第三話 『変化』
それから暫くも経たないうちに、竜吾は再び居間に戻ってきた。そして、龍太郎が目配せをするとなんとなく状況を察したのか、彼の隣の椅子に腰を下ろす。
二人は何から話すべきか悩んでいるようで、中々口を開かず、時々目線だけで会話をしていた。
しかし、最初に沈黙を破ったのはタケルだ。
「あの女の子は大丈夫なんですか……?」
そう言うと、虚を突かれたように二人は一瞬をお互いを見る。竜吾は少し困ったような顔をしながら、しかし優しく微笑みかけながら答えてくれた。
「大丈夫ですよ、一応の応急処置はしましたから。後は
それを聞いてタケルは一応は安心したのだが、日本語の文章がおかしいことに気づいた。それはどういうことだと尋ねる前に、今度は龍太郎が口を開く。
「まぁ、なんだ、口頭で説明すんのは難しいから、タケルが明日、俺の職場に来るってことでどうだ?」
それが一番早いという龍太郎に、即座に竜吾は反論する。
「口頭で説明するのが難しいって言っても、ここで多少なりとも話すことはできるでしょう?このままだと、タケルくんが一晩中悩むことになるでしょ?」
それを聞いた龍太郎は何故かムキになり、
「だーかーら、タケルの今まで生きてきた状況考えりゃ口頭で説明したって難しいに決まってるだろ」
と返した。普段は聖人君主のような顔をしている竜吾だが、竜太郎が相手で、かつタケルのこととなると、どうも熱くなってしまうところがある。
段々と口論は熱くなっていき、とうとう二人は席から立ち上がってしまい、今にも掴み合いの喧嘩が始まってしまうのではないかとタケルは心配になった。
暫くそうしていたのだが、やがて二人とも落ち着いたのか、というよりも、口喧嘩だったのが、最後の方にはただの罵声の飛ばし合いに発展してしまっており、しかもタケルの前で見苦しいところを見せるわけにはいかないと思ったのか、叱られた直後の犬のようにすごすごと椅子に座った。
龍太郎は拗ねたのか行儀悪く、膝を立てその上で頬杖をついている。竜吾は食卓に置いてあったお茶を一口飲んで、息を整えて居住まいを正し、改めて話し始めた。
「タケルくん、君は
タケルは一瞬なんのことを言っているのか理解できなかった。この話が一体どう関係してくるのかと思ったが、この質問に対する答えはノーだ。とりあえず、首を横に振る。
神なんて信じちゃいない。そもそも、存在を知っていますかというのは言葉的におかしくないか?と違和感を覚える。
「そりゃそうですよね、私達の所為もありますけど、あんなことがあれば誰だって神様は信じたくありません、多分君は覚えてないでしょうけど」
と、竜吾が話し終えた所で今度は龍太郎が話を始める。タケルが考える隙はない、いや考えられるほど頭に余裕はない。
「タケルは最近連続して起こっている怪奇事件について、知っているな?」
タケルは頷く。つい先ほどもニュースで行方不明の事件をやっていたところだし、街の噂にもなっている。
いくら外の世界に興味を持っていないタケルでも、そこまで騒がれていると自然と耳に入ってしまう。
「その事件に、神ってやらが絡んでいるんだ。まぁ、細かいことは俺たちの職場で話すとして、だ。お前が知りたいのはそこじゃないだろう?」
再びタケルは頷く。今度はさっきより力強く頷いた。
争いなんてそうそうあるわけではないこんな世界で、どうして一人の女の子が血塗れになってしまうのか。
「あの女の子はな、俺が今日の仕事、
「神殺し……?」
耳にしたことのない言葉にタケルは首を捻った。
神殺しだと?神というのは、一応は人間を救ってくれる存在であるはずなのに、なぜ人間を血塗れにさせるほど怪我をさせてしまうのだろう。
そして、神、神様、この世界を創り出したとかいう高位の存在。いくら神を信じていないタケルでも、神とかいう存在を殺してしまうのはまずいのでは?というのはわかる。
その疑問が浮かぶことは察していたかのようで、竜吾は補足してくれた。
「神殺し、と一口で言っても実際に、殺人のように神様を殺すわけではありません。それに、今日の仕事がたまたま神殺しであっただけで、毎日神様を殺しているわけではありませんよ」
それも確かにそうだ、いくらこの国には八百万の神がいると言われているとはいるものの、本当に毎日殺しているのならとっくにこの国の神様はいなくなってしまうだろう。タケルは少しだけ納得した。
竜吾曰く、神殺し以外にも仕事があるらしく、掻い摘んでどんな仕事があるのかを教えてくれた。
人々に忘れ去られつつある神様の信仰を守るために行う『神守り』、何らかの事情、人々に忘れ去られる事以外によって荒魂と化した神様を鎮める『神鎮め』、そして、荒魂と成り果て神様としての体裁を保てなくなったものを殺す『神殺し』。
大きなものはその三つで、他に神様に関するいくつかの仕事があるようだった。
タケル本人が全く神を信じていない一方で、その神を守るために仕事をする人間がいるのだ全く知らなかったため、非常に驚いた。
「でも、それって神職につく人々がやることなのでは……?」
タケルはふと感じた疑問を口にする。龍太郎は、まぁそう思うのも無理ないなと呟いた後にその答えを教えてくれた。
「神職は主に神に仕えるっていう仕事だな、だが俺たちがやっているのとは少し違う。彼らの手に負えなくなった昔からいる神様を守り鎮め、後世に伝えていくっていう仕事だな」
そう教えてくれたものの、いまいちよく理解することができない。その心の内を読み取ったのか、竜吾がまぁいきなりこんな話されてもわかりませんよねぇ、とほほえみながら言う。
「やっぱり、職場に呼んで一から説明するべきでしたね。珍しく龍太郎が正しかった。上司には通しておくので明日一緒に行きましょう、ささタケルくん、明日は忙しいですよ、早めに寝てくださいね」
そう言って食器を持って流し場の方に消えて行った。
珍しく、という言葉を貰った龍太郎はどこかご機嫌そうで、じゃあ俺も疲れたから先に風呂入るぞーと言いながら立ち上がる。固まったままなにも言わないタケルの頭を少し乱暴に撫でると、部屋の外に出て行った。
一人残されたタケルは湯飲みの中をじっと見つめたまま、ぐるぐる回る頭で必死に考えていた。
ただでさえ神など信じていないのに、その神を守る仕事?なんだそれは。今まで自分には神の存在をなにも示唆しなかったくせに、自分たちは神様に関係する仕事についていたときた。全くもってなにも理解することができない。
そうして暫く、竜吾からお風呂に先に入りませんかと声をかけられるまでの長い間、考え続けた。布団に入り、辺りを闇が包み込んでいる中でも、考え続けた。
その日は殆ど眠ることはできなかった。
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