第29話 ミブロの夢

「実は..令司君に会わせたい人がいるんだ」


 重い空気の中,テーブルに肘を付け,手を組むミブロ.

 今,このミブロ部屋には,俺とミブロの二人だけだ.


「君は覚えているかね? 君と深雪君が初めてD地区に来た日のことを.そして,その日,君たちに会わせたい人がいるって言ったことを」


「そういえば,そんな話もあったな.確か,俺と深雪のことをその会わせたいって人に話したら,会いたくないって拒否されたんだっけ?」


「そうそれ! そして,ついにこの日君は,その人と出会うことができるのだ!」


 重い空気から一転,ミブロの高いテンションが辺りの空気を一変させ,いつもの雰囲気に戻っていく.


「随分と楽しそうだな..」


「さっそく本題に入るが,いいかね?」


 謎にもったいぶってくるミブロ.


 会わせたいっていう人の何がミブロの気持ちをここまで高めているのか気になるところではある.


「どうぞ..」


「うむ.君は..限界醒覚オーバーを知っているかね? 知らないだろ? 今から僕が説め..」


「いや,知ってるぞ」


 何の話かと思えば,それの話かよ.そういえば,マリーから限界醒覚オーバーの話を聞いたとき,ミブロが自分の口から限界醒覚オーバーの説明をしたいだけみたいなこと言ってたな.


「え!? 何で知ってんの?」


 絶対に俺が限界醒覚オーバーのことを知らないと踏んでいたのか,ミブロは,驚きの余り,情けない顔をしていた.


「マリーから聞いた.それに,俺は,ほぼ毎日図書館で限界覚醒オーバーの弟に会ってる.それくらい知っていて当然だろ」


「そ..そうだったね.言われてみれば,知っていて当然だ.いつも僕の弟と仲良くしてくれてありがとう..」


 さっきの威勢はどこに行ってしまったのか.ただでさえ,チビのミブロが段々と小さくなっていく.


 どんだけ自分の口から言いたかったんだよ.. 

 こいつ..さては,限界醒覚オーバーに憧れてるのか? だから,自分で説明したかった..そうでなきゃこんな落ち込み方しないぞ.

 

「令司君,限界醒覚オーバーのことどう思ってる?」


「どうって..実際に能力を見たことがあるわけじゃないし,これと言って何とも思わない」


「そうか..僕は,将来,限界醒覚オーバーになりたいと思ってるんだ」


「は?」


 こいつ,神妙な顔して何言ってんだ? マジなの? ふざけてるの?

 そんな将来の夢は,ヒーローになりたい! みたいなノリで言われても反応に困るんだが.もしかして,こいつ..身体も心も幼児なのか?


「だって..限界醒覚オーバーってカッコよくない!? 強い能力使えるとか,マジで憧れるし,それにこの限界醒覚オーバーって名前の響き! 僕も一度で良いから,そう呼ばれたいなぁっていつも夢見てるんだ.血の繋がってる弟は,限界醒覚オーバーなのに,どうして僕は違うのか..手に入れたのは,千里眼とかいう何とも微妙な能力.こんなんじゃヒーローには一生なれないよ」


 あ..マジでヒーローになりたかったのね.

 普通ならこの状況,誰もがミブロを笑い,その歳で何を言ってるんだとバカにする.だが,ミブロはおそらく本気だ.それは,きっと研究都市から世界を救うヒーローになるため.限界醒覚オーバーならそれが可能だということ.

 まぁ,ミブロのことだ.きっと,ヒーローうんぬんより仲間を守るために前線で戦うことのできない自分を悔やんでいるのだろう.

 だが..


「ミブロ..あんたは,後ろで優雅にコーヒーでも飲みながら,俺らに命令を出してさえいれば良いんだよ.あんたの頭なしじゃ絶対に研究都市には勝てない.だから,そう言うな.深雪を捜してくれてる,それだけで俺にとって,あんたはヒーローだから」


 俺も随分と変わったと思う.半年前なら絶対にこんなセリフは出てこなかった.大人になったからか? プライドを捨てたからか? 真相は自分でもわからない.

 でも..正直なことを言葉としてはっきりと言うことに悪い気はしない.


「おぉ..ありがとう」


 俺に笑われるのかと思っていたのか,俺の言葉が意外すぎたのか驚くミブロ.


「いやー..まさか,令司君から褒められるとは思わなかったよ.ちょっとビックリしちゃった.良い方向に変わったね,令司君」


「そうかもな..」


 なぜかお互いに褒め合う展開に恥ずかしさが勝ったのか,お互いに次の言葉が出てこない.


 えっと..何の話してたんだっけこれ.

 あ! 思い出した.. 


「んで..結局,会わせたい人って誰なんだよ」


「そうだった.随分と話が逸れてしまったね.話の流れから察してると思うけど,その会わせたい人っていうのも限界醒覚オーバーの一人」


 マリーもそんなこと言ってたな.


「で,その一人というのが..」


 世界に「桜」と同じく五人しかいない限界醒覚オーバー

 そして,今,弟に続く二人目の名前を知ることとなる.


「「桜」の一人..」


粉雪コナユキだっけ?」


「え?」


「え?」


「どうして知っているんだい?」


 どうやら当たっていたらしい.ちなみに今,重要なところを喋ったのは,ミブロではなく俺だ.


「いや..だって,D地区にいて「桜」で限界醒覚オーバー.加えて,お前が前に言ってたように会わせたい人は,霧花じゃない.ってなるとそいつしかいないだろ? 名前聞いただけで実際に会ったことはないけど」


「なるほど..ん? その呼び方..霧花ちゃんのことも知ってるの!?」


「まぁ..昨日会った.で霧花からその粉雪って奴の名前だけは聞いた,ぶっちゃけ名前だけでそれ以上のことは何も知らない」


「そうだったのか..深雪君だけでなく霧花ちゃんにも手を出すつもりなのか..」


 ?


「どういうことだ?」


「え? 深雪君と霧花ちゃんの二人に二股かけるつもりなんじゃないの?」


 ..


「....で,どこにいるんだ? その粉雪ってのは」


「無視ですか.素晴らしいほどの華麗な無視.本当に成長したんだね令司君.僕の扱い方がまるでマリーそっくり」


 そう言うと,ミブロは立ち上がり,俺にメモを渡してくる.


「ここに行ってくれ.そこに粉雪君がいる.君に会えるのを楽しみにしていたよ」


 はて..楽しみにしているのなら,どうして前回は,俺と深雪に会うことを拒んだのか..疑問だな.


「そうか.じゃあ行ってくる」


「いってらっしゃい」


 俺は,立ち上がり,部屋の扉の前で止まる.


「ミブロ,本当にありがとう.俺だけじゃ深雪を助けるなんて絶対に無理だった.それに,霧花に土下座してまで海軍に協力してもらうよう掛け合ってくれたことも」


「うん.その言葉は,深雪君を助けてから言って欲しかったね.でもまぁ安心してくれ.僕は,深雪君含め,仲間..家族を見捨てるようなことはしないと.あと,土下座の件なんだけど,あれは,霧花ちゃんのスカートの中を覗こうと思って,僕が勝手にやったことだから君に感謝されるようなことはなにも..あんまり,詳しくは見えなかったけど黒だったよ.霧花ちゃんのパン..あれ?」


 すでに令司の姿はそこにはなく,自動で鍵がロックされる音だけがする,


 

 渡されたメモ用紙を見る.そこには,住所と大まかな地図が描かれていた.


 ミブ..あの変態野郎,意外と字書くの上手いな.手書きの地図でこんなにわかりやすいのは初めてかもしれない.

 変態野郎がどうして,俺と桜粉雪を会わせたがっているのかはわからない.

 ただ,桜粉雪が俺らを一度拒んだことからも,俺と深雪のどっちかとは過去に接点が合ったと見るべきだ.


 俺は,そんな疑問を抱えながらも三人目の「桜」である粉雪の元へ足を進めるのであった.

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