第34話 脳波同期型外部出力装置

「その霧葉キリハが殺人狂だから仲良くできないってのはわかった.でも,もう一人の霧菜キリナって奴とはどうなんだ.そっちは妹だし.よろしくやってんじゃないのか?」


「そうね.霧菜キリナとは,もう何年も会っていないし,そもそもあっちは私と会いたくないっぽいしね」


 数時間に及ぶ激論の末,若干息を切らしながら,言葉を交える二人.


「私は,ただみんなとお喋りがしたいだけなのに.家族ってこんなもんなのかなぁ..」


 他の四人の姉妹の霧葉キリハ,粉雪,霧菜キリナ,深雪.今までの話だと,深雪以外との関係は,良いとは言えない.かと言って深雪は,粉雪によって過去の記憶を消されているから霧花のことは知らない.つらいな..


 すっかりと大人しくなってしまった霧花を俺は,黙って見ていることはできなかった.


「俺自身,家族がどういうものなのかわからない.でも,少なくとも深雪は,他の姉妹とは違って良い奴だから安心しろ.霧花のことは覚えてないかもしれないが,すぐに仲良くなれると思うし,霧花とならテンションも合うと思う」


 励ますのには,少し苦しい言い訳.俺は,霧花の反応を横目で伺う.


「ありがと.うん! 私ももっとポジティブにいかないとね! 私には,仲間がいるんだし!」


 家族や仲間といったものに,やたらとこだわる霧花を見ていると,この海軍があのアットホームな雰囲気になったのはごく自然な流れなのかもしれないな.


 

 出航から数時間.

 話によるとC地区到着までは,あと1日程かかるらしい.霧花との長い会話を終えた俺は,気分転換のため,軽空母の外に出る.


 深く息を吸い,ゆっくりと吐く.


 優しく頬を掠める潮風と潮の匂い.目が痛くなるほどの鮮やかな空と海.振り返ってみれば,こんな海のど真ん中に来たことなんて人生一度もなかった.自然を感じながら,海の水平線をぼんやりと眺めていると先程の休憩室から霧花が出てくる.


「あら,こんなところにいたの.他の三人どこにいるか知らない?」


 三人..リア,弟,粉雪のことだろうか.


「粉雪さんは知らない.リアは寝室.弟はあそこ」


 俺が遠くにいる弟の方に顔を向ける.

 数人で作った輪の中に弟の姿があり,まだ海軍のメンバーと話し込んでいるようだった.


「何を話してるんだか..まぁ,大方,俺の理解できない話をしてるんだろうな」


「本当に勉強熱心なのね.弟さんは」


 軽空母に搭載されている戦闘機や海軍のメンバーが持つD地区にはない様々な武器.好奇心旺盛な弟が心を奪われてしまうのも無理はない.


 武器と言えば..


 俺は霧花の左腰に携帯してある身長の半分以上の長さがある刀に目をやる.その刀の鞘の上部から下部までに刻まれた一直線の線は,いつになくオレンジ色に発光していた。 


「その刀も研究都市の武器の一種なのか?」


 霧花は,俺の視線の先にあるものに気が付き,鞘に手を置く.


「あぁこれ? そうだよ.刀って呼ぶ人,久しぶりに見たから,ちょっと驚いちゃった」


「いやいや,どう見ても刀だろそれ.俺の知ってる刀は,そんな光ったりはしないけどさ」


「そっか.D地区には,ないもんねこれ」


「刀にデコレーションしてるとか?」


「違う違う! デコレーションって..令司君やっぱ面白いね.これ充電してるだけだよ」


 クスクスと笑う霧花.

 何か一瞬バカにされた気分になったが,こいつと言い合うのは,もうごめんなのでここは紳士らしくスルーをかましていく.


「充電?」


 このときの俺には,霧花の言っていることがまるで理解できなかった.


「これは,脳波同期型外部出力装置シンクロナイザーって言ってね.簡単に言えば,所有者の超能力をこの脳波同期型外部出力装置シンクロナイザーっていう入れ物に入れて上げる感じ..かな?」


 よくわからんが,わかったことが一つ.霧花は超能力者ということ.


 やはり,男という生き物は,こういうガジェット? 的な奴を見ると無性に欲しくなってしまうらしく,恥ずかしながら自分も欲しいと思ってしまう.


「ほぉ..」


 曖昧な返答をしたせいか,霧花に理解していないと察せられてしまう.


「私たち超能力者は,超能力を使用する際,脳から微弱な電波を常に放出させている.脳波同期型外部出力装置シンクロナイザーは,その微弱な電波を受信したもので,超能力という力を帯びた刀として使えるのが特徴ね.もちろん,この電波は,超能力者によって違うから,あらかじめ,ユーザとして脳波同期型外部出力装置シンクロナイザーに自分の電波を登録しておけば,他人の電波を受信することはないわ」


 素直にすごいと感心すると同時にC地区の技術は,ここまで発展していたのかという危機感を持つ.


「研究都市も面白い物考えるよな.で,デメリットは?」


「そうねぇ.命に関わるようなデメリットはないけど..扱いがちょっと難しいかな」


「さっきも言ったけど,この鞘が充電器代わりになってるの.だから,脳波同期型外部出力装置シンクロナイザーの充電が切れたら,脳との通信は当然なくなるから,その場合は,ただの刀になっちゃうわね.それが一つ目のデメリット」


「二つ目は,単純に刀を振るスキルが必要ってことくらいかな.当たり前だけど,刀使えないんじゃ,普通に超能力使ったほうが良いしね.思いつく限りだと,このくらいかなぁ」


「誰でも簡単に扱えるわけじゃないってことか」


 話していただけでは気付かない霧花の一面.

 やはり,海軍のリーダ―だけあって,持っている技術もそれなりのようだ.


「そういうこと.って言っても,私もまだまだなんだけどね.上には上がいるし」


 上には上がいるか..その言い方だと,霧花も相当な手練れに違いない.実際,脳波同期型外部出力装置シンクロナイザーがどのくらいの力を発揮するのかはわからない.ただ,刀などという時代遅れの兵器をあの海軍のリーダーが携えるくらいだ.相当な代物なのだろう.


「いつか見せてくれよ.その脳波同期型外部出力装置シンクロナイザーの力」


「うん.もちろん!」


 その後,軽空母内を軽く散策したがどこにも粉雪の姿はなかった.


 真っ赤に燃えた水平線に沈んでゆく夕日がまもなく一日が終わろうとしていることを告げてくる.


 明日には,C地区に到着する.


 俺は,夕日に手を振りかざし,拳を強く握る.


「もう少し待ってくれ,深雪.必ずお前を取り戻してやる」


 その青年の目には,夕日よりも紅く発光した光が宿っていた.

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