第33話 出航

「まさか,軽空母に乗れる日が来るなんて思いもしなかったよ」


「うん..私も初めてかも」


 軽空母の花ちゃんに乗ったリアと弟はいつになく目を輝かせていた.


「本当に良いのか? 色々リスクあるのにC地区まで送ってもらっちゃって」


「お礼とかいらないよ. 深雪ちゃん早く助けるんでしょ? さすがにD地区からC地区まで馬車に乗って行くっていうのは時間掛かるし,非効率的でしょ?」


「助かる..」


 俺は,霧花に申し訳ないという気持ちを持ちながらも,心の中ではどこか霧花に甘え切ってしまっていた.


 恐らく,C地区に顔が割れていないリアと弟はC地区に居ても特段問題はない.だが,問題は俺だ.ピーススクールからの脱走者,加えて高序列に位置していた過去がある.忘れてくれていることを願うが,まぁそれはないだろう.そういう意味では,今回のこのC地区への輸送自体が海軍にとってリスクとなってしまう.

 もしバレたら恐らく,海軍は俺を売る..よな.. でも,俺一人の命で済むというなら安いもんか.


 そんなことを考えながら,軽空母の止まる港で泣きじゃくりながらブンブンと手を振るミブロを見る.


「さ..三人とも気うぉつけるんだぞ~わぁぁぁ! うわぁ~! うえ~ん!」


 ここから見ると本当小さいなぁ..あのチビ.

 てか,あいつ絶対嘘なきだろ.


 俺,リア,弟,霧花は,出航までの間,他にやることもなかったので,真顔でそのうざったい見送りを観察していた.

 数分後..嘘泣きをするのが疲れたのか,ミブロも真顔でこっちを見つめてくる.

 お互いに見つめ合う謎すぎる時間.


 俺は一体何をしてるんだか..


 そんな無駄な時間を過ごしていると,ミブロに見覚えのある一人の着物を着た女性が近づいてくる.

 真顔で見つめ合うのを一度中断し,ミブロはその女性と話を始める.


「やあ! こんな港までどうしたんだい? 粉雪君」


「言わないとわからないほど,あなたはバカではないでしょ?」


 何やら二人で話しているようだが,ここからだと二人の会話を聞き取ることはできない.


「よくわからないけど,じゃあ! ダメ! 」


 手をバッテンにクロスさせるミブロとため息をつく粉雪.


「私もみゆを助けに行く.良いでしょ?」


 腕を組むミブロ.


「うーん..限界醒覚オーバーかつ「桜」の君をC地区に行かせたくはないんだが..」


「お願い..」

 

 どこか弱々しい粉雪の声.

 組んでいた腕を解き,青空を見上げ,チラッと粉雪の顔を見る.


 うーん..やっぱ僕って女の子に弱いのかなぁ..


「はぁ....わかったよ.可愛い妹のためだもんね.ただし! くれぐれも君がC地区に捕まるなんて冗談だけはやめてくれよ.君にもしものことがあったら君だっていうことは肝に銘じておくように」


「わかってる..ありがとうミブロ」


「はいこれ.粉雪君にはこれが必要でしょ」


 ミブロの手には,茶色のふさふさしたものが握られていた.


「これは..?」


 恐る恐る茶色のふさふさを手に取る粉雪.


「えっと..何ですかこれ?」


「何って..カツラだよ.その髪でC地区行ったら一発アウトだろ?」


「そうですね..でも,どうしてミブロがカツラを手に..」


 ミブロは粉雪の問いに何も答えずに粉雪と軽空母に背を向け,D地区のビルの方へと歩き始める.

 粉雪は,そのミブロの背中を見送る.


「私が来ることもお見通しだったんですね」


 D地区のビルに戻っていくミブロと軽空母に向かう粉雪.


「気を付けるんだよ.みんな」


 ミブロは一度も振り返らずにただ一言,切実な思いを漏らすのであった.



「数時間ぶりですね.令司様」 


 俺の目の前には,着物を着た一人の女性..桜粉雪がいた.


「粉雪さんも来てくれるんですか?」


「ええ..私の妹だから. 助けに行くのは当然でしょ」


「粉ちゃん久しぶり!」


 俺と粉雪の会話に割り込んできたのは,軽空母に乗れて嬉しいのか,やたらとテンションが高いリアだ.


「お久しぶりです,リアさん.そして,弟さんも」


「粉雪さん久しぶりですね.元気そうで良かったです」


 どうやら二人と顔見知りらしい.D地区にいるわけだし,当然と言えば当然のことなのだが.

 しかし,問題は..


「粉雪姉さん....」


 やはり,関係が関係だけに気まづいのか,手を胸に当て,どこか不安そうな顔をする霧花.その実の妹である霧花の存在に気付いたのか,粉雪が笑顔で応える.


「霧花さん,今日は本当にありがとうございます.いつか必ずこの御恩はお返し致します」

 

 深々と霧花にお礼をし,この軽空母のどこかへと行ってしまう.


 実の妹に対して,さん付け.加えて,敬語と来たか..もはや他人だな.


 血の繋がりがあるのにも関わらず,よそよそしい態度を取られた霧花の目には,悲しみの色があり,とても寂しそうにしていた.


「しょうがないよね..粉雪姉さんは何も悪くないんだもん」


 粉雪の事情を知っているような発言.それでも,霧花の目から悲しみが消えることはなかった.



 軽空母に搭載されている一機の戦闘機を真下から見上げるリアと海軍のメンバーと何やら話込んでいる弟.

 

 俺は,そんな二人をよそに霧花と休憩室の椅子に腰を掛け,窓から海を眺めていた.

 しばらくすると,ゆっくりと音も振動もなく軽空母が動き出す.


「だいたいどのくらいでC地区に着くんだ?」


 隣りで,コーヒーの入ったカップを両手で握りながら,どこか遠くを見ている霧花.


「....」


 粉雪との関係が気がかりなのか,俺の声は届かない.


「はぁ~私はもっと仲良くしたいのにな.私だって,たまにはお姉ちゃんに甘えたいときがあっても良いはずなんだけど.はぁ..」


 ため息と同時に混じる霧花の気持ち.


 まぁ..他人扱いされちゃ,萎えてしまうのも仕方ない.


「悪口のつもりはないんだが,粉雪さんあんな態度取らなくて良いのにな.その..洗脳というのがどのくらい強力なものかはわからないけど,せめて上辺だけでももっと親密に接してあげても良いと俺は思う」


 霧花がクスッと笑う.

 

「私のフォローにもなってないし,それただのお姉ちゃんへの悪口.それに,上辺だけのお付き合いなんて私も嫌だしね」


「やっぱ霧花は笑顔が似合うな.深雪には及ばないが」

 

 深雪に似ているせいだろうか? 霧花と話していると恥ずかしいことでも平気に言えてしまうような気がする.


「あら? いきなり酷いこと言うわね.私も早く笑顔が素敵な深雪ちゃんに会って仲良くしたいなぁ」


「安心しろ.あいつまだ,友達二人(綺羅,リア)しかいないから多分仲良くできると思うぞ」


「私と深雪ちゃんは一応,家族関係だから友達じゃなくて,家族として私は仲良くしたいの! いい加減,私もみんなと仲良くしたいし..」


 みんな? 他の「桜」のことだろうか?


「でも,同じC地区にいるんだろ? 何だっけ? あの..霧葉キリハ霧菜キリナだっけか? そいつらとも仲良くないのか?」


「うん..」


 テンションが再び急降下していく霧花.


 完全に墓穴掘ったな..俺.


 どう励ましてやろうか考えていると..


「あまり言っちゃいけないことだと思うんだけど,この際だから言うね.私ね..霧葉キリハ姉さんには,死んでほしいって思ってるの」


 カップをクルクル回す霧花から平然と物騒な言葉が出てくる.


「これは,聞かなかったことにしとく」


「でもね,これにはちゃんとした理由があってね.霧葉キリハ姉さんは,殺人狂.人を殺めることに快感を覚えちゃってるの.実際,何人も人を殺してる.だから,私がこの手で家族として,姉さんを地獄へ送ってあげないといけないの」


 まさか,俺の方が聞かなかったことにされるとは..こいつなかなかやるな.

 まぁしかし,こいつも自分で色々と抱え込むタイプなんだな.

 

「その霧葉キリハがどんな奴かは知らないが,霧花は,もう少し自分に甘くしたって良いんじゃないか? そんなに悩み抱えてるとすぐに老けるぞ」

 

 目を細め,こちらをジッと見てくる霧花.


「令司君..慰めてくれてるんだか,悪口言ってるんだかわからないよ.そんな口の悪い子に私の可愛い深雪ちゃんはあげられないなぁ」


 こいつ..


「お前はいつから深雪の親になった? そもそも俺の方が深雪と一緒にいた時間は長いんだから,お前がとやかく言うことではないだろ」


 体がピクッと動いたかと思えば,ムッとした表情になる霧花.


「お前じゃなくて霧花!! でも,ただ一緒にいただけでしょ? 何年もの間,告白も出来ずにウジウジしてるような令司君にだけは言われたくないわね」


 ほう..言ってくれるな,深雪の偽物.


「俺は自分の気持ちに気付いていなかっただけであって,決してウジウジしてたわけじゃない」


「へーそうなんだ.面白い言い訳思いつくわね」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべる霧花.


 ほほう..


 この霧花との戦いは,この後,数時間にも及ぶのであった.

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