第29話 警告
「それではもう分かり切ってる事だけど、最後の大トリいってみようかー!」
1人を残して参加者全員の順位が発表された。
つまりまだ名前が呼ばれていない者がこのコンテストのグランプリという事になる。
最後まで名前が呼ばれなかった志乃が静かにステージ中央に佇む視線の先には、会場の一番奥にいる良介の姿があった。
「優勝候補筆頭という周囲の強烈なプレッシャーをものともせず、圧倒的な票数を獲得! K大の女神様の通り名は伊達じゃなかったぁ! 19,ミスK大はこの人! 経済学部1回生! 瑞樹志乃さんだー!!」
志乃がミスK大に決定したと司会の高井が声高らかに宣言すると、会場のボルテージが最高潮に達した。
まるで地響きかと思ってしまう程の大歓声と、これ以上ない盛大な拍手でミスコン優勝のタイトルを手にした志乃を祝福する。
だが、当の本人である志乃は驚いた様子を微塵も見せずにただ静かにお辞儀するだけだった。
「何かご本人様のテンションが謎ではありますが、まずはミスK大に一言いただきましょうかぁ!」
言って高井が自分のマイクとは別のマイクを手渡すと、マイクを受け取った志乃が一歩前に出た。
「皆さん、ありがとうございます」
たった一言そう告げると再び大歓声が上がり、中にはまたどさくさに紛れて呼び捨てにする者や、求愛する声が多数入り交じり始める。
「いい加減にしろよ、お前ら……」
「だー! だから落ち着けって! 所詮負け犬の遠吠えみたいなもんだろ!?」
再び額に青筋を浮かべる良介の肩を組んだ松崎が落ち着けと促す。
「歴史あるコンテストで優勝できた事は本当に光栄です。これからはこの肩書に恥じない人間になれるように、努力していきたいと思います」
「大変優等生的なコメントですが、言ってる内容と表情が合ってないように感じるのは私だけでしょうか!?」
取ってつけたようなテンプレ的な感想を述べれば、司会の高井がアドリブで志乃のそう問う。
高井の違和感は会場の誰もが抱いていたもののようで、高井の問いに頷く姿が多く見受けられた。
「そう見えますか? であれば、高井さんの言う通りなんでしょうね」
「と、言いますと?」
「私は優勝を目指してこのコンテストに参加したわけじゃない、と言う事です」
「え? え? どゆこと!?」
志乃の突然の告白に困惑の色を隠さず高井がステージの脇にいる実行委員長に目を向けるが、委員長も困惑した様子で首を激しく横に振る。
「私がこの場にいるのは皆さんに聞いて欲しい事があるからです」
周囲の困惑を余所に、再びマイクを口元に構えた志乃が話を続けようと口を開くと、司会の高井も実行委員達も――そしてステージに集まっている者達も口を閉じた。
「この大学に入学して色々な男の人に声をかけられたり、時には強引にサークルの集まりに誘われたり、全く面識もないのに告白されたりしてきました」
「「「…………」」」
「私はその度にキッパリと断ってきたつもりだったのですが、どうやら私の気持ちなんて関係ないようで、次から次へと名前すら知らない人が後を絶ちません……。なので、今日沢山の人が集まっているこの場で今一度ハッキリを言っておきたい事があるんです」
「ち、ちょ――!?」
志乃のやろうとしている事が分かったのか、脇にいた実行委員長が顔面蒼白になり、慌ててステージ中央にいる志乃を止めようと声を発したのだが、もう遅いと志乃は三度口を開く。
「私には心から大切に想っている人がいます。誰かと比べる事なんて出来ない程に大切な人――私にとって誰よりも大好きな恋人がいるんです!」
「「「「――――えっ!?」」」」
この事実を事あるごとに声をかけて来る男達にちゃんと話して断わってきた志乃。
だが、それを断わり文句と捉えて本気にしない。いや、もはや志乃の気持ちを無視していたのかもしれない男達に心底うんざりしていた。
だから、誰が訊いても冗談の類でないと理解出来る場で堂々と自分には最愛の人がいる事を話そうと、志乃はコンテストの場を選んだのだ。
「ぶふっ!」
ステージに集まった多くの客達の見事にシンクロした声に吹き出した加藤に驚きの様子はない所を見るに、さっき言ってた事はこれかと納得して良介は再びステージにいる志乃に視線を向けた。
「だというのに彼氏がいると言ってもまともに話を聞いてくれなくて、しつこく付き纏われて真底迷惑してました!!」
声を張ってそう言い切った志乃はステージを見渡して、前列にいた一人の男を指差した。
「貴方! 私がそう言って断ったのに、どうして何度も声をかけてきたんですか!?」
「え? あ、いや……断る口実だと思って……。だって、岸田がフラれたって聞いたからさぁ!」
「岸田君は馬鹿な私の背中を押してくれたんです! フラれたなんて言わないで下さい!」
岸田が彼女の気持ちを優先した結果、志乃は良介の元へ走った。
そんな2人の事情を知っている者はごく一部だけで、その他大勢の見解は何故か岸田がフラれたという事になっている現状に、志乃は怒りの色を隠さない。
「あらら、別に気にしなくていいのに」
「――岸田君」
「どうも、久しぶりです。間宮さん」
客の1人を指差して岸田の汚名を晴らそうと声を荒げる志乃に、何時の間にか良介の隣に立っていた岸田が苦笑を零す。
岸田はK大水泳部のジャージ姿で少し髪も湿っていた。
「もしかして、こんな日でも泳いでたのか?」
「えぇ、まぁ。特待生の辛いとこっすねぇ」
「けど、元気そうで良かったよ」
「それはどっちの意味でっすか?」
「分かって訊いてんだろ?」
「はは、さーせん」
良介と岸田が顔を合わすのは病院に見舞いに出向き、そこで志乃と付き合っている事を明かした日以来だ。
元々、東京と新潟で離れているからというのもあるが、やはりお互い気不味くて顔を合わせられなかったという方が大きかったのだろう。
だが、そんな事があったとは思えない程のノリで話しかけてきた岸田に、良介も安堵した様子で柔らかい気持ちで接する。
岸田の事は以前から志乃から聞いていて、今では軽口をきいたり津田を交えてランチを楽しむ仲になっているらしく、お互いが良い友人関係になっている事に安堵していた。
「しっかし間宮さんとの事となると、ここまでするんですねぇ瑞樹のやつ」
「俺も驚いてるとこだよ。少し前の志乃からじゃ想像もできないよ」
「はは、確かに。でも、強くなりましたよ。最近の瑞樹を見てて人を好きになるって凄い事なんだと思い知りました」
「言っとくけど、岸田君に対してだって似たようなもんだったぞ、あいつ」
「はは、それは嬉しいですねぇ。まぁ過去形なのが残念ですけど」
「お前なぁ」
志乃の新旧の想い人が笑い合えば、事情を知っている松崎達も警戒心を解いて2人に絡む。
恋敵だった2人とそれを囲む松崎達の姿を遠目で確認した志乃がとても嬉しそうに微笑み、またマイクを構えた。
「とにかく、私は彼しか見ないし、見えません! だからハッキリ言って迷惑なので、金輪際私の事は放っておいて下さい! 以上です!」
志乃がハッキリと迷惑だと言い切ると、絶句した男達の代わりに甲高い黄色い声が会場に響き渡る。
それはステージ上にいる他の参加者達も同様で、男共を完全に黙らせた志乃に感嘆の声を上げた。
ミスコンは多かれ少なかれ優勝者には同性から嫉妬の目を向けられる。それも芸能界にパイプを持つK大のミスコンなら尚更の事だ。
だが、その優勝者が恋人の為にとった行動が嫉妬と言う名のフィルターを見事に剥ぎ取り、まるでカッコいい英雄を称えるような歓声を向けさせたのだ。
「はぁ、言っちゃったぁ……。アタシもう知らないからねぇ」
高井がガックリと肩を落として項垂れるところを見るに、志乃に特別な関係の男がいる事を知っていたのだろう。
だがその事実がこの場で公表されれば来年以降のコンテストに多大な影響が出てしまうのを恐れて、勝負服審査の時に志乃が良介の事を話そうとしたのを遮ったのだ。
肩を落とした高井がジト目でステージ脇を睨めば、そこにはガックリと両手をついた実行委員達の姿があった。
「あぁ! もう言っちゃったもんはしょうがない! 兎に角このまま表彰式に移るよ!」
高井がヤケクソ気味にそう宣言すれば、上位3名にスポットライトが当たり、やがてステージ脇から顔面蒼白の実行委員長が姿を現した。
盛大なファンファーレが会場中に鳴り響くのだが、ついさっきの志乃の宣言でその音が空しく聞こえてしまっているのは、恐らく一人や二人ではないだろう。
実行委員長から3位の女性から順に、記念のトロフィーと景品が手渡される。
とんだ騒動があったミスコンであったが、美しい女性を決めるコンテストの結果は決して色褪せる事はないという証として、会場から温かい拍手が送られた。
「優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
最後に委員長から祝福の言葉と大きなトロフィー、そして副賞としてK大内にある食堂の食券1年分が手渡された。
「出来れば来年もエントリーして欲しいんだけど、ね」
「約束は今年のミスコンに参加する事でしたよね? なら、もうお役御免ですよ」
来年以降のエントリーを促す委員長の言葉に、まるで憑き物がとれたような笑顔で要請を断ると、マイクを握った委員長が会場に向かって息を大きく吸い込んだ。
「ここにいる皆ー! 来年のミスコンも女神様の姿を見たくないかー!?」
会場中に賛同を求める声に対して、志乃は慌てる事なくニコニコと笑顔を崩す事はない。
あれだけ男性陣を奈落の底に叩き落したのだから、当然自分の顔などもう見たくないはずだと決め込んでいるからだ。
――だが、委員長の声に予想していなかった声が反応を示す。
「見たいー! っていうか、来年は私もエントリーするー!」
反応を見せたのは志乃の事を下心満載で見ていた男達ではなく、志乃に黄色い声をあげていた女性のうちの1人だった。
「私もー! 憧れの女神様と肩を並べられるように、今から頑張って来年一緒にステージに立ちたーい!!」
1人の女子大生の声に違う女子が激しく賛同の声を上げると、次々に来年以降の志乃の参加を賛成する声が上がる。
「え? ち、ちょっと!?」
この反応は完全に予想外だった志乃が一瞬で笑顔を崩し、手を上げる女性達に異を唱えようと慌てる様子を見た委員長がニヤリを笑みを浮かべる。
「おぉ! K大ミスコンはここの女生徒全ての参加を待ってるぞー! それに野郎共ー!」
次にお通夜のように静まり返っている男達にギラギラした目を向けた委員長が、志乃の顔が引きつる一言を投下する。
「我がK大の女神様が前人未踏の4連覇を果たす瞬間に立ち会いたくないのかぁー!?」
委員長の叫びに俯いていたはずの男達の顔があがる。
「それに今は駄目かもしれないが、来年どうなってるかなんて誰にも分からないと思わないのかぁ!?」
「はぁ!?」
今はラブラブでも先の事は分からないと言われた志乃の心中は穏やかではなく、男達を煽っている委員長に向かい合って激しく反論する声をあげる。
「来年も再来年も、ずっとずーっとラブラブです! 私が彼の傍を離れるなんて有り得ませんよ!」
そう反論する志乃であったが、委員長の言葉が刺さった男達の目にギラギラとした炎が宿る。
「そうだー! 大学生の恋愛なんて風船みたいに軽いもんだよなぁ!」
「ちょっと!?」
1人の男の声に文句を言おうとした志乃だったが、そんな声を瞬時に掻き消す男共の低い声が会場に響き渡った。
「そうだー! 先の事なんて誰にも分からねー!」
「まったくだ! 来年俺の彼女になってる可能性だってゼロじゃないはずだぁ!」
「バッカ! それだけは絶対に有り得ねー! 次に女神様のハートを打ち抜くのは俺に決まってんだろーがぁ!!」
すっかり委員長の叫びにに息を吹き返した男共が、それぞれに己の願望を大声で吐き出していく。
「よーし! お前等の魂の叫びは確かに聞き遂げたぁ! 来年の更に美しくなった女神様の心を掴むのはお前達だー!!」
そんな異様な空気に若干引いていた松崎達の目には、もはや怪しげな宗教団体のそれにしか見えず、その中心にいる志乃は頭が痛そうにこめかみに手を当て盛大に溜息をつくのだった。
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