横で足を止める。こいつが『神守り』としての長、古い文献を調べ上げてどんな神様でどんな対応を取るべきか調べてくれると紹介した。

 男は軽く会釈して、作業に戻る。副長も再び歩き出す。


「次に『神鎮め』。荒魂と化してしまった神を鎮める仕事だな。神が荒魂となる理由はいくつがあるが、『神守り』の対応が遅れてしまい、人の信仰を失った神が荒魂になる場合や、最悪の場合だと呪術の類だな。元々荒魂だったものを祀って、鎮めた場合の神を監視するのもこいつらの仕事だ。大抵は神職の仕事なんだが、たまにそいつらの手には負えない時がある、そんな時に行くわけだ。鎮めるといっても清めの儀式を執り行えば、大抵の神は鎮まってくれる」


 今度は地図の前で印をつけている女性の横に止まる。

 地図には朱と黒の印がつけてある。彼女が『神鎮め』の長、元々神職についていた者なんだが、自分のいた神社の神が荒魂になって手に負えなくなって助けを求めてきて以来、繋がりができて、ここの本部で手助けをしてもらっていると紹介した。

 女性は微笑み会釈する。タケルがそれに軽くお辞儀をすると、副長も動き出す。


「最後が『神殺し』、だが本当に殺すわけじゃない。まぁ、そんな例外もたまにはあるんだがな。普通、神は人間に害を与えず、私ら人間も害を与えない。しかし、何らかの原因でその均衡が崩れると神は暴走する。いかなる者もそれを鎮めることは出来ない。しかし、私達は例外だ。暴走することになってしまった原因を探し、それを排除し、憑き物があれば落とす。だがな、偶に本当に何の原因もなく、ただ狂い果ててしまう神もいる。その神を浄化し、高天原に送る。すると、七日経てば元の社に神が戻ってくるか、代わりの神がやってくる。ここまでが『神殺し』の仕事だ」


 机の横に戻ってきた副長は、自分の胸に手を当てて言う。副長だなんて呼ばれてるが、一応『神殺し』の長ではあると教えてくれた。


「……副長ってことは、その上に長がいるんですか?」


 当然の如く浮かんだ疑問をぶつけると、副長はなんと答えるか困ったような顔をして、首を傾げ、唸っている。


「いや、いるのはいるんだが、いないようなものなんだよな……」


 少し苦し気な表情を浮かべて答える。その表情を見て、聞いてはいけないようなことを聞いてしまった気がして、タケルは咄嗟にすみませんと謝った。

 いいんだよ別に構わない、副長と聞けば長もいると思うのは当然のことだからねと景虎は手を上げて制した。


「さて、この組織の仕事内容としてはこんなものなんだが、何か質問はあるかな?」


「えっと、昨日叔父が家に連れて帰ってきた女の子なんですが……」


 それをぶつけると、彼女は一瞬困惑したような表情を見せたが、龍太郎がキショウのことですというとああ、あれのことだなと納得したように頷き、説明をしてくれた。


「勝手に治します、のくだりだな。我々神守衆には、衆であると証明するための徽章が支給されている、龍太郎」


 そう言うと、龍太郎がはいと返事をすると、服の内側に隠れていたものを首から取り外し、タケルの手に乗せてくれた。それには見覚えがある。いつも彼が身に着けているお守りのようなものだと思っていた。

 それは丸い石で、光の加減によって赤にも緑にも見えるように見える不思議なもの。それに穴を開けて、赤い紐を縒って首飾りにしたものだ。

 見かけてはいたが、実際に触ってみたのは初めてで、手の上で石を転がしていると、じんわりと温かい気がする。

 握り締めてみると、手の内に暖かいものが広がっていく。おそらく体温で温まっているのではなく、玉自体がほんのりと熱を発しているようだった。


「それを持っていると、体に受けた傷はたちまち消えてしまう、神様の加護を受けた特別な石さ。特殊な仕事故、我々は病院に行けない、というか神から受けた傷なんて医者に治せると思わんけどな。彼女は衆の一人、徽章を持ってたからな。あの石をもってすれば血塗れでも元通りってわけだよ」


 副長は少し得意げに説明する。

 俄かには信じ難い話だが、手の上にあるあたたかい不思議な石を見ていると、何故かそのような事が可能になるのではと思えてしまう。

 この徽章飾りはそれだけの役割じゃない、というと副長は、今まで全く見えなかったのだが、背中に差していた刀を取り出し、鞘に巻き付けられた同じような飾りを見せてくれた。

 龍太郎のものとは違い、紐が濃い紫をしていた。横の座卓で書き物をしている人に、君のも貸してくれと声をかけると、真っ白の紐に通されている石、これは腕に巻きつけられていた、を見せてくれた。


「このように紐の色によって階級、というより役職なんだけどな、それを示すためのものとしても使っている」


 色分けを考えるのが面倒くさかったから、かの有名な冠位十二階の色をそのまま採用してしまった、と自嘲気味に笑っていた。

 紫と青の色を持つ『徳』と『仁』の階級が『神殺し』、赤の色を持つ『礼』の階級が『神鎮め』、黄の色を持つ『信』の階級が『神守り』、残りの白と黒の色を持つ『義』と『智』の階級は、本部での仕事や、その他階級の補佐の仕事をしている。

 これはあとで、龍太郎から解説してもらった。


「そしてこれが最も重要な役割なんだが、この石は”始祖の血”の力を引き出してくれる」


「”始祖の……血”?」


 今度ばかりは全くの覚えのない言葉だ。

 首を傾げていると、その反応を見た副長は、龍太郎の方を見てお前まさか、と口を開いた。見つめられた龍太郎は、苦笑いをして肩をすくめる。何を考えているのか、舌先をぺろりと出す始末だ。


「全くそう言う知識は教えていないとは聞いていたが、”始祖の血”についても教えてないのか!?」


「こればっかりはどう教えたらいいのかわかんないんですって!!」


 吠えたてられた龍太郎は、先ほどの態度とは打って変わって、狼狽して後ずさり、手を目の前で振って、勘弁してくださいとでも言いだしそうだった。

 教えるのは面倒くさいが、民話ぐらい教えてるだろ!?と問い詰めるが、知りませんよ!そこら辺教えるなって言ったのは竜吾なんですよ!と必死に、恐らく言い訳のようなものを続けている。

 副長は溜息をつき、どうしたらいいのかわからず困惑するタケルに向き直った。


「すまない、ちょっと長くなるが、聞いてくれるか?」


 タケルは頷く。

 ”始祖の血”というのは、大昔の伝説から現代に伝わる話である。

 昔々、かみさまはこの世界を創り出し、人間を創り出した。しかし、何もないこの世界で人間が生きていくことは困難であった。そこでかみさまは人間を十二の民族を創り出し、それぞれに生きていくための力を与えた。

 その中でも、世界を開拓し、人間が暮らしていける土地を生み出したものを五芒星、生活を豊かにしていったものを七賢と呼んだ。

 やがて時が経つにつれて、その血は混ざり合い、段々と薄れていったのだが、僅かでもその血を引くものは左目の下に痣や黒子のようなものが現れる。

 誰がこの”始祖の血”という名前をつけたのかというのは、はっきりしていないのだが、この南蛮屋敷に残っている記録を見ると、五百年前の文献には名前が存在している。


「それが”始祖の血”の力。この石にはそれを引き出し、強める力がある」


 昔話、というより神話のような話だというのがタケルの感想だ。

 突然非現実的な話をされても、理解できるものではなく、頭の中は混乱しぱなっしだったのだが、今はわかったふりでもしておくのが最善だろうと、取り敢えず相槌を打っておく。帰って自分で納得するなり、叔父二人に解説してもらおうかと考える。

 そんな思考を露にも知らず、タケルの運命を変える一言を副長は発する。


「タケルくんも試してみるか?」

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