第28話 喜ばないミスK大爆誕!
突然の「ここにいて」という志乃の言葉に司会の高井を含めた会場にいる人間の動きが止まる。
料理の説明をしている最中だったのだから、その反応は当然だ。
「あの……瑞樹さん?」
司会の高井が突然意味不明な言葉を発した志乃に説明を求めようと声をかけるが、志乃は高井の言葉を無視してもう一度「ここにいて」とだけ相変わらずこっちを向いたまま告げた。
一体志乃がどうしたいのかが分からない。
そもそもこれだけ離れた距離だというのに、俺のいる位置を把握していた事に驚いたのも合わさって言葉が出てこなかった。
志乃は固まって何も言えない俺から視線を外さない。
その目が真剣なものだというのはハッキリ見えなくても分かった俺は、半ば志乃の圧力に負けてステージに向けた背中を隠した。
「あ、ごめんなさい。何の話でしたっけ?」
「え? えっと、ソースの話……だったかな?」
「あぁ、そうでした。このソースはですね――」
俺が松崎の隣に戻れば、志乃は何事もなかったかのように困惑していた高井に向き直り審査を再開させた。
会場も一部の俺達に近い位置にいる連中を除いてコンテストに意識を戻すと、隣にいる松崎が「クックック」と声を殺して笑う。
「トイレはいいのか?」
「うるせーよ」
ニヤニヤと笑みを向けられてムスッとした顔でそう答える俺に「何かしたい事があんだろ」と松崎もステージに視線を戻した。
料理審査はぶっちぎりで志乃が1位を収めて、最後の勝負服審査に移る。
参加者達は着替えの為に一旦ステージ脇に姿を消す。
その間司会の高井と審査員達がトークで場を繋ぎ、準備が整ったのを機に最終審査が開始された。
参加者の女の子達は一番自信があり、コンテストの名の通り勝負という戦闘服を披露する。
皆色取り取りの服に身を包みまるで目の前に意中の相手がいるように振舞う姿に、観客達のボルテージがグングンと上がっていく。
だが、最終エントリーナンバーをコールした高井の声と共に姿を現した志乃の姿に、あれだけ盛り上がっていた観客達の声が困惑の色に変わる。
「あ、あれ? 瑞樹さん? これ勝負服審査なんですけど?」
「あ、はい。わかってますよ?」
高井が困惑するのは無理もない。
再びステージに姿を現した志乃の姿がさっきと全く同じだったのだから。
高井が説明を求めようと志乃にマイクを近付けると、彼女は少し目を俯かせていた目を真っ直ぐに上げる。
「私も1人の女として人並みにお洒落が好きです。ですが、外出に着る服選びはいつも大切な人に綺麗と言って貰いたくて選んでいます。なので勝負服というのなら全部がそうだと思うんですよ」
「ち、ちょちょちょ! え、えーと……つまりそれくらいの気合いで何時も服を選んでいるって事ですね!?」
「いえ、そういう事じゃなくて――」
「――はい! 素晴らしい拘りをもってとの理由なので、このままで審査対象とさせていただきまーす!」
志乃が何を言うおうとしていたのか察した様子の高井が、慌てて志乃の言葉を遮って強引に最終審査を続行させる。
「あっはは! なるほど、そういう感じかぁ!」
謎の引き留めに高井を慌てさせた台詞に首を傾げる俺と松崎を他所に、加藤が何かを察したように笑う。
「なんだよ、加藤。何がなるほどなんだ?」
「はあ? 今の志乃見て分かんないの!?」
そう言われてもとまた首を傾げる俺に、加藤が盛大に溜息をもらす。
確かに少し変だなとは思ったし、俺に動くなと言った志乃に思う所はあるが、それだけで志乃が何をしようとしているのかなんて俺には分からない。
「分かんないんなら、志乃の言う通り最後までここで見てなさい」
「んだよ、偉そうに」
そう零すものの、志乃がしようとしている事に俄然興味が出てきた俺は、もうこの場を離れる気がなくなっていた。
「これで全審査が終わりましたー! これから審査員と会場にいる皆さんの投票を集計した後結果発表となりますので、参加者の皆さんは控室でお待ちくださーい!」
加藤とそんなやり取りをしている間に最終審査の勝負服審査を終えた志乃達参加者が、ステージの袖に消えていく。
「いやー! これは優勝確定だねぇ」
加藤がそう言い切れば、神山と佐竹もウンウンと大きく頷く。
他の出場者が駄目だったというと決してそういうわけではない。ただ、贔屓目無しに志乃の存在が際立っていただけで、俺も加藤の言う事を内心肯定した。
「なんじゃ、そんな遠くから見てたんかい」
「塚本教授!?」
集計待ちで手持ち無沙汰になった俺達に声をかけて来たのは、白衣姿のご老体に不似合いな可愛らしいクレープを手に持った塚本教授だった。
「どうじゃった? 我が大学の女神様は」
「そんな事言ったら、また志乃に怒られますよ?」
「そりゃ、おっかねえなぁ! カッカッカ!」
独特の笑い声と一緒に口に入っていたクレープのカスを飛ばすのは止めて欲しい。こんなんであちらこちらに専門分野で太いパイプを持っている事で有名な教授様だっていうんだから、世も末だと思う。
「それはそうと、さっきたい焼き食べてませんでしたか? 教授が甘党なのは知ってますが、程々にしないと体壊しますよ?」
もういい年なんですからと付け足すと「ハッ!」と鼻で笑う教授が手に持っていたクレープを一気に食べ切った。
「自分は年齢の話されるの嫌がるくせに、ワシに年の話するんじゃねえ」
「いや、俺は教授の体の心配をしてるだけで――」
「やかましい! ほっとけ!」
塚本教授が以前から検査した数値が引っかかって医者からお達しが出ているのを知っている身としては、体の心配から説教臭い台詞が出てしまうのは仕方がないと思うんだけどな。
そんなやり取りをしていると隣から視線を感じて目を向けると、松崎達が何も言わずに目で「誰だ?」と訴えかけていた。
「あぁ、わるい。この人は俺の恩師で塚本教授。今は志乃の専攻先で教鞭をとってる人なんだ」
「へぇ、瑞樹ちゃんの。あ、松崎って言います。間宮とは同僚になります」
「ほう、同僚って事はお前さんもRAIZUの人間か。榎本は元気にしとるかぁ?」
「榎本? あ、あぁ社長ですか。はい、今も元気いっぱいですよ! まだまだ当分世代交代はないでしょうね」
「カッカッカッ! そーかぁ。元気にやっとるんならええ」
「塚本教授はウチの社長とお知り合いなんですか?」
「ん? おお。ワシの昔の教え子じゃよ」
この話は知っている。
就活を始めた頃に教授に相談した事で、実際RAIZUに話を通してくれたのが塚本教授だったからだ。
「まぁ、松崎君はいいとして、そこの子らはお前の友達にしては若過ぎんか?」
「はは、彼女達は元々志乃の友人なんですよ。その繋がりで俺達も仲良くして貰ってるというか」
「なるほどなぁ、そこで若いエキスを吸って……」
「吸ってませんからね!?」
かっかっかと独特の笑い声を上げ「まったく」と肩を落とす。
そんな俺の姿が珍しかったのか加藤達が愉快に笑えば、塚本も俺の背中をバンバンと叩いて笑った。
「おっまたせしましたー! 集計を終えたので、これから結果発表&表彰式を行いまーす!」
「おっ! 始まるよ!」
司会の高井が再びステージ上に姿を現すと、全投票の集計が終了したと告げる。
加藤がその声にニヤリと笑みを浮かべれば、俺以外の仲間達も不敵な笑みを浮かべる。
皆の表情を見て、全員が志乃の優勝を疑っていないんだなと苦笑いを浮かべてステージに視線を向けた先に、改めてコンテストの出場者達が順にステージに上がり、大歓声が会場を包んだ。
「今年のミスコンは急遽予選を行う程のエントリー数で、歴代最高水準のコンテストになりました! そんな激戦を勝ち抜いた我がK大が誇る美女達に改めて拍手をー!」
ステージに勢ぞろいした美女達に拍手を促す高井の声と共に、大きな歓声と盛大な拍手が送られる。
その声達の中に「瑞樹ちゃーん! 俺と付き合ってくれー!」だの「志乃ちゃーん! この後の時間は全部俺にくれー!」だの終いには「志乃ー! 愛してるー!!」とどさくさに紛れて恋人の名を呼び捨てる声に、眉間をピクピクと引きつらせてイライラが膨れ上がる。
「なに呼び捨てにしてやがる……」
「お、落ち着け間宮! こんな時でもないと呼べないんだから気にすんな! な!?」
基本的に平和主義だと自負している俺だが、志乃の事となると苛立ちを隠せない事が増えた。
好きで付き合っている恋人との事なのだから俺の気持ちを理解してくれている松崎であってと、俺の豹変ぶりに驚いているようだ。
「それじゃあ、今年のミスK大を決めようかー!」
そんな俺の気持ちなど知らないと言わんばかりに高井の司会が進行していく。
「まずは4位まで一気に発表するよ! 第10位――」
本選に出場した美女達に順位が10位から順に4位まで発表されていく。
中には悔しそうにする女性もいたが、先に告げられた通り今年は過去例に見ない程の参加者の中から選ばれた10名なのだから、このステージに立っている時点で名誉であり誇っていい事なのだ。
高井は遠回しにその事を混ぜ込みながら4位までの発表を終えた。
「うっし! こっからは我がK大ベスト3だよー!」
いよいよミスK大が決まると会場のボルテージが更に跳ね上がり、余りの盛り上がりに加藤達は思わず両手で耳を塞いだ。
そんな加藤達を横目にステージにいるまだ順位が発表されていない3人に目を向けると、2人は不安と期待が入り交じった様子なのに対して、志乃は気安く名を呼ぶ声に不快感を滲ませていた。
「第3位! 経済学部3回生、清水萌香さーん!」
ここからは順位を発表された本人が正面の大型モニターに映し出され、派手な照明と大音量の音楽でステージを盛り上げた。
「それではK大トップ3になった清水さん! 一言宜しくお願いしまーす!」
「あ、はい。皆さんありがとうございます! 正直思いで作りのつもりでエントリーしたんですが、こんな素晴らしい結果になってとても嬉しいです。これからはこの結果に恥じない人間になれるように頑張っていこうと思います! ありがとうございましたー!」
清水のコメントに会場が更に盛り上がりみせ、いよいよその盛り上がりのピークが迫ってきた。
「それでは第2位! 教育学部2回生 尾崎真子さーん!!!」
この瞬間、志乃のミスコン優勝が確定された為、二位の尾崎を祝福する歓声と、志乃の優勝を祝う大歓声が入り交じりうねりの様な凄まじい声達が会場周辺だけでなく恐らく大学の敷地外にまで響き渡った。
「準ミスK大に選ばれた尾崎さん! 一言お願いしまーす!」
「はい。皆さん、ありがとうございました。でも、正直悔しい気持ちが抑えられません。なので、来年リベンジしたいと思っていますので応援宜しくお願いします!」
この大舞台で悔しいと吐き出す尾崎に観客達の祝福と大声援が送られた。
尾崎は小さく息を吐いたかと思うと、隣に立っていた志乃に向き直り手を差し出して、優勝者の名前が告げられる前に握手を求めた。
志乃は少し驚いた顔で尾崎の顔と差し出された手を交互に見た後、無言のまま尾崎と固く握手を交わすと大歓声が2人に注がれたのだった。
――そして、いよいよ2019年のK大ミスコン優勝者の名前が呼ばれる時がきた。
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