第28話 海軍(4)

 軽空母の花ちゃんに架けられる階段.俺と霧花は,階段を上り,軽空母の甲板に上陸する.


 甲板の上から見るD地区.D地区のあのビルを除いた周辺の建物は,高さが低く軽空母からは,一望できる.甲板の上に搭載される数十機の戦闘機とミサイルの発射台.俺は,この見慣れない光景を見渡し,研究都市の軍事力を目の当たりにする.これでも,ごく一部かと思うと,これから自分たちのしようとしていることがいかにバカげたことなのだと思わざる得なかった.


 この空母と戦闘機を見てると,村を襲った空中空母のことを思い出す.あれを地に打ち落とすことは果たしてできるのか.いくら海軍でもあの巨大な空中空母と対等に戦えるビジョンがまるで見えてこない.


「霧花,この空母で空軍の空中空母と戦えるか?」


 軽空母の管制塔へと足を進める霧花が足を止める.


「さすがに軽空母の花ちゃんじゃ無理だよ.ミサイルもここにある戦闘機も迎撃されて終わり.だって,あいつらずるいのよ! 空から悠々と私たちを見下して! それでいざ,近づこうとすれば,私たちの可愛い航空機ちゃんたちが空からの迎撃カウンター貰っちゃうし.本当腹立つ!」


 空軍に対抗心を燃やす霧花.霧花の反応を見るに,各軍,つまり陸軍,空軍,海軍の中でも技術戦争的なものが起こっているようだ.


「でも,海軍は,陸軍と空軍を足したぐらいの強さ持ってるんだろ? それでも空中空母には勝てないのか?」


「それは一昔前の話.今の空軍の技術進化の速さは異常.詳しく話すと,私たち陸海空の軍は,中央軍っていう組織の統制下にあるの.維持費だったり研究費,戦闘機の購入費っていうのは,その中央軍から平等に貰って陸海空軍は,互いに高め合ってきた.でも,私が優秀すぎたせいか,海軍だけは他の軍と比べて,突出した力を手に入れたの.問題はここから..それからしばらくして,なぜか海軍だけ中央軍からお金が一切貰えなくなってしまったの.どうしてだかわかる?」


「中央軍が海軍の権威が強まることを恐れたからだろ?」


 首を横に振る霧花.


「私も最初はそう思ってた.でも,おかしいの..普通なら海軍を除いた陸軍と空軍に平等に資金を当てるべきなのに,陸軍は,現状維持.空軍は,今までの5倍の資金を調達したの.そして,空軍のバックには中央軍だけでなく,A地区,B地区,C地区の各研究都市と最大財閥の富裕層インヴェスターまでもが援助を始めた.まるで私たち海軍と対抗できる戦力を作るかのように..」

 

 確かに,その話はおかしい.これではまるで海軍が研究都市と敵対することを前提に話が進められているように感じる.バックに中央軍以外の勢力が加わったことが何よりの証拠だ.ということは,D地区と手を結ぼうとしていることがすでにバレている? いや..それなら奴らお得意の力でこの海軍をすでに潰しているはずだ.なぜそれをしない?

 潰したいのなら今すぐにでも潰せば良い.なのになぜそれをしないのか? おそらく,霧花もそこがわからないのだろう.


「なるほど..だいたいわかった.つまり,海軍がD地区と手を組んだ理由の一つは,D地区からの資金供給もあるってことだ」


「頭の回転が速くて助かるわ.もちろんそれだけが理由ってわけじゃないけどね.資金がどうであれ最終的には,研究都市と敵対するつもりだったし」


 このD地区が研究都市反対派の投資家から調達した資金をどう使っているのか謎だったが,海軍に供給していたとは.やっぱり,侮れないな..ミブロ.


「じゃあ,海軍より空軍の方が一枚上ってことか..」


 マリーから海軍の強さの話をされたときは,もしかしたら研究都市に勝てるかもという希望に満ちていたが,どうやらそれは昔の話だったらしい.


「は?」


 霧花からあふれ出る負のオーラ.


「私たち海軍が空軍より下? 今そう言った?」


 どうやら余計なことを言ってしまったらしい.海軍を他の軍と比較して下に置くのは禁句.よし! 記憶した! 次から気を付けよう.


「すまん..次から気を付ける」


 ここは,穏便に済ませるため素直に謝っておく.


「ごめんごめん.全然気にしてないよ.そもそも,空中空母とかいう粗大ゴミなんか私たちの空母,カクメイなら簡単に落とせるし.なんなら将来的には,一瞬で研究都市最強のC地区の全機能をシャットダウンさせることもできる..予定だし」


 カクメイ..それが海軍本丸の空母の名前か.


「てか,粗大ゴミ落とせんの? 今の会話の空気的に無理な流れだったよな.それに将来的に,C地区シャットダウンってどういうことだよ」


 その質問を待ってました! と言わんばかりのどや顔をする霧花.


高高度核爆発型極超音速コウコウドカクバクハツガタゴクチョウオンソクミサイル.ミブロと海軍が開発した最強の切り札.これを使えば,あらゆる通信機器やインフラは,その電磁パルス攻撃によって機能停止に陥るから当然,空中空母も制御不能で墜落.もちろんC地区に限らず,研究都市の経済も一瞬で崩壊させることができる.加えて,マッハ20以上で繰り出されるミサイルを迎撃することは,研究都市でさえも不可能」


 おお! 何かよくわからないけど,凄い物を持っているというのはなんとなくわかった.そして,ちゃっかりミブロもその開発に携わっているという..あいつマジで何者なんだよ.


「ただ..問題点としては,有効範囲がまだ狭いの.空中空母ぐらいなら落とせるけど,C地区くらいの面積となると,ちょっとまだ難しいかも.それに私たち自身にも影響がある可能性もある」


 研究都市を倒すための極秘情報.これを俺なんかに話してしまって良かったのだろうか.ミブロに限らず,この霧花も情報管理に少し甘い気がする.


「良いのか? 俺にそんな話をしても.俺がこの情報を他地区に流すリスクもあったと思うが」


「そうね..そしたら,私の見る目がなかった.ただそれだけのことよ.私はあなたを信頼する.だからこの話をしたの.仲間との信頼関係なくしては,研究都市には絶対に勝てない.幸いなことにもD地区以外の研究都市には信頼や仲間なんて概念は存在しないから」


「そうだな..でも信頼が大事というのはわかるが,だからと言って極秘情報まで話す必要はないだろ」


「それもそうね」


 微笑む霧花.俺は,無意識にその笑顔を深雪と重ねてしまっていた.



 管制塔の中へ入る.管制塔は,甲板よりさらに高い位置にあるため,D地区が一段と小さく見える.管制塔の中には数人の海軍のメンバーが何枚にも敷き詰められたモニターとにらめっこをしていた.そして,俺と霧花に気付いたのか,メンバーの視線がこちらに集まる.


 外来種を見るような目.部外者の俺を警戒しているのか? 当然と言えば当然のことだが..

 

 しかし,そんな俺の考えはすぐに裏切られることになる.


「霧花ちゃん,おかえり! その人誰! もしかして彼氏?」


「嘘だろおお! 霧花ちゃん狙ってたのに! しかも,なかなかのイケメン..こりゃ勝てんわ」


 管制室に響き渡る笑い.俺は,この不思議な空間に違和感を覚えていた.どうやら,部外者として俺を見ていたのではなく,彼氏と勘違いされている俺の顔を品定めしていただけのようだ.


「みんな ただいま.あと,令司君は,私の彼氏じゃないわよ? 彼には,すでに心に決めた人がいるんですって」


 こちらをチラッとウィンクしてくる霧花.俺には,そのウィンクの意味がわからなかったが,その直後,管制室にいたメンバーたちが俺の方へ押し寄せてくるなり,質問攻めをしてくる.

 

 あいつ..絶対許さねえ..


 

 数十分にも及ぶ質問攻めで俺の体力は,すでに赤ゲージに近づいていた.

 俺の目には,メンバーと笑いながら話す霧花の姿がある.


 霧花にも言えることだが,海軍は,もっとお堅い集団なのかと思っていた.でも,現実は全然違った.何だか部活動やサークルの集まりのように見えてしまう.これが良いリーダーの例なのかはわからない.だが..メンバーの顔や性格を見るにきっと正解なのだろう.ミブロとは少しベクトルは違うが,これが霧花なりのリーダーとしての振る舞いか.


「令司君お疲れ様.今日は,ありがとね.はい! お金」


 こちらに来た霧花の手には,納豆クレープ代のお金があった.俺は,それを黙って受け取る.


「信頼されてるんだな..てっきり,メンバーから隊長だとかリーダ―って呼ばれてるのかと思ってた」


「え? だって私の名前,霧花だよ?」


 名前で呼び合うことにこだわる霧花.もしかしたら,ここに信頼関係を築く秘訣が隠されているのかもしれない.

 海軍のメンバーは,本当に良いリーダーを持ったと思う.


「そうだったな,霧花」

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