第32話 春に向かって

 重苦しい空気が流れるこの部屋には,ミブロ,マリー,霧花の姿があった.


「令司君,早かったね」


 最初に口を開いたのはミブロだった.


「当然だ.深雪の居場所がわかったって本当か?」


 俺は,額に汗を滲ませ,息を切らしながらミブロに問う.


「本当だよ.霧花ちゃん..海軍には,頭が上がらないね」

 

 そう答えるミブロの表情はどこかホッとしているようだ.この半年の間,ミブロは必死になって深雪を探してくれた.深雪を見つけたのが海軍とは言え,海軍と協力できたのは他でもないミブロのおかげだ.頭が上がらないのは俺の方だ.


「ミブロにお願いされなくても,深雪ちゃんはこっちで勝手に捜す予定だったし,お礼はいらないよ」


「本題に入りましょう」


 椅子に座るミブロの横に立っていたマリーが本題へと話を促す.

 視線を合わせるミブロと霧花.そして,霧花が話しを始める.


「深雪ちゃんがいるのは,研究都市C地区 西の王都跡地..通称,地下都市アンダーシティ


 地下都市アンダーシティ..本で読んだことがある.研究特別区の戦争で敗れた王都の一部建造物が現在の研究都市によって地下へと追いやられた過去の遺産.

 だが..


「その情報は確かなのか? 地下都市アンダーシティに人は住んでいないはず.そんなところに深雪がいるとは思えないが..」


「そうね,令司君の言う通り人は住んでないわ.ただ..研究施設ならある.研究をするにはうってつけの場所よね.人の住んでいない空間,広い面積,何より隠れるにはもってこいの場所」


 霧花の説明は納得できる.だが..どこか腑に落ちない.

 

 俺のそんな疑問を察したのか,ミブロが会話に乱入する.


「令司君の考えていることはだいたいわかる.海軍のみなさんには申し訳ないけど,正直言うと,この情報の信憑性は半々だね..まず,不可解な点がある」


「どういうこと?」


 霧花は,ミブロの言葉の意味に気付いていないようだ.


「どうして,C地区 西の地下都市アンダーシティなどというセキュリティが弱く,最新の研究設備もない,優秀な人の数も少ない場所の研究施設を選んだ? 深雪君は,研究都市にとって喉から手が出るほど欲しかった研究対象のはずだ.そう..空中空母を出してくるくらいにね.そんな深雪君を底辺の研究施設に入れる理由がまるでわからない.霧花ちゃん,思い出してほしい.君がかつてどんな研究施設に居たのかを..」


 過去の記憶を掘り起こす霧花.


「そうね..本気で「桜」を隔離,洗脳,実験するなら,あそこを選ぶはずよね」


「あそこ?」


「ええ.C地区の中央に位置する研究特区スマートシティ.技術,金,人が集まる研究都市の中心地,研究特区スマートシティこそが本物の研究都市の姿であり,その一角に私が暮らしてた「桜」の研究施設があるの」


 研究特区スマートシティか..確かピーススクールもその辺にあったな.


「それでね,数ある研究施設の中で最もセキュリティが高いのがその「桜」の研究施設.ミブロの言う通り,深雪ちゃんがいるとすれば,どう考えてもそこ以外ありえない..でも,どうして地下都市アンダーシティに..」


 ため息をつくミブロ.


「ま..仮に深雪君が地下都市アンダーシティではなく,「桜」の研究施設に入れられたとなれば,正直助けることはできない.それこそ研究都市とD地区の全面戦争になるだろうね.あそこは..研究特区スマートシティは,そう易々と潜入できるところではないし,潜入できたとしても一瞬でバレて殺されるのがオチだ.セキュリティがキモ過ぎるぐらいに高いんだよなぁ..あそこ」


 考えたくはないが..もし,深雪が「桜」の研究施設に入れられているとなると,今回は諦めざるを得ない.ミブロや霧花にとっても今はまだ戦争をするときではないし,下手に動いてしまえば,今までのこの二人の努力は,水の泡となる.

 ここは潔く耐えるんだ..俺.


 俺は,手を握りしめ自分の感情を抑える.

 しかし,そんな俺の気持ちの表れを逃がすようなミブロではなかった.


「強くなったね..でも,大丈夫.安心するんだ令司君」


 たまに,本当の父親のような温かさをミブロから感じる.何というか..純粋に気持ち悪いな..


「ん? 令司君.今,気持ち悪いとか思ったでしょ?」


 何で心読まれた..化け物め..


「いや..すまん」


 正直に白状する.

  

 もう,こいつには敵わんわ.


「本当に思ってたんだ..」


 ミブロが本当に心の読める人だと誤解しているのか,純粋に感動する霧花.


「んでだ! 仮に深雪君が「桜」の研究施設または研究特区スマートシティ内の施設にいるとしよう.僕は思うんだよ,研究都市最高峰の技術を持った彼らが,そう易々と情報を漏らすとは思えない.実際,僕たちD地区も研究特区スマートシティにハッキングを仕掛けるのは正直無理ゲーだしね.霧花ちゃんをバカにするわけではないけど,たかが!! 海軍如きにハッキングされるような連中ではないのは,仮にも研究都市管理者の僕が一番理解している」


 いや,バカにしかしてないだろ.ほら見ろよ,霧花の奴 顔真っ赤にして,お前のこと睨みつけてるぞ.仮にも協力関係の仲なんだから,もう少し仲良くやってくれよ.


「ということから考えると,やっぱり海軍からの信憑性はある程度だがあると言える」


 やっぱりって何だよ,やっぱりって.つまり,それは..海軍は研究特区スマートシティにハッキングできない=地下都市アンダーシティの信憑性が増すってことか? ふざけてるのか天然なのかは知らんが,なぜ,そこまで煽る?

 

 恐る恐る,横目で霧花を見る.


 あーむっちゃ機嫌悪くなっちゃてるよ.確かに霧花の顔が赤くなっていく様は面白いけどさ..


「ミブロ..これから一緒にやっていく仲なんですから,ご自分の言動には注意してください」

 

 長らく,黙りを決め込んでいたマリーからのお叱り.


「ごめんなさいね.霧花さん」


「あ..いえ,マリーさんが謝るようなことじゃ..」


「ほら,ミブロ謝りなさい」


「はい..すみませんでした」


 渋々謝るミブロ.


 てか,なにこの光景.マジでミブロがガキに見えてきたぞ.


「二人とも,ミブロが失礼致しました.話に戻りましょう.今の話をまとめますと,こういうことですよね. とりあえず,地下都市アンダーシティに行ってみる価値はある.で良いんですよね? ミブロ」


「それ..僕のセリフ..」


 一瞬でこの空気と会話の内容をまとめたマリーに俺と霧花は素直に感心する.


「一つ良いか? 仮に深雪が地下都市アンダーシティにいるとすれば,深雪を誘拐したのは研究都市ではないよな? 研究都市だったら,さっきも言ってたように研究特区スマートシティにいるはず..俺の勝手な妄想なんだが,研究都市とは繋がりの薄い奴が関わってるんじゃないか? 霧花の言う通り,地下都市アンダーシティなら隠れ家としてなら最適だ.なら,誘拐した奴は,研究都市に深雪の存在が知られるのを恐れている..とも考えられないか?」


 頷くミブロ.


「一理あるね.もしかして,今回の件,赤薔薇アカバラは一切絡んでないのか?」


赤薔薇アカバラ?」


 ミブロの口から出る聞いたことのない言葉に反応する.


赤薔薇アカバラは,研究都市の中でも一番高い権力を持っている一族のことです.そして,専門の研究分野は「桜」.「桜」絡みの話になれば,基本的にこの一族が関わってきていると思ってもらって構わないと思います」


 そんなマリーの説明に霧花は,明らかに体を反応させていた.


赤薔薇アカバラか..」


 霧花の反応を見るに,ろくな連中ではなさそうだな.

 

 ふと,ミブロからの視線を感じる.


「令司君? 覚悟して聞いてほしい」


「何だよ..改まって」


 いつもとは違うミブロの雰囲気.


 経験から言うと,この雰囲気のミブロからは,だいたい決まって重要な情報が出てくる.


「今回,赤薔薇アカバラと研究都市が関わっていないとなると,深雪君の命に保証は..ない」


「..!? どういうことだよ!」


 ここまで冷静に振舞ってきたが,一瞬の不意をつかれ,怒りの感情に支配される.


「前にも言った通り,赤薔薇アカバラと研究都市にとって「桜」というものは,ゴールドより価値が高く,その希少価値ゆえに丁重に扱われる.だから,深雪君の命という面においては,このD地区よりもむしろ安全と言える.しかしだ..研究都市との関係性が薄い研究者や富裕層インヴェスター..つまり,権力の弱い層にとって赤薔薇アカバラという一族は,常にライバル視され,恨まれる存在なんだよ.そんな連中が「桜」を手にしたらどうなると思う? 答えは簡単だよ.研究都市との交渉材料にも使える.遺伝子情報を高値で売りつけることもできる」


「そこに深雪が巻き込まれるってのか? 冗談じゃねえぞ..」


 怒りに震える声が部屋に響く.


「そして,最悪なのが彼らのような最下層の研究者が「桜」の実験を始めてしまうことだ.「桜」に関する知識がないまま研究するほど恐ろしいものはない..」


 ミブロの重みのある言葉に考えてはいけない不安が体の底から,のし上がってくる.すでに額には,嫌な汗が垂れ始めていた.


 やばい..貧血で倒れそうだ..


 目の前がクラクラする..


「令司君,大丈夫?」


 気が付くと,俺は,いつの間に霧花の柔らかい肩を借りていた.


「あぁ..すまない霧花.助かった」


 どうやら,霧花は,俺が苦しそうにしているのにいち早く気付き,倒れる寸前のところで支えてくれたようだ.


「ミブロ,いい加減,無駄に時間を使うのはやめましょう.深雪さんがどこにいるのか,深雪さんの命がどうなのか.今,そのような不確定要素を話し合っても無駄だと思いませんか? はっきりしていることは一つだけ,一秒でも早く深雪さんを助ける.そのために今すぐにでも地下都市アンダーシティに行くべきかと私は思いますがね.過程はどうあれ,そこですべての答えが出るのです.違いますか?」


 マリーの完璧な正論に俺とミブロは,ただ同意するしかなかった.

 場の空気をリセットするために咳ばらいをするミブロ.

 

「マリー君の言う通りだ.ごちゃごちゃ言うのはやめにしよう.さってと..まずは,地下都市アンダーシティに行くメンツを決めないとだね.えっと令司君は..」


 ミブロの視線がこちらに向く.


「行くに決まっている」


「だよね.あと,二人か三人は欲しいな..節君と綺羅君は今いないし..」


 ミブロが腕を組み考えていると,ドアのロックが外れる音が聴こえ,扉が開かれる.


「私たちが行くよ! 言ったでしょ? 困ったときは,令司の力になる!って」


「僕も行かせてもらうよ.僕の友を僕抜きでC地区に行かせるなんてとてもじゃないけど考えられない」


 声のする方を振り向くと,そこにはリアと弟の姿があった.


「お前ら..でも良いのか?」


 俺の言葉の裏の意味を理解する二人.


「大丈夫! 大丈夫! お姉ちゃん,あぁ見えても意外と一人で何でもできちゃうから! もしものことがあったら..ミブロいるし!!」


 唐突に重大な責任を押し付けられるミブロ.


「え..僕!? まぁ良いけどさ」


「僕も良いよね? 兄さん」


 弟のことが心配なのか黙るミブロだったが..


「あぁ..行ってきな.限界醒覚オーバーは一人居たほうが良いしね.でも,無理だけはしないでくれよ」


「ありがとう兄さん」


 そんな暖かい光景を眺める霧花.


「良いお友達を持ったわね」


「そうだな..」


 ありがたいことに本当に良い奴らだよ..まったく.



「令司,リア,弟,君たち三人に任務を渡す 」


 ミブロの前に立つ三人.


「目的は,深雪君の奪還.任務名は..「盗賊」だ.君たちは,盗賊の如く,深雪君を抱きかかえてD地区へ帰ってくれば良い,ただそれだけだ.無理に深入りする必要もないし,何か想定外のことが起こったらすぐに逃げるんだ.決して無理に戦おうとはしないでほしい.リーダーは弟だ,令司君を頼むよ」


「わかってるよ兄さん」


「令司君も絶対とは言わないが,冷静さだけは失わないでほしい.良い?」


「あぁ..気を付ける」


 とは言ったものの正直自信は..ない.


「最後に約束してくれ..君たち三人の中で誰かが欠けて帰ってくることは絶対に許さない! ま..それはあまりにも無責任すぎるか.次..ここにみんなで集まるときは,深雪君のお帰りなさいパーティーでもしようじゃないか」


 頷く三人.


「さてと..今日にでも君たちには,C地区に出発してもらう.深雪君がどんな状況に置かれているのかはわからない.ただ,もしかしたら,僕たちに残されている時間はもうほとんどないのかもしれない.そういう意味では,C地区を観光などしている時間はないから,そこはわかってくれ」


 深呼吸をするミブロ.


「任務開始じゃあああああ!! いざ!! 開戦!!!!」


「いや,開戦はすんなってあんたが..」


 こんな状況で反射的に突っ込みを入れてしまう自分に苦笑いしか出てこなかった.

 それでも,そんな突っ込みにみんなが笑ってくれる.

 この笑い合う日常に深雪がいたら,どんなに楽しかっただろうか. 

 夢じゃダメだ.

 現実にするんだ.


 このみんなで笑いあえるその日を!

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